暇な日々
とある民家の庭からパコンッ、パコンッという小気味好い音が響く。
その音を鳴らすのはライト。
より正確には、小斧で薪用の木材を割る音だ。
今回の依頼はある老夫婦からのもの。
家のことを手伝って欲しいという内容だった。
報酬金額自体はあまり美味しいとは思えなかったが食事を出し、畑で採れた食材もいくつかもらえる、ということでそれを受けた。
『なんでこんな依頼受けてんのよ。あんたは』
『そうだよ。もっと派手なの行こうよ』
しかし、白銀と黒鉄からしてみれば不満しかないらしい。
彼女たちはクラウ・ソラスの力が見たいようだった。
(そうは言っても……手伝わないわけにはいかないだろ?
近所の人だし、親切にしてくれた人だぞ?)
その老夫婦はライトたちが住んでいる家から少し歩いた場所に住んでいる。
人当たりの良い人たちで引越しの挨拶に行った時に少し話し、以後も顔を見かけたら軽い会話をする程度の仲だ。
このガーンズリンドについても色々と教えて貰い、多少なりとも恩がある。
そのことは二人もわかっているためか、ライトの言葉を聞いて口籠った。
(それにそういう依頼もなかっただろ?)
そう、時期としてはもう冬だ。
獣も冬眠に入っており、盗賊も時々出ているようだがすぐに別の冒険者たちが倒している。
そのため、よくあるような討伐系の依頼はなかった。
『むぅ〜、そう言われたら』
『黙るしかないね』
心底不服そうにしながら言葉を残し、二人の気配はスッと消える。
「すまないね。ライト君」
ふうと一息つき、袖で浮かんだ汗を拭ったところで後ろから声がかけられた。
話しかけたのは依頼してきた老夫だ。
白い髭を蓄え、柔和な表情を浮かべながら老夫は続ける。
「流石にこの体だと、薪割りは堪えるのでな」
「あ、いえ。これぐらいなら構いませんよ」
「頼もしい言葉だ」
散らばった薪を一つの場所に集めながらライトは口を開いた。
「たしか、ご子息は騎士でしたね」
「ああ、そうだよ。自慢の息子さ」
老父自身も元は騎士だったらしいが、今は隠居している。彼の騎士としての立場を継いだのがその息子だ。
立場としてはそこそこのところにいるらしく、約一週間ほど東副都の方に出向しているらしい。
いつもは息子の従者が手伝っているらしいが、どうやら今回は従者を引き連れたため、このようにギルドに依頼したようだ。
「にしても、なぜ従者まで引き連れたのです?」
「それはな。儂が頼んだ」
「……理由を聞いても?」
老夫はその問いに頷くと口を開く。
聞けばその従者の故郷が東副都トイストであるらしく、ちょうど良い機会だしということで帰らせた結果ライトたちに依頼したようだ。
その説明の端々からは隠居の身で従者を侍らせることに気後れしていることがわかった。
「それで……ですか」
「儂はもともと平民だったが剣の腕で騎士になり、武勲を挙げた。
やはり習慣よな。あの場所は便利だったが落ち着かなかった」
肩をすくめながら老夫は苦笑いを浮かべた。
その優しそうな目はその当時を思い出しているのか辟易とした色を表している。
「ははっ、なんとなくわかります」
「そういえば、君には従者がいたな」
「ええ。私にはもったいないほどに有能です」
「良い良い。今はそうでも、いずれその力を使える時がくるさ」
「言い切りますね」
「私がそうだったからな」
はっはっはっ、と歳の割には豪快な笑い声をあげる老夫につられて、ライトも笑みを浮かべた。
だが、あることが脳裏をよぎりその笑みは消える。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……その、祖父とこうして話したことがなかったなと思って」
ライトは少なくとも生まれてこのかた、母方父方どちらの親戚ともあったことがない。
小さい頃はそのことをあまり気にすることはなかった。
中学あたりになっても、もう亡くなっていたのだろうと深く考えることはなかった。
そのため、老人と話すことがライトには新鮮に感じられていた。
「祖父、祖父か……私はまだそんな歳ではないと思っておるんだがな」
「そのうちおじいちゃんって呼ばれる時がくると思いますよ」
老夫へ軽口を言ったところで庭の出入り口からウィンリィが現れた。
その両手で大きなカゴを持ち、中には洗ったばかりの白いシーツが入っている。
「お、ライト。一区切り着いてるなら手伝ってくれ」
「わかった。すいません。少しいってきます」
「ああ、頼むよ」
◇◇◇
「なぁ、さっきなに話してたんだ?」
シーツを物干しにかけながらウィンリィはライトへと問いかける。
「そんな特別なことは話してないよ。世間話だ」
「そうか? にしてはなんか嬉しそうだぞ」
「ん? そうかな? いや、そうかも」
ウィンリィに指摘されて気がついたが、確かに自分は楽しいと感じている。
理由はなんとなく察している。
元いた世界のようにとても穏やかなのだ。
いつものように起きて、いつものように食事をとって、いつものように眠る。
散々飽きていた日常を今はとても楽しんでいる。
「やっぱり、元いた世界がそうだったからかもしれないけど……。
剣を振ってるよりこういうことをしてる方が好きなんだろうな」
「ふーん。そんなもんかねぇ」
「そんなもんだろ。たぶん。
まぁ、ウィンリィがいるからってのもあるかもしれないけど」
「はぁ? どういうことだ?」
それはスッと口から出た言葉だったため、その問いにライトは唸る。
いざ「なぜ?」と聞かれると自分の中にあるこの感情をどう言葉にすればいいのかわからない。
「好きなのかな?」
無意識にボソリとそれが外に出た。
「へ!?」
ボンッという音が聞こえそうな勢いでウィンリィの顔が真っ赤に染まる。
数瞬、その理由がわからなかったライトは首を傾げたが、すぐにそこに行き着き、慌てて口を開いた。
「あっ! ち、違う! 仲間として! 仲間、として! な!?」
「あ、ああ! そうだな!い、いや!
うん。私はわかってた。わかってたから!」
二人とも愛想笑いを浮かべたがすぐさま無言になった。
手は動かしているが、いまいち空気が悪い。
妙なこそばゆい雰囲気で何を言えばいいのかわからない。
どうすればこの妙な雰囲気を変えることができるのか。
ライトとウィンリィが言葉を忘れたかのように先ほどまで和やかな雰囲気が嘘だったかのように口を閉じていた。
「主人殿、ウィン殿」
「んなぁ!?」
「うわぁ!?」
そんな二人の助け船は買い物から帰ってきていたデフェットだった。
突如話しかけられ、声を上げるライトとウィンリィ。
それに少し怪訝な表情を浮かべながらデフェットは頭を下げる。
「す、すまない。驚かせてしまったようだ」
しかし、二人の反応は彼女が予測したものとは大きく異なるものだった。
肩を掴まれ、反射的に顔を上げるとどこか焦ったような、安心したような複雑な表情を浮かべるライトがいた。
「いや! よかった! ちょうどよかった!
帰ってきたってことは昼食だろ!?」
「あ、ああ。そうだが……。
そんなに腹が減っていたのか?」
「そ、そうなんだよ! なぁ? ウィン?」
「お、おう! そうだ。動いたからな腹が減っていたんだよ!」
明らかに何かあったことをデフェットは悟ったが深く聞くつもりはなかった。
それはあまりにも二人の反応がわかりやすかったからだ。
言うなれば小さいいたずらをした子供が親に怒られているような態度。
聞いたところで「そんなことか」とむしろ呆れそうなこと。
「わかった。私はあの老婆の手伝いをミーツェ殿とする。
二人もキリがいいところで戻ってくれ」
その言葉にライトとウィンリィは元気よく答え、その場から去るデフェットを見送る。
彼女が家へと入ったタイミングで二人揃って肩の力を抜くように息を吐いた。