内にあるもの
「さて、君の悩みは少し軽くなったかい?」
「はい。ありがとうございます。すいません。相談に乗っていただいて……」
完全に解決したわけではなく、まだ取る行動を決めただけだ。
どう転ぶかはまだわからず、不安はある。
しかしそれでも聞いてもらう前と比べて幾分かは楽になっていた。
「これぐらい構わんよ」
そんなライトの心境を読み取ったらしく、パブロットは微笑む。
「それで、だ。私からはいくつか質問をしたいのだが……いいかい?」
彼はこの場所にライトを呼んだ。
定かではないがそれでも呼ぶだけの理由があったのだろう。
だと言うのにパブロットはライトの相談を親身に聞いてくれた。
「あ、はい。私に答えられるものでしたら」
元々の依頼だったこともある。
だが、それ以上に相談に乗ってくれたお礼として自分に答えられるものであればなんでも答える。
そのつもりでライトが返すとすぐにパブロットは質問をしてきた。
「君は私と初めて会ったときのことを覚えているかい?」
「あ、あー、はい……」
その時のことはよく覚えている。
デフェットを買い取ろうとした彼に対して苛立ちを覚えてかなり大きく出た。
結果、現在に至る。
だが、今にして思えばもう少し慎重に立ち回ることができたように思っていた。
「あの時は本当にすいませんでした」
「ああ、勘違いしないでくれ。責めているのではない」
即答したパブロットにライトは眉を潜めた。
その疑問に答えるように彼は続ける。
「君は私の話を断る時、最初に言ったね『彼女は俺の奴隷だ』と……。
“奴隷”と自分で言っておきながらも“彼女”と君は呼んだ」
それは完全に同等の存在としてではなく、かと言って完全に奴隷として扱っているのでもない中途半端な物言いに感じられた。
結局のところ、ライトが奴隷をどう扱おうとそれは持ち主の勝手でパブロットには全くと言っていいほど関係がないこと。
一級奴隷としての力が相当なものなのだろうが、それでもやはり奴隷は奴隷として扱うのが普通だ。
そのため、彼の奴隷への接し方は簡単には無視できないほどに映った。
「なぜ、君はそんな態度を取っているんだい?」
その理由は単純で一言で済む。そのため半ば反射的にライトは答えを口にした。
「……ただ、奴隷として見れないからです」
元いた世界では奴隷制度などライトにとっては昔の話。
世間的にも非人道的な扱いとして批判されるものだった。
だが、この世界では奴隷制度があることが普通。
そんな彼らからして見ればライトの態度は異常に映るだろう。
ウィンリィも今でこそ気にしなくなったが、最初はかなり不思議に思っているようだった、
そして、それはパブロットも同じらしい。
興味深そうに、しかし疑問符を浮かべながらライトに続けて問う。
「ほう、その理由は?」
あまり深く考えずに答えてしまったため、その追及にライトは言葉を一瞬詰まらせた。
なぜと聞かれれば一言で答えられるが、その理由も問われると言葉が浮かばない。
旅の仲間を奴隷、物として扱いたくない。
その理由も確かにある。だが、もう一つは見慣れていないからだ。
ライトが物心ついた頃には奴隷など記録だけのもの。
少なくとも彼の周りにはそんなものはなく、その存在に違和感を覚えるからという理由もある。
むしろその方が大きいかもしれない。
それを話せばおそらくすんなりと納得してくれるだろうが、転生したなど「ふざけているのか?」と言われても仕方ない。
そもそもパブロットにはもしものことを考えると自分が転生してきたことは話したくない。
かと言って下手に隠そうとしても彼には見抜かれてしまうだろう。
ライトはあまり気は進まないが少しぼかして答えることにした。
「私が住んでいたところでは奴隷があまり日常的なものではありませんでした。
それに、旅の仲間をそんな風に扱ったり見たくないんです」
その答えを噛み砕いているのか少しの沈黙が訪れる。
そして、パブロットは海面からライトへと鋭い視線を向けた。
それから目を逸らさないように見つめ返していると何かを感じたのか、その視線を海面へと戻した。
「……そうか」
ひとまず、パブロットはその答えで納得してくれたらしい。
また追求される前にライト自身から話を振る。
「やはり、こういう考えは異常なんですかね?」
「まぁ、曲がりなりにも良くあるとは言えんな」
当然だろう。彼はこの世界の人間、奴隷というのは日常的なものだ。
さらに商会を統べ、商人をしている。それを商品として扱うことの方が多いだろう。
「だが、異常とも言えん」
「え?」
「私は君がどういう人生を歩んできたのか知らん。興味はあるがね」
人の考え方、感じ方はその全てが周りの環境の影響を受ける。
ゆえに、似たものはあれど全く同じ考え方や感じ方をする人間はいない。
だが、それは普通のことでその全てが異常なものとは言えない。
例え、それが自分に理解できなくとも構わない。分かろうとする必要もない。
違うということが普通のことで、それが個性というものだからだ。
だからこそ、考え方の違いを否定するのはおかしいこと。
パブロットはそう言うと付け加えるように続けた。
「もし、その考えを肯定できなければ触れなければいい。見なければいい。
わざわざケンカを売るような者はただのバカだよ」
(違いは当然……か)
「む?引いているよ?」
「あっ!?」
竿が引かれて曲がっているのをパブロットの指摘で彼の言葉を噛み砕いていたライトは気がついた。
急いで引き上げ、ギリギリで間に合ったらしく、その先には魚が付いている。
少し息を吐きバケツに移して新たに海面へと竿を振るった。
「まぁ、そうは言ってもたまにはぶつからなければいけない時もある」
「今の私、ですか?」
「そうだ」
ここまで聞いてずっと思っていた疑問が頭をもたげる。
パブロットがなぜここまでしてくれるのか、その理由がわからない。
「あの……一つ、いいですか?」
「ん? なんだい?」
正確にはこの世界の住人ではなく、転生した人間だ。
だが、それを知るのはライト自身のみでパブロットからは普通の旅人としか見えないはずだ。
出会い方が異常だったから、依頼を受けてくれたから、と言う理由だけでここまでしてくれるわけがない。
「なぜ、私にここまで親身に?」
「ふふ、先行投資さ」
パブロットは特にもったいぶることもなくそう答えた。
声音も語調も今まで通りで何かを隠している素振りはないように見える。
だからこそ、ライトの疑問はより深まった。
「先行投資?」
先行投資、と言うことは何かしら利があると見たのだろうが、それはなんなのか。
ライト自身もよくわからないものを彼は自分の中に何を見出した、と言うことだろうか。
「ワイハントさんは私の中に何を見つけたのですか?」
「わからんか?」
「……はい。全く」
ライトがパブロットの方を向くと彼も自分の方へと視線を向けていた。
真剣な目と顔で少し気圧されるがそれでもライトは何かある、と思うとそらすことができなかった。
「それはな……」
続く言葉がどんなものか、彼には予想ができないため竿が引かれているのもほっておいて生唾を飲み、待つ。
そんな露骨なライトに対しふっと表情を緩めたかと思うのとその言葉が出てくるのは同時のことだった。
「秘密だ」
「え?えぇ……」
「ははは、すまない。君の反応が初々しくてね。見ていて飽きないんだ」
そうだった。彼は本物の商人だ。
間の取り方が上手く、どうしても乗せられてしまう。
ライトはそんな彼に半ばやり返すような気持ちで少し頬を膨らませて言葉を投げる。
「秘密ってなんでですか?」
「君は旅をしてる。仲間もいる。ならばそれは自分で気付き、見つけるものさ」
勿体ぶるように言うパブロットの顔はどこか羨ましがっているようにライトには見えた。
その子どものような顔を見続けることができず、視線を逸らすと呟くように質問する。
「見つけ、られますかね?」
「見つけられるとも……少なくとも死ぬまでには」
今ライトはパブロットの顔を見れていない。
しかし、なんとなくその言葉は顔を見なくても「そうかもしれない」と思えるだけの何かがあった。
息を吐きながら目を閉じ、再び開くと視界の端にほのかに光が映る。
「む?陽が昇ってきたな」
「はい……綺麗、ですね」
「ああ、あれを見るとまた見るために生きる、というのも悪くないと思うだろ?」
「ふふっ、そうですね」
まだ冷えている空気を温めるように太陽が港町を照らし出す。
夜の冷たい空気から清々しい朝の空気へと変わっていく感覚がある。
「さて、報酬を渡さなければな」
「あ、そんな……私の方が相談してもらいましたし報酬は!」
「ほう、私の報酬は受け取るに値しないと?」
「い、いや! そういうわけでは……」
焦るライトにパブロットは釣りの道具を片付けながら笑った。
「はっはっはっ!冗談だよ」
彼はそう言いと指をパチンと鳴らす。
するといつの間にか彼らの近くに一人の女性が立っていた。
青い髪をローポニーでまとめ、ロングスカートのメイド服を着た女性。
その立ち姿と格好はまごう事なきメイドだ。
確かにその姿も目を引くが、頭には猫の耳が尾てい骨の辺りからは尻尾が生えている。
コスプレでもなんでもなく、本当に彼女の体の一部のようにライトには見えた。
展開に追いつけず、首を傾げていたライトと彼女のジト目風の青い目が合う。
「お初にお目にかかります。キャッネ族、ミーツェと申します」
ミーツェと名乗ったその女性は深々と頭を下げた。




