報酬の従者
キャッネ族のミーツェと名乗った女性はジッとライトをじっと見ていた。
その視線になんと答えるべきか迷いながらライトはおずおずと頭を下げる。
「あ、えっと……ライト、です」
この状況がいまいち飲み込めなかったライトは釣り道具をまとめているパブロットへと疑問の視線を向けた。
それに答えるように彼は咳払いをすると話を始めた。
「彼女は私の従者だったのだが……これからは君に仕えさせる。好きに使ってくれ」
「え? す、好きに使ってくれって……どういうことですか!?」
「言葉通りの意味だよ」
暗にそれ以上の何かはない。と告げるようにパブロットは完全に言い切った。
だが、突然そんなことを言われてもライトにはどんな反応をすればいいのかがわからない。
正直、人手が増えるのはありがたい。
しかし、従者だ。 雇うには金がいる。
ギルドで雇うように一時的なものであればマシだが、パブロットの言い方は明らかにそんなものではない。
金銭的な余裕がないのも加えて自分には従者を持つ素養がない。
ライトはとにかくこの話は断るべきだ。と思い慌てて言葉を紡ぐ。
「む、無理です!
私に従者を雇えるほどの余裕はありません。それにそんな資格……」
「給金に関してはさほど問題はありません。
生活に必要な品をいただければそれで」
「資格なら私が認めた。それでもまだ足りないかね?」
ミーツェは変わらぬ声音と表情で、パブロットは本当に疑問に思っているようで首を傾げている。
「うっ……でも」
なかなか首を縦に振らないライトにパブロットは考えるように顎をさすっていたが、何か思いついたらしく口を開いた。
「なぁに、そう心配することはない。君は今日から家を持つことになるんだ。
もし邪魔だったら彼女に家を任せるのもアリだと思うが?」
「いや、私が言っているのはそういうことでは……
え? 今、なんと」
聞きなれない言葉を彼から聞いたような気がした。
今、彼はなんと言っただろうか。
いや、全く聞き取れなかったわけではない。
何かを言ったのかはわかったのだが、意味が上手く組みあがらない。
「ん? 家だよ家。君とあの女性と奴隷。そして、ミーツェ。
君たちが住むには十分な広さはあるよ」
「広さの問題ではありません!」
「大丈夫さ。あれは私が趣味で建てたものだ。
まぁ、何だかんだ過ごしにくくてろくに使っていないがな!」
あっはっはっと豪快に笑うがそれを遮るようにライトは言葉を荒げた。
「私はただの人間です!
あなたのような方にここまでされるような者じゃありません!」
パブロットは先ほどまでにこやかだった表情が嘘だったかのように鋭くなった。
もはや殺気すら纏っているように感じられたそれに射抜かれ、ライトは反射的に息を飲む。
殺気にさらされる感覚。
多少は慣れたと思っていたが彼には独特の凄みがある。
「ただの人間で結構。私が認め、私が許した。
私の友人をそう蔑まないでもらおう」
「す、すみませんでした」
素直に謝ったライトを許すようにパブロットは表情を和らげた。
「商人として、友人として助言しておくがな。そう自らを蔑むのはやめた方がいい」
そう言いライトの肩を叩くとミーツェへと視線を移す。
「今まで感謝する。彼は君を最大限に扱ってみせるだろう」
「はい。今までありがとうございました」
「ああ、ではな」
パブロットは言うとまとめた釣り道具を持って彼らに背を向けた。
歩く先にはおそらく彼の護衛か何かだろう男性が二人いる。
その二人に釣り道具を渡すとパブロットは何かを思い出したのか振り向いた。
「君にはあるものを用意している。それをどう扱うかは君次第だ!」
そう言い残すと今度こそ彼はライトたちの前から去っていった。
パブロットが自分の中に見つけた何か、今度会うまでに自分も見つけて答え合わせをしてみたい。
おそらくそれが彼に示せる最大限の感謝となるだろう。
視線をゆっくりと離れていくパブロットの背中からミーツェへとライトは移した。
「あ、えっと……ミーツェさん。これからよろしくお願いします」
「気軽にミーツェ、とお呼び下さい」
ミーツェはそう言うと丁寧にお辞儀をした。
彼女の特徴的な猫耳と尻尾がわずかに揺れている。
服装もクラシックなメイド服だが、やはりコスプレめいたものを感じてしまう。
それがライトの正直な感想だった。
「では、家までご案内しますが、よろしいですか?」
「あ、待ってまずは仲間のところに行きたいんだ。
あと、ミーツェ……のことも少し教えてくれないか?」
◇◇◇
波止場からライトが泊まっている宿へと歩き出した。
日が昇り始めてまださほど時間は経っていないが、港街ということもあってかすでに市場は賑わい始めている。
漁師や船乗りであろう者たち、魚を買いに来たのであろう者たちの間を歩きながらミーツェは口を開く。
「先ほども名乗りましたが、私の名前はミーツェ。人間ではなくキャッネ族です」
「あ、質問いいかな?」
「なんでしょう」
「キャッネ族ってどんな種族なんだ?」
その質問にミーツェは声音を変えずに答える。
キャッネ族というのは皆猫のような耳や尻尾を持つ。
視力や嗅覚、特に聴覚が良いらしく全体的な身体能力は人間のそれよりはるかに高い。
ただその代わりとしてか魔術を使えない者が多いようだ。
「種族自体にそのような特徴がありますので、私は主に諜報活動を行なっておりました」
「諜報活動?」
「ええ、商人は情報をいち早く掴む必要があります。
商品はもちろん販売ルートも……それらを得るには必要なことですよ」
ますますなぜパブロットがミーツェを自分に与えたのかわからない。
諜報活動を行える存在をそうやすやすと渡すだろうか。
それだけの存在を与えるということはそれだけの信頼、又は期待を寄せている。ということなのだろう。
正直なところ彼女の力を効果的に扱えるとは思えない。
情報が欲しい時はあるが、それはギルドなりでも聞ける話ばかりだ。
ライトのそんな思考を読んだのかミーツェは少し声を柔らかくさせて言う。
「そう重く考えなくとも構いません。家事も行えますのでそちらの方で使っていただければ」
「そんな軽い感じでいいのかなぁ……」
「ええ。私は今やライト様の従者です。
気負う必要はございません」
気負いすぎは寧ろミーツェに気を遣わせてしまうことになる。
ならばウィンリィやデフェットと同じような態度の方がいいかもしれない。
「うん。わかった。でも、少し時間を貰える?」
「ええ、構いませんよ。私もあなたという存在に興味がありますので……」
「興味?」
ライトが首を傾げ呟く。
興味がある。と言ったが彼女とは初対面。
当然何か彼女の興味を引くようなことをした記憶はない。
(あ、いや……そうか)
ミーツェが言うにはキャッネ族は身体能力、特に聴覚が鋭いらしい。
もしかしたらパブロットとの会話をどこからか聞いていたのかもしれない。
(……うん?)
だが、それだとおかしいことがある。
パブロットが知っていたということは少なくとも昨日までに話していなければ準備などできるわけがない。
いかに身軽くともそれはあるはずだ。
だとすれば、彼女は今までの自分のどこに興味を得たのか。
そんな考え事を巡らせたいたせいで、ミーツェが口元を緩めていたことにライトは気がついていなかった。
「諜報活動や家事以外にも戦闘もできます。
得意なものは短剣と弓、他の武器はあまり扱ったことがありません。
……ですが、ご命令とあらば必ずや扱って見せましょう」
彼女に声をかけられ、ライトは思考を放り捨てて答える。
「え? あ、そこまではしてもらわなくてもいいよ」
現状、戦力としては遠距離からの支援ができると言うだけでかなり助かる。
短剣も扱えるということは、もし近接戦になっても対応できるということ。
であれば更に言うことはなく、それ以上を求めるのはあまりにも欲深すぎるだろう。
そんな会話をしているうちに宿が見えてきた。
おそらく何かの仕事があるのか、それとも観光かどちらかはわからないが出入り口からは人がそこそこ出入りしている。
「ライト様が泊まっているのはあの宿ですね」
「うん。じゃあちょっと待ってて。みんなを呼んでくるから」
「はい。わかりました」
ミーツェに軽いお辞儀を向けられながらライトは宿へと入る。
「あ、二人になんて説明しよう……」
パブロットの依頼の報酬で従者と家を貰った。
たしかにその通りなのだが、もう少しうまい説明があるはず。
その言葉を考えながらライトは泊まっていた部屋へと向かった。
「は? 何言ってんだ?」
「頭をどこかで打ったのか? 主人殿」
ちなみにそれらがライトからの説明を受けたウィンリィとデフェットの第一声である。