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少年転生(上)


 空をボーッと眺めながら学校からの帰路についていた神谷(かみや) (ひかり)は心の中で呟く。


(全てが同じことの繰り返し)


 いつものことをして、いつものことを終えて、世界も同じようなことが起き、同じようなことが終わる。


 全く面白くない退屈で平凡な世界。


 でも、決して終わらない閉じた世界。


(退屈だ)


 こんな世界、変わってしまえばいいと心の底から思っている。

 しかし、同時に絶対そうならないとを直感で分かっている。


 だからこそ、この普通の生活を渋々ながらも続ける。

 いや、続けていくしかない。


 小さくため息をつき、顔を正面に戻した。

 ちょうどそのタイミングで少女の声が左側から聞こえた。


「ーーでさぁ、カナちゃんがねぇ。……って、聞いてるの? 光ちゃん」


 そんな光の隣にいる女子は小首を傾げながら顔を覗きこんだ。


「あのなぁ、俺は男だって何度言えば……なんでお前はちゃん付けで俺を呼ぶんだよ」


「えー、だって……呼びやすいから」


 ボヤく光の隣で「あははっ」と無邪気に笑う少女は竹宮(たけみや) 奈々華(ななか)


 彼女とは高校入学からの付き合いで話が合うため、一緒にいることも多い。

 帰り道は途中までは同じらしく、そこまで一緒に帰ることがよくある。


「呼びやすいからって……お前のせいで俺がどんだけーー」


「あっ、信号青になったよ。早く渡ろうよ」


「……人の話は最後まで聞けよ」


 言いながら光は奈々華の後に続く。


 そんな時だった。


「あっ」


「ねぇ」


 光と奈々華は同時に声を上げた。

 2人の間に気まずい空気が流れたが少しの間を置き奈々華は言う。


「……さ、先にどうぞ」


「あ〜、奈々華。俺、スーパー寄ってくから」


「え?あっ、そ、そうなんだ……。

 うん。わかった。じ、じゃあまた来週ね」


「ああ……あれ?

 そういえば奈々華はなんて言おうとしたんだ?」


 光が聞くと奈々華の顔は真っ赤にさせ、その顔を見せないように光から背を向ける。


「な、なんて言おうとしたか忘れちゃった」


 「あははっ」と照れ隠しの笑みを浮かべながら奈々華は光の前から走り去った。


「あっ、おーい」


 光は「なんだったんだ?」と首を傾げていつも行くスーパーへと足を向けた。


◇◇◇


 駅近くのスーパーから出て、信号を待っている間に何の気なしに視線を駅前の広場へと向けた。


 休日には待ち合わせの人がいるのをよく見るが、今日は平日。

 しかし、同時に金曜日でもある。


 まだ人通りは疎らだが、そのうちに飲みにでも行くのだろうサラリーマンが増えたり、家族で食事にでも行く人たちで賑わうことだろう。


 そんな場所から視線を外し、上へと向けて空を見る。

 夕方らしい茜色の空を泳ぐ雲をぼーっとした視線で追いながら光は小さく呟く。


「明日、晴れるのかなぁ」


 晴れたら布団でも干すか。などと何気ないことを考えていた。


 ーーそのせいだろう。


「ん? なんだあれ」


「おい! あれ、こっちに来てるぞ!」


「君! 早く!」


 という周りの声が耳に入っていなかった。


「ーーん?」


 ようやく何かを感じ光が顔を向けた瞬間のことだった。


(あ……れ? 俺、なん、でーー)


 それを認識する前に強い衝撃と浮遊感に襲われ、意識はすぐに消えた。


◇◇◇


 奈々華は「はぁ」と少し深いため息をつき、肩を落としながら帰路についていた。


(う~。私って……)


 そして再び深いため息をつく。


 奈々華は端的に言えば光に好意を抱いている。


 本当なら先ほど光との距離を縮めるために遊びに誘うつもりだった。

 だが、結果は先ほどのとおりで、誘いきることができずに今に至っている。


(本当、肝心なところでダメなんだから……)


 光は平日は勉強に、休日は遊びに使うタイプの人間だ。恐らくは誘えば来てくれるだろう。


 しかし、心のどこかで「もし断れたら……」と考えると言葉が出せなかった。


 奈々華は何度目かの自分に向けた諦めの深いため息をついた時に気付く。


「あっ、借りてたノート返すの忘れてた」


 そのノートは奈々華が休んでいた時の授業を写すために光から借りた物だ。

 そして、それは来週の月曜日の小テストの出題範囲も入っている。


「んー、返さないと光ちゃん困るよねぇ。今から戻れば間に合うかな? あっ!」


(そうだ。これを返す時に誘ってみよう。うん! お礼ってことで!)


「よしっ!!」


 奈々華は決心し、今まで進んで来た道を急いで引き返した。


◇◇◇


 しばらくすると駅前の横断歩道の前で空を仰いでいた光が見えた。


「光ちゃ……ッ!!!」


 呼びかけようとした時に光がいる方向に向かう1台のトラックが見えた。

 それは真正面から一直線に光に激突、宙を飛び嫌な音を響かせ地面に着いた。


「……え?」


(う……そ。だよね?)


 奈々華は光がいた場所に走って向かう。


 着いた時にはすでに野次馬のように人が集まり始めていた。

 そんな人々をかき分け光のそばに辿り着く。


 そして、見た。見てしまった。


「い、や……」


 人の原型をどうにか留めていた光をーー。


「う、嘘だよね、光ちゃん……」


 信じたくはなかった。

 だが、近くに落ちている物はそれが光であるという非情な現実を奈々華に突きつける。


 この謎の赤黒い液体で汚れたバッグは光が好んで使っていた物だ。

 今日も使っていた。


 かなり使いやすいらしく自慢そうに見せてきたことがある。


 この赤黒く汚れているビニール袋は光がよく行くスーパーの物だ。今は破れ中の物が飛び出している。

 今日、別れる前にスーパーに買いに行くと言っていた。


 この店は安いものが多いと言っていた。


 この黒いうさぎのストラップは純夏が光の誕生日に渡した物だ。

 奈々華はこれと対になる白いウサギのストラップを持っている。


 「こんな女っぽいものいらん」と言っていたが、最後は照れ笑いを浮かべながら受け取ってくれた。


「い、や。嫌だよ、光ちゃん」


 目から涙が溢れる。

 それを堪えることも拭うことすらせず、唯一無事で汚れていない黒いうさぎのストラップを握りしめた。


「光ちゃん……なんで……私、何も……言えて、な、いのに……」


 奈々華は崩れ落ちるように地面に膝をつき、顔を手で覆った。


 彼女の嗚咽の声をかき消すように遠くからは救急車のサイレンの音が響いていた。

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