考察と暗躍
ミーツェが連れてきた騎士に事情を話し、現場の処理を終える頃には月はかなり傾いていた。
あと数時間もすれば代わりに日が昇ってくるだろう。
ライトは疲労が色濃く出ているが、ミーツェは表には出ていない。
その辺りはさすがワイハント家の元メイドと言うべきだろう。
ミーツェが扉を開けて勧めるままに、意識が半ば眠りかけているライトは家に入り、真っ先に向かったのはリビングへと向かった。
そこで少し一息ついてから眠ろうと考えていたのだが、そこにはウィンリィとデフェットがテーブルに突っ伏していた。
人の気配に二人ともバッと顔を上げ、ライトの顔を見ると安心したような表情を浮かべる。
「無事、だったみたいだな……」
「ミーツェが出て行ってから全然帰ってこないからさ……心配したよ」
何があったのかを話そうとしたが、それはミーツェの咳払いによって防がれる。
「一先ず、お茶と軽食を持ってまいります。話はそれを口にしながらにでも」
その提案に動いていたライト、精神的な疲労があるウィンリィとデフェットもそれに頷いた。
◇◇◇
「顔のない––––」
「––––暗殺者」
ライトとミーツェの話を聞き終えた二人は確認するように呟いた。
紅茶を飲み、一息ついたライトが頷いて付け足す。
「うん。後から来たもう一人の方も顔がなかった」
「私は聞いたことないな」
「噂レベルでもか?」
「噂にでもなったらそこそこの組織の暗殺者としては失敗だろ」
「ん? 噂になるとまずいのはわかるけど……なんでそこそこの組織ってわかるんだ?」
噂になるということは見られているか、一度失敗しているということだ。
そんなことになってしまうのでは目標を警戒させてしまう。
わずかでも警戒されてしまえばそれだけ殺すのは難しく、面倒になる。
どちらも暗殺者としては失敗であろうことはライトでもわかった。
だが、なぜ組織と言えるのか。
「そりゃ、顔がないからだよ」
「それは……小さい組織でもあるんじゃないのか?」
顔がないという共通点だけで規模まで言い切るには少し無理がある。
顔がなければ人とのつながりを探しにくくなる。暗殺者としてはしていてもおかしくはないこと。
しかし、ウィンリィはそれに首を横に振り、否定した。
「顔潰すなんて外部ですれば確実に足がつく。
それを複数ってなればなおさらな」
「複数、それも使い潰せるほどの数を用意できるということは––––」
ウィンリィの言葉とミーツェのヒントでライトもようやくその結論を出した。
「––––必然的に組織。しかも大きくなきゃ無理だな」
「そういうことだ。
もしくはバックに大きい奴がいるということもありえるかもしれんな……」
デフェットが付け加えて、視線で問う。
何をした、と。
その視線から半ば逃げるようにライトは蒸しパンを食べながら記憶を探るがやはりこれといったものは思い出せない。
「最初に言ったけど、自覚できることは何もしてない。
少なくともそんな大きなところに恨まれるようなことはしてないよ。たぶん」
「まぁ、ともかくだ。失敗してるし、しばらくは動くことはないだろうさ」
「なんでそう言い切れる?」
ウィンリィのどこか強気の言葉にライトは疑問をぶつけた。
もしかすると彼女には何かしらの予測ができているのかと期待を自然に込める。
「それはな––––」
「それは?」
もったいぶるように顔を近づけてきたウィンリィ。ライトも食い入るように上半身を乗り出した。
ニヤッと笑みを浮かべ、どんな言葉が出るかと身構えた瞬間。
「ただの女の勘だ」
「んなぁ!」
ズルッとこけたライトへとウィンリィは先ほどまでの真剣な顔はどこにやったのか、にこやかな表情だ。
「こればっかりは勘だよ。勘」
身構えていた力が急に抜けたライトは椅子にもたれかかる。
そんな彼へとデフェットとミーツェが付け加えるように口を開いた。
「いや、あながち間違いではないだろう」
「そうですね……再び襲撃をするにしてもまた準備の期間が必要でしょうし。
ここはガーンズリンド。下手な襲撃などもできません」
「しばらくは安心?」
「多少の警戒は必要だとは思いますが……私が探りを入れてみましょうか?」
ミーツェのその提案はすぐに全員に拒否された。
「いや、たぶんやめた方がいい」
「同感。下手に動いて刺激するのはまずい」
「待ち構えて打つ方が有利でもあるしな」
ライト、ウィンリィ、デフェットの順で言った。
彼女の力を過小評価しているわけではない。
ただよくわからない相手にわかりやすく対策をしていると悟られる方が不利だ。
下手に刺激をして強行策にでも出られると周りを巻き込みかねない。
また、戦いに関して言えば攻めるより守る方が有利だ。
それが相手がよくわからなければなおさらだろう。
「では、そのように」
そうして、彼らの今後の動きは決まった。
結局のところ何も変わらないのだが、心構えだけはしておくべき。
それが、彼らの共通の見解であった。
◇◇◇
林の中に二人の女性がいた。
まだ日が昇ったばかりのひんやりとした空気の中、一人が呟く。
「失敗、したな」
「はい。思った以上に実力はあるようで」
合流予定時間だと言うのに彼女たちの元に誰かが現れることはなかった。
失敗の報告は受けていない。
だが、戻ってきていないという事実だけで「そうだ」と断言できる。
差し向けた者たちには口の中に毒を仕込んでいる。
噛めば即効性の毒が全身に回り死に至るようなものだ。
だから戻ってこなかったということはそういうこと。
しかし、その二人は眉をひそめることも、苦悶の表情を浮かべることもなく淡々と会話を続ける。
どうせアレらはただの奴隷で消耗品だ。なくなったところで別のモノを用意すればいい。
「どうします? また別のを放ちますか?」
「無理だろう。連中は噂だけではない。
差し向けたところで次は捕まるかもしれん」
捕まればそこから情報を探られるかもしれない。
もちろん幾重にもダミーの情報があるし、仲介も挟んでいるため早々バレることはないが、念のためというやつだ。
「ガーンズリンドでなければ、と考えるしかないわね〜」
妙に間延びした声が彼女たちの間を駆け抜けた。
そう、ガーンズリンドでなければやりようはあった。
このご時世だ。村の一つや二つ消えたところで魔王のせいにしてしまえばいい。
だが、ガーンズリンドのような場所は防護が厚い場所ではそうもいかない。
魔王でもそう易々と攻め落とせない場所が落ちたなど不自然にもほどがある。
いくらスポンサーが居ても貴族や騎士、王族にまで勘繰られてしまえばいあっという間にバレてしまう。
「しばらくは何もしないことが一番安全だと思うわよ〜」
「まぁ、そうですね」
「仕方あるまい。次はもっと確実にやるさ」
彼女たちは頷くとガーンズリンドのある方向を見つめた。