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ブラジルから来た少年

こんな小説ここでは誰も書かないだろう、ですよ。

   1




 飛行機ってさ、ふわふわした乗り心地でいまいち好きじゃないんだ。だから、やっと目的地に着いた時には、すごくホッとしたんだ。


「ようこそ、日本へ。楽しい旅を」

 通関の綺麗なお姉さんがそう言って僕に笑いかけてくれた。しかもすっごい美人なんだ信じられるかい?


 僕はこの国に来るのは初めてだけど、次第にうきうきした気分になってきたのは確かさ。


 僕がおっきなスーツケースを持って到着ゲートを潜るといきなり女の人が話しかけてきた。


「アイルトン・ティーツィさんですか?」

 彼女のポルトガル語は完璧だったよ。


「うん、そうだけど君は?」

 日本人の女性って若く見えるから、その時の僕は彼女が年上だなんてまったく思わなかったんだ。


「オグリレーシングの森脇かほりと申します。ティーツィさんの秘書として事務所から派遣されました。よろしくお願いします」

 僕は思わず彼女に抱きついちゃった。だって美人だったし、僕の『秘書』なんだよ?


「……あッ……うぐっ……うぅうぅ」

 僕はちょっと調子に乗って彼女にキスしちゃったんだ。だって、ブラジルだったら普通だろ? だけど彼女は持っていたシステム手帳で僕の頭を殴ったんだ。目からスパークが飛んだんじゃないかな?


「に、に、日本では、お付き合いしていない男女でそういうことはしてはいけません!」

 かほりは真っ赤になって怒っていたよ。


 素敵な女の子にキスができないなんて、なんて国だ。


 僕はずんずんと先に歩いていっちゃうかほりを必死に追いかけて空港のパーキングまで付いて行ったよ。


 僕らが乗ったのは日本車じゃなくて何故かドイツ車だった。ブラジルでは日本車の方が高級なんだけどね。


 兎に角、僕はやってきたんだ。パパが大好きだった国、日本。そしてパパのように偉大なF1レーサーになるんだ。(F・Eだけどね)




   2




 森脇かほりはバックミラーに写る端正な顔立ちをしたブラジル人の少年を睨みつけていた。


『……ゆ、許せないわ……わ、私のファースト・キスを……』

 そう思うと再び顔に赤みが差してくる。


『……でも、うっとりする様なキスだったわ……』

 そう思い、更に顔を赤くする。


『だめ、ダメ! 相手はおこちゃま、まだ16才なのよ?』

 頭の中で一人相撲をするかほりだった。


 かほりが所属するチーム・オグリは日本を代表するF1コンストラクターチームだった。チーム監督の小栗自身も過去にF1パイロットとして表彰台に上がった事がある。日本人としては唯一、彼だけがF1のポディウム(表彰台)を獲得したのだ。


 かほりの祖父はそんなチームの技術顧問をしていた。森脇元康、モリワキ・レーシングを主催する日本の競技車両界の重鎮である。


 かほりはお爺ちゃん子だった。子供の頃から優しいお爺ちゃんの後ばかりを追いかけていた。そのお陰で、競技車両に関する知識は勿論、自らレーシング・マシンさえ易々と操る事ができる。祖父にくっついて世界を巡るうちに、5ヶ国語に堪能になってしまった。そして去年短大を卒業したと同時に、オグリ・レーシングの渉外担当としてF1チームに就職したのだ。


 現在オグリ・レーシングは、F・Eに参戦している。去年出来たばかりの新たなレース規格である。


 地球温暖化や原油高の所為で、従来のガソリンエンジンを使ったF1に人々が拒否反応を示し始めた為、電動モーターによるレースを開催するようになったのである。


 表立った理由は前述の通りだが、裏ではF1レースの放映権の莫大な利益に味を占めたFIA(フォーミュラ・インターナショナル・アソシエーション)が、柳の木の下の2匹目のドジョウを狙って計画した。と言うのが本音だ。


 更にEV(電気自動車)開発に出遅れているヨーロッパの自動車メーカーは、格好の宣伝材料とみて参加している。


 どちらもヨーロッパ起源の団体なので、F・Eの競技規格をヨーロッパ企業に有利に決められるからだ。


 しかし、試験的に一年間開催してみて、コンセプトの強引さや、ルールの不条理感、エンジンの音がしない迫力不足などで、人気は今一だった。


 そんな訳で、世界的な市民権を得る為にはタレント性の強いドライバーを起用しようと言う事になり、アイルトンに白羽の矢が立ったのだった。なにせ、彼はあの偉大なアイルトン・セナの遺伝的な直系の息子なのだから。


 アイルトン・セナ=80年代そして90年代前半のF1界のスーパースター。3度のワールドチャンピオンに輝いた若きブラジルの英雄。そして、日本人に最も愛された青年。


 アイルトンは34歳の短い生涯をイタリアのモンツァで散らした。原因不明のトラブルで、時速250キロでコンクリートの壁に突っ込んだのだ。


 彼が死んだ時、世界はF1ファンの悲鳴で溢れかえった。後に『皇帝』と呼ばれるようになったミハイル・シューマッハがこう語っている。


セナが死んだ時が、F1を続けていく上で私の最も困難な時期だった」


 しかし、セナが死んだ時、彼には子供が居なかった。そもそも結婚さえしていなかった。なのに、今かほりが空港に迎えに出たアイルトンという少年が何故直系の息子と言われているのか?


 それは、セナが死亡した当時、彼には愛する婚約者が居た。ブラジルの有名TVタレントのティーツィだ。


 ブラジルでは彼女の事を良く言う人は居ない。セナの死後、彼女はさっさとタレントを辞め、親ほども歳の離れた大富豪と結婚してしまったのだ。その薄情さはブラジルの国民を失望させた。


 そして5年後、彼女は男の子を産んだ。それがアイルトン・ティーツィなのだ。


 彼女は、セナを心から愛していた。彼女がブラジルの大富豪と結婚したのは、セナの生殖細胞から人工授精で子供を妊娠し、出産する隠れ蓑だったのだ。これはオグリ・レーシングの首脳陣しか知らない。


 彼自身は母親から全ての秘密を聞かされている。そして、残されていた父親の生涯を記録した画像を見ながら成長してきた。自然に父親に対する憧れと尊敬の念が高じて、自らもF1のパイロットになるべく、あらゆる努力をしてきた。


 流石は血筋は争えないもので、彼はカート、F3、F2と順調にその実績を積んできた。だが、F1にチャレンジするところで、母親のストップが掛った。愛する息子を父親と同じ運命に遭わせたく無かったのだ。お陰でアイルトンは電気自動車のカテゴリーであるF・Eならばということで、辛うじて母親の承諾を貰ったのである。


 ぼんやりとそんなことを考えながら運転していたかほりは、いつの間にか麻布にある祖父の家に到着していた。


 バックミラーで確認すると、アイルトンは後部座席で正体無く眠り込んでいた。


『ブラジルは日本の反対側、12時間の時差があるので眠くて当たり前よね』と彼女はため息を付いて彼を揺り起こした。


「アイルトンくん、着いたわよ。起きなさい……ふぎゅ、うむぅうぅ……」

 かほりが後部座席で眠りこけていた少年を起こそうと肩を揺すった途端、彼の腕が首に巻きつき、再び唇を奪われていた。


「んん……あっ、おはよう」

 彼は目をこすりながら何食わぬ顔で上体を起こした。


「……いやぁぁ!」

 そして、真っ赤な顔をし、目に薄っすらと涙をためて悲鳴を上げているかほりを見て、キョトンとしている。


『また奪われた!一度ならずも二度までも……』

 彼女はビシッビシッとアイルトンの肩や頭を夢中で殴りつけていた。


「痛い、痛い! かほり、止めてよ、痛いよ」

 アイルトンは座席の上で猫のように丸まって怯えていた。


「かほ! 何をやっているんだ」

 彼女の背後から年配の男性の声が言った。


「お、お爺ちゃん……あ、あたし何してたのかしら……」

 かほりは我に帰ってその手を止めた。


 彼女の背後から現れた男性は、ボタンダウンのチェック柄のシャツをお洒落に着こなしたロマンスグレーの学者風の人だった。


「おお、なんてこった! 君がアイルトンか……」

 その男性はアイルトンに圧し掛かると意外とがっしりした両手で彼を抱きしめ、愛しそうにほっぺたを合わせて顔をすりすりと擦り付けた。


「や、止めてください! ジャリジャリ、ひ、髭がじゃりじゃりぃい」

 アイルトンが悲鳴を上げた。


「あっはは、恥かしがり屋なんだね? 可愛いなぁホンとに。それに、お父さんに生き写しだ」

 男性は何事も無かったかのように、豪快に笑いながら言った。


「始めまして、私は森脇元康、オグリ・レーシングの技術顧問をしている。先ほど失礼をしたかほりは、私の孫だ。君さえ良かったら、リボンをつけて進呈するよ?」

 森脇氏はアイルトンに手を差し伸べながら、彼にウィンクを送った。


「お、おお、お爺ちゃん! アイルトン君、そんな事絶対無いから! 在り得ないから!」

 かほりは茹蛸のようになりながら、必死に否定していた。


 これがブラジルから来た少年と森脇氏との出会いだった。


生暖かいアドバイス募集します

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