従う理由
パブロットからの報酬としてミーツェを従えること、家を持つことになったことを説明した後、ライトたちはその報酬として譲られた家へと移動を始めた。
合流した彼らがミーツェの後に続くこと十分。
港や商店街、さらには住宅街からも少し離れた寂れた場所にそれはあった。
「家だ……」
「ああ、家だ」
「家だな」
ライト、ウィンリィ、デフェットの順に目前にある家を見上げながら、各々感想を述べる。
それ自体は何の変哲も無い家だ。
特別大きいわけでもなく、特別派手なのでもない。ガーンズリンドでは一般的なレンガの家。
たしかに、パブロットが言う通り四人で済むのには苦労はしないだろう。
「皆さま、どうぞこちらへ」
いつのまにかミーツェは家の扉を開けていた。
三人は期待と興味、ちょっとした不安を胸にその家に上がる。
玄関を入ってすぐのところに廊下があり、左手にはリビングダイニング。
そこには椅子やテーブル、少し離れたところにはソファや棚が置かれている。
隣の部屋はキッチンだ。
廊下を挟んだ向かい側は応接室であろう部屋。
右手にはトイレとこの世界の家では珍しい風呂と脱衣所があった。
さらに奥に行くと二階への階段があり、そこを上がると五つの小部屋がある。
五つの部屋は寝室らしく、ベッドと棚。
残りの一つの部屋は家具などが置かれていない。おそらく物置として使う部屋なのだろう。
階段の近くには地下へと続く梯子があり、それを降った先にはワインセラーまでもがあった。
いくつかボトルを置く枠はあるが、そこには2本のボトルがあるだけでかなり寂しげだ。
そして、正直なところ特にライトが気に入った場所がある。
「うわぁ! 庭だ! しかも結構広い!」
階段近くにある裏口からは庭へと出ることができた。
そこそこの家庭農園でも余裕で出来そうなほどの広さだ。
「へー! これぐらいの広さがあれば剣振っても大丈夫そうだな」
その庭を見てウィンリィも声を漏らす。
彼女によるライトへの剣の訓練は今現在も続いている。
野宿しているときならば問題はないが、宿に泊まっているときは少し離れた広場にわざわざ移動して素振りするのがせいぜいだった。
それもこの広さがあればそれをする必要もないだろう。
唯一懸念していることと言ったら、近所迷惑にならないかどうかだ。
しかし、あまり家は密集していないため、そこまで深く考える必要もないだろう。
挨拶ついでにその辺の許可を取ろうかと考えているとミーツェが声をかけた。
「お二人は何かしら鍛錬をしているのですか?」
「ああ、こいつの剣の腕を鍛えてるんだよ。まだ荒削りだけど結構強いぞ」
ライトの肩を叩き自信満々にウィンリィはミーツェに答えた。
それに少し照れを覚えながらもライトはそれを否定しない。
まだまだだとは思うが力が付いているという自信はあるからだ。
少なくとも転生してすぐの頃よりは絶対に力はついている。
「ミーツェも使えるんだろ? 剣。今度こいつと一回戦ってみてくれよ」
「ええ、御命令とあれば、今すぐにでも……」
ミーツェは軽く頭を下げたかと思うとポケットから懐中時計を取り出し、それが指す時刻を彼らに見せながら続けた。
「ですが、食事をご用意します。皆さま朝食も取られていませんでしたよね?」
ライトは朝早くからパブロット会うため、ウィンリィとデフェットはライトが帰ってきてから食べようと考えていた。
そのため、パンを軽く食べた程度で朝食らしい朝食を食べていない。
そこまで動いていないため、空腹を感じてはいないが何か口にしたい。という思いはある。
「あまり食材はありませんが……皆様を満足させるものをご用意いたしましょう」
三人はそれぞれ顔を見合わせ頷く。
もともとワイハント家の従者だったミーツェだ。
その料理の腕は確かなものなのは分かる。
出てくる料理に今から少し期待し始めたライトとウィンリィ。
そんな彼らを見て「では」と去ろうとしたミーツェの背中を、デフェットは少し控えめな声で呼び止めた。
「待ってくれ。その……料理を手伝えないだろうか。
従者であるミーツェ殿が仕事をしているのに、奴隷たる私がただ待つことなどできない」
その言葉で振り向いたミーツェはどこか申し訳なさそうにライトの方へと向き、質問する。
「それは気にするほどではありませんし、ありがたいですが……。
ライト様はよろしいのですか? 私がお借りしても」
「うん。ミーツェに問題ないなら」
「分かりました……では、彼女をお借りします」
ミーツェは軽く礼をするとデフェットを連れて先にキッチンへと向かった。
その背中を見ながらウィンリィがどこか安心したような顔で呟く。
「よかったな」
「ん? 何が?」
「ミーツェだよ。デフェットを奴隷だからって見下すような人じゃなくて……」
元々彼女は商人である者の従者だ。
奴隷も商品として扱ってきたし、見てきたはず。
だが、彼女の態度は明らかに奴隷に対して取るものではない。
たしかに自身たちとデフェットとの関係や態度は移動中に彼女にも話した。
それを素直に彼女は認め、受け入れているようにウィンリィには見えた。
「俺が、そうしてるから、かな……」
「かもな……」
少し考えたが問題がないようならば深く気にする必要もないだろう。
そう結論付けたライトとウィンリィは先に行った彼女らの後を追うように家へ向かった。
◇◇◇
キッチンではミーツェが魚の下拵えを、デフェットは芋の皮を剥いていた。
二人の間に会話はない。
しかし、デフェットは横目でチラリとミーツェを見て、何か言おうと口を開きかけたところでそれを閉じる。
そして、切っている物へと視線を落とす。
少ししてまた横目で彼女を見て、開きかけた口を閉じる。
何か言いたいが、自分からは言い出せないのか、それを数度繰り返しているとミーツェと目があった。
「先程から見ていますが、何かありましたか?」
「質問しても、いいか?」
「ええ、構いませんよ」
ミーツェのその承諾から少し間を置き、デフェットは先程から言おうとしていた質問を投げかける。
「なぜ、私を奴隷として扱わない?」
ライトとウィンリィはたしかに自分のことを奴隷として見ていない。
扱っていないと言うことを彼女に話した。
デフェットの話し方、ミーツェの呼び方も快く許してくれた。
だが、それは彼女の今の主人であるライトが、その友人であるウィンリィの指示だからしていることのはず。
そのため、彼らが見ていないところでは“そういう扱い”をされるのを覚悟していた。
しかし、ミーツェはライトたちの前と同じように接していた。
「ライト様に言われましたし、それを拒否する理由も特にはありませんから」
「奴隷を売っていたのに、か?」
「それは関係ありませんよ。
ただ、ライト様の考えを否定できるだけの答えを私は持っていません」
「それだけの理由で?」
「そう大層な理由が必要ですか?
まぁ、そうですね。奴隷として見れない、という理由は、少なくともただ正義を謳われるよりは純粋に思えましたから」
パブロットの元で働いている時、奴隷を解放しようと訴える男性がいた。
奴隷を販売する商人、彼らからの依頼でスラム街の住人を捉える冒険者を批判。
貴族たちから奴隷制度を撤廃するよう求める書面を集めていた。
「そんな者が、いたのか……」
「ええ、訴えることはなくともそのように接している方はいますよ。少ないですが……」
当然、彼の批判の対象にはワイハント商会も含まれている。
それをただ言われるままでいるわけもなく、パブロットはその男性の調査をミーツェに命じた。
そのおかげで彼の本当の目的を知ることができた。
「本当の目的? その男性は奴隷の解放を訴えていたのではないのか?」
「まぁ、わかってしまえば簡単なことですよ」
その男性は端的に言うと奴隷の解放など全く望んでなどいなかった。
彼は奴隷を専門に取り扱う一つの組織の実質的な支配者だった。
本当の目的は奴隷の解放などではなく、競合者を蹴落とし、市場を独占すること。
奴隷解放の書面を貴族たちから集めていたが、それも奴隷や金を渡し、その後の優先的な売買権を約束するなどして集めていたのもだった。
「酷いな……」
「ええ、他にもいくつか話はありますが……。
正義を訴える者ほど私は信じられません。裏がある、そう考えてしまうのです。
それでしたらまだ個人的な思いの方がずっと信じられます」
「正義、か」
「それは正しいのでしょう。
ですが、何を持って正義となすか、それは人によって変わります。
例え、それが良いことであろうと想いを押し付けるのは間違っています」
「……だから、主人殿に興味を持ったのか」
例えそれが正しいことであろうとも、彼は想いを押し付けることはしない。
本当に“その者にとって”その行動が正しかったのかと常に自分に問い続けている。
シリアルキラーのような存在でさえも本当に殺してよかったのかと悩んでいた者だ。
そして、ウィンリィに何か過去がある。
そう悟っているのにそれを聞き出せないのが彼だ。
「そうです。あれほど歪な人間を私は知りません。
悩んで、悩んで、悩み続けて……それでも前に進もうとしてる」
「そんな彼の生き様を見たい。ということか」
デフェットの言葉にミーツェは微笑み、同意を示すように頷いた。
「あなたも、そうでしょう?」
「ああ、そうだ。彼の過去などどうでも良い。
ただ、彼の歩む道を、その先にあるものを私は見たい」
「であれば、なおさら私はあなたを奴隷のように扱うわけにはいきません。
あなたと私は同じ目的を持つのですから」
「共に、見届けたいものだな」
「ええ……そうですね。それと––––」
ミーツェは視線をデフェットが切っていた野菜へと向け、肩をすくめた。
向けられた視線の先を見るとかなり雑に剥かれた芋が皿にまとめて置かれている。
「––––ついでですので料理も出来るようにしますね」
「……お願いする」
小さくなったイモを持ったままデフェットは顔を赤くし、頷いた。