彼らの思惑
東副都トイスト。
そこには東方騎士団の城塞もある。
その廊下を一人の男性騎士が歩いていた。
カツカツと廊下を蹴る音、軽装の鎧が擦れる音を響かせながら歩く彼はもともとガーンズリンドに配属されている騎士だ。
定期的に呼び出されることはあるが、今回はどこか違うようだった。
ガーンズリンドに残した年老いた両親が少し心配なため、早く戻りたい。
そう思いながら彼は会議室の前にたどり着く。すぐにその扉の両脇にいた兵士が一度頭を下げて開いた。
何が話されるのか、何を知らされるのか、構えながら彼はその部屋へと入った。
◇◇◇
その大部屋には大きな机がいくつか繋げられ、その周りを囲うように椅子が置かれていた。
その部屋には東側にある村や街を統治する貴族やそれを守る騎士たちがいる。
本来なら嫌味な会話や妙な利権絡みの話で紛糾するが、今回は違いほぼ全員が顔のシワを深くさせていた。
「––––以上が報告です」
王都セントリアから遣わされた魔術師が一連の話を終えるとザワザワと辺りが騒ぎ出す。
それほどの衝撃が彼らにはあった。
そして、それはガーンズリンドの騎士も同じ。
(勇者、か)
王都セントリの宮廷魔術師たちが勇者を召喚。
その勇者の最低限の訓練を終えて旅を始めたらしく、可能な限り支援して欲しいというのが今回の報告の要約だ。
当然、勇者の旅の目的は魔王討伐。
しかし、すぐに向かうのではなく、各地の情報を集めるついでにさらなる実戦経験を積んでから魔王の拠点へと攻め込むらしい。
勇者などというよくわからない者に頼って良いのか、本当にこの戦争が終わるのか、騒つく彼らの話の内容は大方そんなものだ。
そんな混乱と困惑が場を支配する中で貴族の一人が手を挙げて口を開く。
「勇者とはどのような者なのだ?」
その貴族の質問に同調するように別の貴族が続ける。
「そうだ。支援をしろと言われてもするべき者が分からなければどうしようもできんぞ」
「ええ、女性ということはすでにお話してますが、それ以上は話せません」
王都からの遣いは端的に答えた。
曰く、暗殺や妨害を防ぐためらしい。
突き放すように発せられたその言葉に一人の騎士が机を叩き、叫んだ。
「ふざけるな!そんな得体の知れぬ者に頼れというのか!」
彼の顔には怒りが滲み出ており、声も荒々しい。
それに同調するように他の騎士からも声が上がる。
「そうだ。頼れるわけがない。そんな真実かどうか怪しい話など」
「そもそも、その勇者とやらはこの世界の人間ではないというではないか!」
「魔王を倒したとして、その後はどうなる!?」
「次は我々にも矛が向く可能性があるんじゃないのか?
私はそんな者を支援するなどごめんだな」
その懸念はもっともだ。
それが良きにしろ悪きにしろ、彼らにもプライドはある。
例え、それが親から与えられた地位だとしても、小さい頃から叩き込まれた矜持がある。
もしかしたら今の地位から引きずり下ろされることだってある。
下手をすれば命までなくしかねない。
しかも、別の世界から来た、というのであれば、どのように対応すれば良いのかなど予想もできない。
下手なことをしてその勇者とやらの怒りを買えば次に自分の方へと剣が向くかもしれない。
ならば、何もせずにその行動を監視している方が安全だ。
それ以外に反対するのにはもう一つ理由がある。
一人の貴族が手を挙げながら言った。
「勇者などに頼らずともいるではないか。魔王を倒せそうな者が」
「そうだ。南副都で現れた白い怪物。それを消し去った者がいるはずだ。
そいつにやらせればいい」
この世界には元々勇者に並ぶ者がいる。
確かな実績を作っている者がいるのだ。
この部屋にいる者全員がその名前も顔も知らないが、その事実だけは知っていた。
よくわからない異世界人より、元々この世界にいる者の方がまだマシだ。
例え、その者が地位も金もないような少年でも安心はできる。
否、少年であるがゆえに扱いやすい。
だが、それも一つの懸念があった。
それを女性の貴族が告げる。
「しかし、彼はポーラ様より名誉騎士勲章を授与されたらしいが、騎士になることを拒んだと聞いたぞ」
彼らの唯一とも言える懸念はそれだ。
皇女であるポーラの誘いを蹴った、というのであればそれより下の貴族からの誘いを受けるとは考え難い。
少なくとも金と名誉ではその少年は動かないだろう。
「それに、我々はその少年についてほぼ情報がない」
「そうだ。その少年は今どこにいる?
旅をしているという情報は掴んでいるが……」
辺りが静まり返った。
籠絡する方法どころかその場所すらわからないのであればどうしようもない。
今から調べるにしてもそこそこ時間が必要になる。
「それなら、おそらくガーンズリンドかと」
一人の騎士が言うと再び騒ついた。
「ほ、本当か!?」
「なぜ、そう思う」
「少し前、ガーンズリンドで噂が出たのだ。
パブロット・ワイハントがその少年と接触し、認めた、と」
その衝撃で再び静まり返る。
特に貴族たちの驚愕の色は大きい。
パブロットは例え相手の地位だけで認めることはしない。
それ相応の対応は当然ながらするがそこまでだ。
認める、つまりはワイハント商会の勲章を渡すことはほとんどない。
そのため、それはある種のステータスであり、憧れでもある。
「……ともかくガーンズリンドに居るのは間違いないのだな?」
貴族の男性の確認のような言葉は先ほどのことを知らせた者と同時にガーンズリンドの騎士へも向けられていた。
たしかに噂程度には聞いている。
しかし、それだけだ。まだいるのかどうかはこれから調べないとわからない。
その旨を告げると一先ず満足したらしく、男性は頷いた。
今出ている結論としては大きく二つ。
勇者を信用して頼るか、その少年を籠絡するか––––
頼る者が違うと言うだけで共通の考えとしては魔王を倒した後のこと。
そして、それが大方の考えだ。
だが、ガーンズリンドの騎士は比較的冷静だった。
(まだ終わっていないというのに、その後のことの方が気になっているのか……)
そう、彼らからしてみれば戦争が終わることなど当然のこと。
主眼はその後だ。
魔王を倒して「はい終わり」で済むのではない。
ここはそんな物語の世界ではなく、現実だ。
魔王が倒されても、それから先の未来がある。
それを考えるのはおかしくはない。
むしろ誰かの上に立つ者としては普通のことだ。
しかし、まだ騎士としての地位を継いで歴史が浅いガーンズリンドの騎士はそれをあまり良くは思えなかった。
(汚いな。未来の利権ばかりに目が眩んだ者どもが……)
そう見えて仕方がなかった。
今は魔王を倒し、この戦争を終わらせることを優先するべき。
そのためにどちらか片方ではなく、二人の力を借りればいい。
だが、彼らはそんなことを考えてはいない。
最小の損失で最大の利益を得る。
己の得、欲に従順なケモノ。
それが他の種族、それどころかこのラグナント大陸の頂点に立っていると信じて疑わない。
(この会議は……長くなりそうだな)
ガーンズリンドの騎士は人知れず眉をひそめ、小さく息を零した。