タジェル祭・前日譚
ライトたちの予想通り、あれから襲撃は起こらなかった。
特別に何か起きるわけでもなく一週間が経ったある日、ライトとウィンリィはギルドを訪れていた。
「ウィン、今日なんか」
「ああ、そうだな」
手頃な仕事はないかと探すために来たのだが、今日はいつもより少し人が多く、雰囲気も少し違う。
例えるならば、祭り前日のような妙に浮き足立った感じだ。
疑問符を浮かべ、辺りを見回していた二人は見慣れた人物を見つけると声をかける。
それはギルドで窓口を担当している女性だ。
よく顔を合わせているため、すっかり顔馴染みとなっている人物である。
「あ、こんにちは。依頼探しですか?」
「うん。そのつもりで来たんだけど……何かあるの?」
「今日いつもより人多くないか?」
ライトとウィンリィの質問に「ああ」と何か合点がいったように彼女は答える。
「ご存知ありませんか? タジェル祭っていうものなんですけど」
顔を見合わせ、首を横に振ると再び視線をその女性へと戻し説明を求めた。
なんでも、年に一度、ちょうどこの時期になると【タジェル】と呼ばれる生物が大量に押し寄せるという。
理由は潮の流れが関係しているらしく、大量に現れるそれは最終的に海岸に辿り着く。
それだけならばまだマシだったが、そのタジェルは雑食で人間も食べる。
さらに、産卵の時期とも重なっているせいで凶暴となっているため、脅威となる。
「そこで、その脅威になるタジェルを倒して、食べることをタジェル祭と言うんですよ」
「そんなお祭り感覚で大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃありませんよ。死者も毎年出てますけど……。
そうでもしないともっとたくさん死ぬ人が出ますから」
「ちなみに報酬は?」
ほぼ反射的に出されたウィンリィからの質問。
それが出た瞬間、彼女の表情が曇る。
そして眉をひそめ、苦笑いを浮かべ答えた。
「あまり多くはありません。一万Gです。
ただ矢などの消耗品は出されますし、食事も出されますよ」
確かに報酬としてはあまり美味しいとは言えない。
だが、せっかくその時期にかち合ったのだ。
その依頼を受けないという選択はライトにはない。
「とりあえず、前向きに検討してみます」
◇◇◇
夕食を食べながらタジェル祭のことを話すとミーツェが呟いた。
「ああ、もうそんな時期でしたか……。ライト様たちは参加されるのですか?」
「うん。せっかくだし、その方がいいかなって」
「タジェル、か……聞いたことがないが。どんな生物なんだ?」
ミーツェが言ったものをまとめるとイカに似た生物のようだ。
形はイカのままで白い体に十本の触手を持つ。
触手には役割があり、攻撃用に二本、生殖用に二本、残りは移動用に使っている。
イカと違うのは、大きさは一メートル前後が基本で、攻撃用の二本の触手の先端には甲殻、つまり貝をつけていることだ。
その説明を聞き終え、三人が「へー」と声を漏らしたところでウィンリィが質問した。
「美味いのか? そのタジェルは」
ウィンリィは言うとパスタと共に白い身を口に入れる。
ミーツェは微笑むとフォークで同じようなものを刺し、周りに見せた。
「今ウィンリィ様が食べてますよ」
「え? あ、これ!?」
謎の白い身。イカのような食感だったそれをライトは突き刺し、口に入れる。
やはりイカだ。かみごたえのある身だが切れ目が入り、嚙み切りやすくなったそれを飲み込むライト。
その隣でデフェットは何か気がついたらしく声を漏らした。
「食事って……まさか、これだけ?」
「もちろん、他にも料理はありますが、メインはタジェルですね」
妙に人が多いのには納得できた。
タジェル祭などというものが行われるほどにはタジェルが獲れる場所だ。
それを使った料理もさぞや種類が豊富なのだろう。
この時期にここを訪れた者たちはそれを目当てに来ているのだ。
「ちなみにそのタジェルってのは強いの?」
「触手の甲殻と目くらましの墨に気をつける程度ですね。
問題は数の方です」
ミーツェが言うには、基本的に百前後で一つの群れを作っており、それが五〜七つ襲ってくる。
行動は単純、魔術や矢でも攻撃が通るため、倒すこと自体は苦労することはない。
しかし、連携を怠ればその数に飲まれる。
これまで出た死者も無茶な突撃、孤立から死亡しているらしい。
「俺、それに参加してみようかな……」
「主人殿が参加すると言うのであれば、私も参加しよう。
最近はまともに剣も振っていないしな」
「……ミーツェに質問」
軽く手を挙げながらそう口にしたのはウィンリィだ。
いつになく真剣な面持ちの彼女に対し、ミーツェも表情をガラリと変え答える。
「なんでしょう?」
「酒は出るか?」
「出ますよ」
「参加しよう」
「決め手酒かよ……」
ライトの呆れるような言葉にウィンリィは不満気に頬を膨らませる。
「だってさぁ……どこかの誰かさんが武器を買ったせいで金がないんだよ。
仕事も少ない時期だってのに」
クラウ・ソラスはたしかにライト自身が持っているお金だけで買うことはできた。
しかし、それは他の全てを切り捨てて初めてできたこと。
切り捨てられたのは諸々の装備の予備どころか一部の消耗品にまで及んでいる。
すぐに困ることはないが少し不便になる。
そう思っていたところ、見るに見かねてそれらを代わりに買ったのがウィンリィだ。
「それを引き出すのはズルくないか?」
「いいや、ズルくない。お前はデフェとミーツェに甘えすぎなんだよ」
「ウィンリィ殿も甘いですよね?」
「甘いな。むしろウィン殿の方が我々より甘い」
「おい!聞こえてるぞ、そこの二人!」
そんな和やかな雰囲気で彼らはタジェル祭に参加することになった。
ただの祭り、少なくとも今までのようにしていれば特に問題はない。
その時の彼らはそう思っていた。