タジェル祭・慮外
第一グループが前衛へと出る。それは三度目で、タジェルの群れは九つ目。
去年が七つだったようなので、予想通り去年よりも多い数だ。
休憩を挟めているため多少はマシだが、それでも疲労は溜まる。
人的被害はまだないが、これ以上長引くのは危険だろう。
そして、戦闘することでクラウ・ソラスの弱点もライトは自覚することとなった。
(中距離に対応できないってのはここまで不便だったのか)
短さを生かした取り回しの良さで連撃を仕掛け、カウンターも剣がクラウ・ソラスだ。そこは長所だが、短所として対応距離が狭い。
ブロンズソードの時もそうだったが、あの時はルマク・ボウガンでカバーしていた。
だが、両手が塞がっている現在ではそんなことはできない。
魔術で対応すればいいと思うかもしれないが、言葉にする必要があるため、咄嗟に反応ができないかもしれないという不安がある。
(まぁ、それは後で考えるとして、今は––––)
何体目かのタジェルを倒したところでライトがその疑問を口にした。
「やっぱり、勘違いじゃないよな?」
「ああ、間違いない」
一度目はそんなことを考える余裕はなかった。
二度目で違和感を覚えた。だが、それは勘違いだと思った。
しかし、この三度目でそれは確信へと変わろうとしていた。
初参加である彼らでさえわかるほどに、タジェルの動きが変だ。
「タジェルはこの時期、凶暴になるんだったな。ミーツェ」
「はい。それは間違いありません」
はっきりと言い切るミーツェ。
タジェルはこの時期になると凶暴になり、雑食であるため人間も捕食する。
人間を襲うはずなのだが、この群れは特にその違いが出ていた。
言うなれば、食うというよりも目の前に障害があるから取り除こうとしている感じだ。
その姿は「襲う」と言うよりも「逃げている」と言う方がしっくりくる。
では、何から逃げているのか。
ライトたちの思考を断つようにタジェルの群れが向かってきた。
タジェルたちからすれば逃げる邪魔をしているように見えるだろうが、ライトたちの後ろには一般人や彼らが住む街がある。
それらが危険に晒されるかもしれないという可能性がある以上、みすみす通すわけにもいかない。
少し複雑な心境になりながらもライトはエアカッターで近づかれる前に触手を切り裂いた。
それに続き、ウィンリィは剣を振り下ろし、デフェットはレイピアを突き刺してトドメを刺した。
「ライト様」
いつの間にかライトの隣にいたミーツェは少しでも音を聞き取ろうと特徴的な耳を動かしながら続ける。
「海の方が少々騒がしくなっています。タジェルの群れではありません」
「それって……」
「ライト、ミーツェ。どうした?」
「怪我でもしたのか?」
話していた二人にウィンリィとデフェットが言葉を飛ばしながら近寄ってきた。
「いや、海が騒がしくなってるって」
「群れではありません。聞いたことがない音です」
「たぶんそれがタジェルの動きの原因だと思うんだけど……」
ライトの言葉に少し唸るとウィンリィが何か思い出したのか「あっ」と声を漏らした。
何事かと彼女へと三人は視線を向ける。
話すかどうか少し迷っていたようだが、それを口にする。
「ギルドで吟遊詩人から聞いたんだ。
海にはヌシがいるって……そこらの海じゃない。全ての海のヌシだ」
「全ての海の?」
無茶苦茶な話だ。
全ての海を支配できる生物などいるわけがない。
(もし、その存在があるのだとしたら––––)
ライトの頭によぎった「もし」を証明するかのように地面が揺れる。
これは地震の揺れではない。
ズシン、ズシンと重い何かが地面を踏みしめた時、シリアルキラーが歩いていた時と同じような揺れ方だ。
しかし、感じる重さが、揺れの大きさが、明らかにそれの比にならない。
それを周りにいた人々も感じて辺りを見渡し始めた。
その顔には動揺が色濃く現れ、ざわつく。
彼らは引き寄せられるように音と振動が伝わってくる方向、海へと視線を向けた。
ライトも周りと同様に視線を海の向こうへと投げた瞬間のことだった。
バァン!という大きな音ともに水柱が上がった。
「な……ん、だ。あれは」
デフェットが驚愕を露わにし、呟くような言葉をこぼした。
海中から姿を現したのは巨大な魚だった。
魚、と言ったのは鱗があって何となくそう見えたからだ。
実際はヒレの部分が獣の足のようになっており、カバのような大きな口を持つ怪物。
イメージ的には魚というよりもオタマジャクシに手が生えたようなものだ。
全長は二十メートルを軽く超えている。
まだ海岸から距離があるというのに、その大きさははっきりとわかるほどの大きさだ。
それを見て冷や汗と引きつったような笑みを浮かべたライトがウィンリィへと問いかける。
「ちなみに ……な、名前は?」
少し噛みながら発せられた言葉。
ウィンリィは緊張で息を飲み、答えた。
「……バハムートだ」
それはまるで己の力と存在を示すように、大きな口を開け、辺りに咆哮を響かせた。