自覚
キャンプ地に戻ったバウラーはすぐさま声を上げた。
「何人、何人戻ってこれた!?」
戻って来た者の中の一人が肩で息をしながらゆっくりと数を数え始めた。
少しして驚愕、と言うよりも信じられないと言った様な顔でバウラーに報告する。
その声はあまりのことに震えていた。
「……34人、だ」
「「「っ!?」」」
その言葉はそこにいた者たちを驚愕されるには充分すぎた。
それほどに衝撃的だったのだ。
ゴブリンやオーク討伐で被害が出る事は。
全員が全員頭に「ありえない」という言葉を並べるが死者が出ているのは揺るぎようのない事実だ。
「6人か……」
バウラーは苦虫を噛み潰したような表情をして事実を受け止めるように呟く。
自分で数え直しても確かに6人いない。
2人は最初のだ。
残りの4人はあの混戦の中でゴブリンとオークの強襲で殺されたのだろう。
予備部隊の指揮官を務めている大剣を持っている男性が問いかける。
「バウラー。一体どうしたんだ? なぜ」
「詳しくはわからん。
だが、もしかすると奴らには指揮官が居る可能性がある」
「……ありえないな。
あいつらが指揮に従う訳がーー」
「だが、そうとしか考えられん」
否定の言葉を返そうとしたが、バウラーは真剣な表情を浮かべそれを遮った。
その様子に予備部隊の指揮官は言葉を失い顔を下げる。
「……奴らは追ってきてはない。
が、我々が攻勢に出たことは既に知っている。
出来る限り早く作戦を立て再び攻撃しなければ」
「落とされるだろうな。今度こそ。あの村は……」
「そうだ。そんなことさせる訳にはいか無い。
こんな辺境では今から騎士団を呼んでも来るのは一ヶ月後。
ここでなんとしても我々が潰す」
騎士団は一部の村や副都、王都にしか駐屯していない。
そのため村などではギルドが騎士団の代わりをする。
ギルドで手に負えない場合は騎士団を呼ぶこともあるが、今バウラーたちがいる場所に近い騎士団の駐屯地は西副都のウイストだ。
ここからだと片道で10日以上はあり、準備などの時間を考慮すれば呼んでも確実に間に合うことはない。
「分かっている。
さぁ、早く新しく作戦を立て直すぞ。
他の者は休んでいろ。ついでだ。この間に傷を癒し武器を研いでおけよ」
予備部隊の指揮官が言うとバウラーと共にキャンプ地の中心に向かった。
◇◇◇
ウィンリィはそれをライトの隣で見ていた。
ただ、それはボーッと見ていただけで話は殆ど頭に残っていない。
(ライト……)
木に寄りかかって眠るライトに視線を落とす。
息は一定の間隔で繰り返されているが精神がどうなっているかは起きてその反応を見なければわからない。
フラッシュバックするのは多数のゴブリンとオークの屍を築くライトの姿とその笑い声。
そして、涙を浮かべた目だった。
(分かっていたことだが、一緒にいた奴のアレを見るのはきついな……)
ライトのように戦闘中に“壊れる”者というのは別に珍しいことでは無い。
特に戦闘をあまりしていない最初は。
「自分の死」という明確な恐怖を受け止めきることができず、周りから目を遠ざけ気絶する者が多い。
だが、中にはライトのように自分の死を避けるためにがむしゃらに敵の中に突き進み力を振るう者もいる。
そのような者は敵に囲まれ殺されるか生き残ってもずっと壊れたままが殆どだ。
(でも……大丈夫。こいつならまだ大丈夫。大丈夫大丈夫)
何度目か数えるのも面倒になるぐらい「大丈夫」を繰り返しながらその両手はライトの手を強く握っている。
彼女のその強い祈りが神に届いたのか、自分の手に何かの力が加えられた。
「っ!? ライト? おい、ライト!!」
ライトはそれに答えるようにゆっくりと目を開けウィンリィを見つめる。
「ライト! ああ、良かった。意識を取り戻したんだな! 良かった」
ウィンリィは嬉し涙を浮かべながらライトを強く抱きしめた。
そのまま「良かった、良かった」と繰り返している。
「……」
抱き付いているウィンリィの背中にライトはゆっくりとした動作で両手を回し抱きつく。
「え!? ちょっ、ライト?」
その動作は予想外だったのかウィンリィは声を上げて反射的に離れようとするが、ライトは先ほどのウィンと同じように力強く抱き締める。
「……ごめん。もう少しこのままでいさせてくれ」
それは搾り出すような本当に小さな声だった。
ウィンリィはそれに無言で頷きそれに合わせる。
(なんだろうな。この感覚。なんか妙に落ち着く……。
俺も、ウィンも生きてる。これが生きてるって事か?)
そんな状態がどれだけ続いたのか。
少なくともライトは全く気にしていなかったが、おずおずとウィンリィが口を開いた。
「なぁ、ライト」
「ん? どうした。ウィン」
「いや、そろそろ、だな。離してもらえるとその……」
そういうウィンリィの顔は羞恥で真っ赤に染まっている。
「……あっ」
ライトがその反応を見てようやく気づき、周りに意識を向けると殆どの者は武器を研がず二人をじっと見守っていた。
その途端、恥ずかしさでライトも顔が赤く染まり慌てた様子で回していた腕を離した。
瞬間、ウィンイリィもバッとライトから離れる。
「わ、悪い!ほ、本当に悪い」
「い、いや。もういい」
二人が離れたことで少し残念そうな「あ~」っと言う声が響いた。
だが、すぐに見守っていた者たちは自分の武器の調整や傷の治療を再開した。
「「……」」
そして、彼らの間には沈黙が訪れる。
(……気まずい。すごい気まずい。
なんで俺はあんなことをしたんだよ!!
ろくにウィンの顔みれねぇ!!
あっ、でも。ウィンリィ、柔らかかったなぁ––––)
「––––って、違うだろ!?」
「!?ど、どうしたライト」
急に叫んだライトの顔をウィンリィは覗き込んだ。
ウィンリィの顔を見た瞬間、触れた感触や匂いが蘇る。
「ッッッッ!?な、なんでもない!!」
言いながらライトはウィンリィから顔をそらす。
「……じゃあ、なんで顔そらすんだよ」
「うっ、いや、それは……だな。えーっと」
ライトが頬を赤く染め言葉を考えていると––––
「ぷっ、ふふふっ、あはははっ」
ウィンリィは我慢が出来ずに笑い出した。
「な、なんだよ急に笑い出して。俺なんかしたか?」
「いや、その様子だと。大丈夫みたいだからな。
ちょっと安心したのとライトの反応が可愛いからな」
「な、な、何言うだよ!!
お、俺は可愛くなんか––––」
「その反応が可愛いんだよ」
「ぐっ、そ、そう言えば状況はどうなんだよ」
ライトはこのままだとどんな辱めを受けるのか分からないため、話題を無理矢理変える。
「……そ、それは」
今度はウィンリィが言い淀んだ。
そして、少し逡巡すると恐る恐るライトへと質問する。
「説明する前に一つ聞きたい。
ライト、どこまで憶えてるんだ?」
それは先程の明るいものとは一転し、少し暗いトーンだった。
「……全部覚えてる。
男性二人が引きずり込まれるのも、その後俺が暴走して敵のど真ん中に突っ込んだことも。
ウィンに剣を向けたことも」
ウィンリィは「そうか……」と優しく微笑みながら言うと今までのことを説明し出した。
「……あの後は少し混乱したが直ぐに撤退した。
その混乱中に最初の二人以外に四人」
ライトの頭にはある事が浮かび応える言葉を失い、ウィンリィの話を静かに聞く。
「こんな事普通じゃない。
バウラーも向こうに指揮官がいるって思ってる」
「そのバウラーはどこに行った?
姿が見えないが……っ!もしかして!?」
「今は作戦会議中だ。もうしばらくしたら再び攻撃に出るだろう」
「ああ、そうか。良かった」
ライトが言いながら息を吐くとウィンリィはキョトンとした表情をして聞く。
「お前、本当に変わってるな。こんな時に他人の心配が出来るなんて」
「あ、あ~。なんだろうな。
アレを見た後だと他の、親しくしてくれた奴がああやって死ぬのは嫌だからな」
ライトは自分の両手を見つめ握ったり開いたりを繰り返している。
そのたびにあの戦場の感覚が蘇る。
他の人に死んでほしくない。
それは本当の気持ちだ。間違いない。
だがそれ以上に感じていることがある。
(俺は死にたくない)
二個目の命。今のライトは違う世界だが強くてニューゲームをしているだけだ。
ただ、あまりにも強力過ぎる力を持つだけで何も知らなかった。
自分がどれだけ死を恐れていたか、そして、生きることにどれだけ執着していたのかを。
生にすがるその自分の姿が酷く醜く、惨めに見えた。
そんな姿を彼女に見せたくなかった。
だから、強がりを見せた。
「なるほどな。確かに嫌だな。それは」
ウィンリィの声で考え込んでいたライトの意識が戻される。
ライトは最後に両手を握り締めて開くとウィンリィに聞いた。
「今は全員なにしてるんだ?」
「ああ、今は傷の治療と武器の……って、ああっ!!」
ウィンリィはそこである物がないことに気付き声を上げた。
「……俺の剣どこ?」
そう彼の武器であるブロンズソードがない。
より正確には腰のベルトに鞘は付いていたが肝心の剣の方は無くなっていた。
「悪い。置いて来ちまった」
「あ~。大丈夫だ。元は俺が原因だし。
それじゃ、なんか右腕が妙に痺れてるのも?」
ライトは右腕を動かしながら聞く。
動かすたびに妙な痺れのようなものを感じていた。
「ああ、剣を叩き落とした時の奴だと思う。きついか?」
ライトは右手を軽く振ったりして動きを確認する。まだ痺れは残っているが動きに支障はない。
「大丈夫だ。もう殆ど収まってるし。
それにそうしなきゃ俺はウィンを殺してただろうし俺も死んでた」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。だが、訂正しろ」
「ん?なんだ?」
「私はお前に殺されような奴じゃない。覚えとけ」
堂々と言うウィンリィにライトは一瞬、呆気に取られて口を開けポカンとしていると少し微笑み言った。
「ああ、分かった」
◇◇◇
それから少しして話が落ち着いたライトとウィンリィは創造した魔術ダメージクリアで傷の治療(と言っても擦り傷だけ)をしていた。
「にしても凄いよなぁ」
「なにがだ?」
「ライトって魔術も使えたんだな。
本当、凄いよ。
剣と魔術を使ってゴブリンやオークどもを斬り刻むんだぞ?
圧倒されるしかないよ。そんな光景」
「……褒めすぎだと思うけど」
「いやいや、魔術も使えて剣も使えるなんて何者だよ」
「えっと……」
(転生したこととか言っていいのか?
でも、そのせいで色々巻き込まれるのも巻き込むのも嫌だな)
自分の問題ごとに誰かを巻き込んでしまうのは気が引ける。
唸りながら頬をポリポリと掻くと少し言いにくそうな顔をしながら質問に答えた。
「あ~。出来ればそのことについてはあんまり聞いて欲しくないんだが……」
その言葉からウィンリィは察しすぐに頭を下げる。
「悪い。訳ありだったか」
「い、いや。俺が何も言わなかったし聞くのは仕方ないさ」
「そ、そうか?あははっ、はは……」
そして、訪れる沈黙。
その発端となった(本人はそう感じている)ウィンリィは––––
(だぁぁぁあ!!気まずい!
ああ!なんであんな事聞いたんだよ。
魔術も剣も使えるなんて【魔術騎士】でもない限りいないからって)
【魔術騎士】
その名の通り魔術も使える騎士である。
魔術も剣も反復練習で上達する為、どちらもうまく使える者は多くはない。
ゆえに、その両方を使えるものは必然的に訓練を積む機会が多い騎士に限られてくる。
ウィンリィは武器を研ぎ石で研ぎながらチラッとライトの表情を伺う。
「……」
ライトはただの一言も発することなくウィンリィの動きに集中していた。
(なんかジッと見てるし!
安心させようと思ったのに、警戒させてどうすんだよ!!)
しかし、ウィンリィはそれを警戒しているものだと勘違いし心の中で葛藤していたがそのライトは––––
(へぇ~。武器ってそうやって研ぐのか。
本当は詳しく聞きたいけどなんか声かけずらいなぁ)
と先程の質問の件は完全に抜けていた。
そんな時だった。
「なぁ、そこの二人」
声を掛けたのは槍を持つ男性だった。
装備も平均的。予備部隊の者なのか服もあまり汚れていない。
「どうした?」
「バウラーが呼んでいる。そこのテントだ」
男性は自分の後ろにあるテントを指した。
バウラーがこのタイミングで自分を呼ぶ理由。
それをライトはすぐに気付き、表情を引き締めると頷いた。