戦う理由
ライトとウィンリィが指示されたテント。
それは簡易的なもので床は土のまま、壁には殴り書きされている紙が数枚貼り付けられている。
入った二人の目の前にはバウラーの背中があった。
彼は振り向きながら言う。
「さて、少年。ウィンリィ。疲れているところ申し訳ないな」
本当に申し訳なさそうに言うバウラーにライトは決心を固めると口を開いた。
「いや、俺もあなたに話があった」
「……では、その話を先に聞こう」
ライトはバウラーの顔、いや、目をしばらく見ると何も言わず頭を下げた。
「ライト……」
「すみませんでした。
俺は暴走して部隊の混乱を強めてしまいました。あの後死んだ四人は––––」
「俺が殺したようなもの、か?」
ライトは驚き顔を上げたがバツが悪くなりすぐに視線を下に向ける。
「……はい」
「……そうだな。
あの時、少年が突っ込まなければすぐに撤退し、彼らは死ぬ事はなかったかもしれない。
確かに見ようによっては少年が殺したようなものだ」
その言葉にライトは両手を強く握り歯をくいしばる。
あの四人は自分が殺したようなものだ。たとえ間接的であれ、そのことに間違いはない。
もし、そのまま突撃せず、下がることができていれば、ウィンリィや他の者と連携していれば死者の数が少なくできたかもしれない。そもそも怪我だけで済んでいたかもしれない。
バウラーは心の中で自分を叱責し続けるライトの頭にその大きな手を優しく置いた。
「……?」
「だが、君が重荷に感じることはない」
言葉が耳に届いた瞬間、ライトは勢いよく顔を上げ、声を荒げる。
「な、なんで!」
その様子を見てバウラーは恥ずかしそうに笑いながら言った。
「私のせいだからだ」
ライトとウィンリィは予想外の言葉が聞こえて目を見開く。
「私が指揮をきちんと出来ていたら。部隊が混乱することはなかった。
そもそも指揮をする者として様々な想定はしておくべきだったのだ。
だが、私はそれを怠った。あの者たちは、私の責任だ」
「ち、違う!あの人たちは––––」
ライトが反論しようとしたがそれはバウラーの言葉により妨げられた。
「子供が自分から罪を背うのはやめた方がいい」
それは真剣な表情だった。
何もかも見透かすようなその目はライトの目をしっかりと捉え離されることはない。
その眼力に返す言葉を失い、ライトは少し下を向いた。
バウラーは唐突にフッと表情を緩めると、小さい子供を相手にしているかのように優しく質問する。
「少年。君は、何の為に。なぜ戦う?」
「……俺は––––」
彼の質問。それにすぐに答えようとしたが、言葉が浮かばない。
自らの心に問いかけるように、思い出すように目を閉じて拳を握り締めた。
浮かんでくるのは二人の男性の最後。
死を恐れ狂ったように暴れゴブリンやオークの屍の山を築き、ウィンリィに剣を振るう自分の姿がフラッシュバックしていく。
(死にたくない。誰かが目の前で死んでいくのも嫌だ。
でも、俺には、守るほどの力はない)
そして、ウィンリィ、バウラーが死んでいくなかで傍観することしかできない自分の姿。
その二人に続くように何もできずに死んでいく自分の姿。
ライトは浮かんだそれを打ち消すように拳を握りしめ、目を開きバウラーを強く見つめ返した。
力はない。
知恵もない。
技術もない。
覚悟すらない。
転生した。チート能力も貰った。チート武器もある。
しかし、それでもなおライトは思う。
何も持っていない。と––––
今持っているものはどれもが自分で得たものではなく、誰かから渡されたものだ。
何もできていない。何も持っていない。何も選んでいないのが今のライトという存在だ。
だが、そんな自分でも出来ることはある。
「俺は……俺は、逃げたくない」
ライトが呟いたそれにバウラーは表情を変えず、ウィンリィは隣で心配そうな視線を向けながらも静かに聞いていた。
二人が固唾を飲んでその姿を見ている中、彼は続ける。
「俺にはまだ、誰かを守るなんて偉そうな事は言えない。あんな事があったばっかりだから……」
死ぬのは嫌だ。それもあの男性たちの様に。
その二人は自分と面識がないのは確かだ。
悲しくはなる、かわいそうには思う。
しかし、それだけだ。
仇を取るなんてことは全く思っていない。
「まだ、死にたくはない。でも、死にたくないけど。
今、目の前にあることから逃げたくない。だから、俺は戦う」
逃げない。どんなことがあっても逃げずに立ち向かう。
勇敢で無謀に。
簡単なようだが簡単には出来ないことをライトは堂々と言い放った。
それは彼が生まれて初めてした初めての選択。
バウラーはライトのその答えに満足そうに笑みを浮かべ頷く。
「それでいいさ。
戦場で生きる事ができる者は自分の為に戦う者だ。
見知らぬ誰かを守る事は自分が生きていなければ出来ないことだ」
バウラーは両肩に大きくゴツゴツした両手を乗せ目線をライトに合わせる。
「だから、少年。強くなれ。強く、強く。決して死ぬ事がないように。
そして、誰かを守れるようになれ」
バウラーのその言葉はライトの頭のなかに不思議とストンと入った。
それに答えるように力強く、頷いた。
「……ああ」
バウラーは最後に優しい笑みを浮かべるとライトの両肩から手を外してウィンリィを見る。
「すまないな。待たせてしまって」
「悪い。ウィン」
謝る二人にウィンリィは両手を小さく振る。
「べ、別にいいって。新米には必要な事だ。
それに、そのおかげでライトの目も少しは変わったしな」
ウィンリィは微笑みながらライトを見る。
彼女の目が、彼女の前で言ったことが今更少し恥ずかしくなり、顔を赤くさせ頬をポリポリと掻いた。
少し気恥ずかしく思ったのは事実だったが、不思議とどこか誇れるような気がしていた。