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大人の事情




   8




「おやおや、坊やは放心状態らしいな」

 桜田はディレクター・チェアでぐったりとしているアイルトンを見て言った。


 かほりがスポーツ・ドリンクのチューブを咥えさせてやると、無心に貪り飲んでいる。


「体力が足りないですね。彼の父親だったら涼しい顔をしていたでしょうが」

 小栗は腕組みをして言った。


「それでも、かなりの逸材ですよ。まだ16歳という年齢も考慮するべきでしょうね」

 森脇が満足そうに言う。


「それで? 小栗さんはオンダ技研に何をして欲しいんだい?」

 桜田は、メカニックがマシン後部カウルを外すのを目で追いながら言った。


「オグリ・レーシングって、今の状態では結局プライベーター扱いなんですよね。F・Eの初年度なんで共通部品は全てFIAが供給してくれているんですけど、ルールや規格に口が出せないんですよ」

 小栗ははにかみながら言った。


「ほほう? 俺はてっきりあんた達はトータ自動車一辺倒だと思っていたんだがね。森脇さんだってトムスの関口さんと近い関係だろ?」

 桜田は小栗がこういう話し方をする時は、何か裏で企んでいるという事ぐらい理解していた。


「まあ、商売を優先したらトータ自動車なんですけど、モーター・スポーツって商売にしちゃいけないんじゃないかって最近思うんですよ」

 小栗は頬を指で掻きながら呟いた。


「おいおい、オンダだって商売ぐらいするぞ?」

 桜田は苦笑いを浮かべながら言った。


「桜田さん、ここだけの話なんですが、オンダに開発してもらいたい新技術があるんですよ」

 森脇は真面目な顔で言った。


「へえ? 新技術ねぇ。言っちゃなんだが、F・Eの新技術なんて電器屋さんの分野だろ? オンダの出る幕じゃねえだろうに」

 桜田は眉をひそめて唸った。


 確かにEVの開発は、電機メーカーが供給するモーターとインバーター、電池の性能でほぼ決まってしまう。


 モーターは直流モーター、プラモデルに使われているおもちゃのモーターの大型版で、性能の差は部品として使われている磁石の材質で決まる。一般にレアメタルと呼ばれる金属が、多く含まれているかどうかで性能が変わってしまう。電機メーカーの力と言うより、セラミック・メーカーの守備範囲だ。


 そして、インバーター=電流量を制御する電子部品だ。子供の頃に、ミニ四駆とかのモーターに電池を1個ではなく2個直列に繋いだ事がある人はいっぱいいるはずだ。1個より2個直列に繋いだ方がモーターの回転速度も力も倍増するのは知っている。簡単に解説すると、インバーターというのは電子回路によって直列にする電池数を増やしたり減らしたりする装置だ。


 最後に電池。これは大きく分けて2つの技術がある。


 1つは化学電池、化学反応によって電気を発生させる。その化学反応の違いによって、アルカリ、ニッケル=カドミウム、リチウム等の種類がある。


 2つ目は燃料電池、これは水素と酸素の燃焼を、空気中ではなく水の中で行う。電気分解の反対の原理で、その時発生するエネルギーを直接電気として取り出す方法だ。


 一般的なEVは、この2種類の方法で開発されているが、自動車屋が関われるのは、燃料電池の開発がせいぜいで、F・フォーミュラ・エレクトロニクスでは、電池が採用され、自動車屋が如何こうできる世界ではない。


「オンダは確かに燃料電池の開発はやっているが、それ以外は旨みがないから参入するつもりはないよ。それにモーターって巧く作ったって1%か2%の効率改善しかできねえじゃないか」

 桜田は渋い顔で言った。


「桜田さん、今のEVのシステムって、直流モーターが主流ですよね? DC/DCインバーターで電流を制御して加速してるでしょ? そうするとモーターが焼きつく寸前が最高馬力で、最大トルクな訳ですよ。だからDCモーターは設計上の最大トルクしか出せない=トルクコンスタントなんですよ」

 森脇はにやっと笑って言った。


 トルクコンスタントとは、エンジン、若しくは電気モーターが発生させる回転しようとする最大の力が一定であるという意味だ。


 最高馬力というのは、エンジン、又はモーターが最も力強く回る瞬間の力の事である。


 例えばガソリン・エンジンでは1分間に8000回転で回るときトルクが30キログラムの最高値を叩き出す瞬間が、最高馬力。


 モーターはちょっと話が別で、作られた瞬間に最高馬力が決定してしまう。つまり、モーターが焼ける(電流を流しすぎてショートしてしまう)寸前の数値がガソリン・エンジンより厳密に設定されていて最高馬力も限界の回転数にした瞬間が最高馬力だ。


 だから、ガソリンエンジンもEVに使われる直流モーターも、いきなり最高馬力の回転数で1速に繋ぐと変速機が壊れるか、タイヤがスピンしたまま前に進まなくなる。そのためガソリン・エンジンは低い回転から変速機に繋ぐようにするし、直流モーターはインバーターを使ってわざと回転を遅くして変速機に繋いでいる。(又はストレートに車軸に繋いでいる)


 だが、今回森脇が問題にしているのは、モーターとインバーターの組み合わせのシステムについてだ。


「電気モーターってそういうもんだろう? 普通変速機を使ったEVなら簡単なインバーターで回転を2倍速ぐらいにして、変速機で最高速度を上げるよな? 結局車はタイヤが1分間に何回転するかが速度の目安なんだから100倍速のインバーターなんてそれだけで旅行用のトランク位の大きさになっちまうぜ」

 桜田は必死にモーターの知識を思い出しながら言った。


「それじゃあ、桜田さん。例えばですけど、現行のトルク一定のDCモーターの代わりに、馬力一定のAC変速モーターがあったとしたら、どうですか?」

 森脇は推理探偵がトリックを明かす時の様な雰囲気で呟いた。


「……なに、夢のような事いってるんだい? そんな物があったら、インバーターは兎も角変速機もいらないじゃないか? SFじゃないんだから、そんな夢のような技術あるわけねえよ」

 桜田はむっとした声で言った。


 馬力一定と言う事は回転数が低い時に、最もトルクが強くなるということだ。


 元々内燃機関とは低速で動かす事には向いていない。ある程度の回転数が必要だという思想の元に作られている。一定の回転で一定のトルクを発生する内燃機関が最も効率がいいのだ。だから回転数を制御する目的で変速機は開発された。


 しかし、自由に回転数を変えることが出来て低回転の時に最大のトルクを発生させる事が出来るモーターがあれば、車や電車、船などの動くものに取っては、理想のパワーユニットになるだろう。乗り物は動き始める時が最も力が必要な時なのだ。


「それが在るとしたら? しかも30年前に既にその技術が完成していた、としたらどうします?」

 森脇の顔は嬉しくて堪らないといった悪戯っ子の表情だった。


「え? おい、本当に在るの?」

 桜田は森脇の顔を驚いたように見詰めた。


「桜田さん相手に商売って訳じゃないですが、オンダ技研はその技術を幾らで買ってくれますかね?」

 小栗がここぞとばかりに口を挟む。


「ちっ、正直言って信じられねえってのが本音だよ。30年前に何が在ったか知らねえが、今だったらノーベル賞が貰える位の大発見なんじゃねえか? オンダ技研でそんなの独占したら商売敵から核ミサイルが飛んでくるぜって……おい! もしかして、30年前もそんな事があったのか?」

 桜田は驚愕して聞いた。


「……残念ながら、在りました」

 森脇は暗い顔で答えた。


「驚いたぜ、本当の事ならば、俺が全責任を持ってオンダのトップを説得してやる。その代わり、その現物を見せてくれ。勿論技術者も立会いでだ」

 桜田は顔をしかめて言った。


「桜田さん、頭の中で様々な分野への応用を考えているんでしょうが、開発者の意向で、当面F・Eの開発を優先させる事になりますが、それでもいいですか?」

 小栗も真面目な顔で言った。


「僕らは商売人じゃないんで、新しいモーター・スポーツのF・Eで、若者に夢をあたえてやりたいんですよ。だから、アイルトン+新技術+オンダ技研が必要なんです」

 小栗の言葉に桜田は悪戯小僧のような笑顔を返した。


「小栗、お前も昔からオンダの方針は知ってるはずじゃねえのかい? F1は走る実験室だからな、否も応も無いぜ」

 桜田の言葉に小栗も森脇も釣られて微笑んだ。


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