第二章 ドラゴンとの戦い
ニックの家に泊まった悠紀と美紀子は、「これは泊めてくれたお礼と食事代です」といって銀貨を差し出す。そして、ニックの母親が亡くなった原因を教えてもらう。
「実は、母はドラゴン退治にでかけたのです。そこでドラゴンと戦って、敗れてしまい、命を落としました」
「ええっ? ドラゴンだって?」と悠紀が訊き返す。
「はい、この一か月ほど前になるでしょうか、隣村のはずれに、ドラゴンが出現して、大きな被害をこうむったのです」
「ドラゴン征圧のために、軍とかはないの?」
「この国はいま民族間の争いで内戦状態にあり、とてもドラゴンをやっつけにいく状況ではないのです。それでも、王様からは、『ドラゴンを倒した者には、懸賞金を渡す』と言われています」とニックが説明する。「私の母は、魔術師と一緒に、ドラゴン退治にでかけたのですが、残念なことに、負けてしまったのです」
「そうなんですか、お気の毒に」美紀子がいう。
「私が魔法学校で学んでいる隣町に、剣の道場があります。そこで剣士を誘って、ドラゴン征圧隊を組むというのはどうでしょう」とニックが提案する。
「そうだね、ではさっそく道場に行ってみよう」と悠紀が応える。
「こんにちは。ここの道場に、腕の立つ剣士はいますか」と悠紀が道場主に声をかける。
道場主は「おや、それは伝説の剣。そなた勇者さまですか」
「いや、よくわからないんですけど」と悠紀は応える。
「腕の立つ者とは?」
「一緒にドラゴン退治に出かけたいのです」
「おお、ドラゴンのことならこちらでも話題になっています。なんでも三つ首があるとか」
「三つ首ドラゴンですか!」と悠紀は驚く。
「勇者さまなら、きっとドラゴンを倒せるはず。まずはわが道場で稽古なさい」と道場主が提案する。
「よろしくお願いします」
悠紀は剣道部とは言っても、竹刀で練習するだけで、当然のことながら実際の剣で戦った経験などなかった。あらためて伝説の剣を抜くと、ずっしりと重い。
「では練習試合を行います」と道場の生徒の一人がいう。
「お願いします」悠紀は剣を構えた。
相手の様子をうかがう。
相手が少し動きをみせた瞬間、悠紀はためらうことなく踏み込んで行った。
「やあっ」かけ声とともに、頭上に剣を振りおろす。
寸止めで振りおろした剣を止める。
「おみごと」道場主がほめてくれる。
それから何人もの道場の生徒と練習試合をおこなった。
悠紀は汗だくになった。
「お疲れさまでした、こちらで水浴びをどうぞ」と案内される。
たらいに水が張ってあり、手桶で水を汲んで背中をながす。
「ふーう、いい気分だなあ」
手ぬぐいを渡され、体をふく。
そして丸一日稽古をした。その夜は疲れからか、悠紀はニックの家でぐっすり眠った。
翌日のこと。「それではわが道場から五人の優秀な剣士を討伐隊に向けましょう」と道場主は言った。
悠紀と美紀子、ニック、そして剣士たちは、ドラゴンの襲撃に備え、先日被害のあった村の隣にある村へとおもむいた。
「ここで待っていれば、ドラゴンが現われると思います」とニックが言った。「私の魔術師としての勘です」
「うん、きみの勘を信じるよ」と悠紀が応える。
やがて、遠くから地響きが聞こえてきた。
「ぐおー」と鈍い声も響いてくる。
「ドラゴンだ!」みな緊張する。
体長は20メートルはあるだろうか。口から炎を吐きながら、ドラゴンが現われる。
悠紀の体は硬直して動かない。
「どうしたの、悠紀」と美紀子が尋ねる。
「う、うん、こわくてからだが動かないんだ」
小説の中ではともかく、実際に目にするドラゴンに、悠紀は肝をつぶしてしまったのだ。
「残念だが、いまのぼくでは戦えない。もっと強い心を持たなければ」悠紀が言う。
一行はドラゴンに見つかる前に、逃げ出してしまった。
翌日、悠紀は道場主のところへ行く。
「師範、どうしたらドラゴンに立ち向かうことができるでしょうか」
道場主は、「ところで、その伝説の剣の宝石は光りましたかな」と尋ねる。
「いいえ、光りませんでした」
「ふむ。それは持ち主の心が相手を倒すという気迫に満ちていない証拠。相手を倒せる心構えができれば、その宝石は光り、持ち主に力を与えることでしょう」と道場主は言う。
「師範、どうやって訓練すればいいのですか」と悠紀が尋ねる。
「集中力を鍛えなさい。そして平常心を保つこと。これさえできれば、勇者さまであればきっとドラゴンを倒せるはず」
「わかりました」悠紀は言った。
ニックが、「私と美紀子さんの力で、精神集中の訓練ができる結界をつくりますから、そこに入ってみてください」と提案した。
道場の一部屋を借りる。六畳ぐらいの広さだ。
ニックが複雑な模様を部屋の床に描き、美紀子といっしょに祈る。
すると、部屋の中は真っ暗になり、まんなかに小さな光が見える。
「さあ、あの光をじっと見つめて」とニックが言う。
「わかった」と悠紀が応える。
悠紀は結界の中に入り、小さな光を見つめる。精神を光に集中する。
ドラゴンの幻想が見える。
悠紀は恐れることなく、じっと集中をつづける。
そして、自分がドラゴンの首を斬りおとすシーンをイメージトレーニングする。
「ぼくにはできる、ぼくにはできる」悠紀は力強く心の中で繰り返す。
すると、剣についていた宝石が光り出す。
悠紀は熱いものが腹の底からこみあげてくるような気分になった。平常心を保ち、ぐっとおさえる。
そして見えていた幻想のドラゴンの首を斬りおとす。
「やった、できたぞ!」悠紀は叫ぶ。
その言葉とともに結界は消滅して、元の部屋に戻る。
美紀子が「やったじゃない」と嬉しそうに言う。
「よし、今度こそドラゴンを倒すぞ」と悠紀は宣言した。
翌日の夜ふけ。悠紀、美紀子、ニック、剣士たちが再びドラゴンの出現を待つ。
今度は遠くからではなく、突然目の前に出現した。
「な、なんだ?」悠紀たちは驚く。
そして美紀子が炎の息を吹きかけられる。「きゃあっ」
悠紀は「そうだ、いまこそ『虹色の砂時計』を使うときだ」と思いつく。
砂時計をさかさまにする。時間が逆戻りする。
「ニック、美紀子の前に『水の壁』を出現させてくれ」と悠紀が言う。
「わかりました」とニックが応える。「わが潜在意識に眠る無限の知性よ、いまその力を解き放ち、水の壁をつくりたまえ」呪文を唱えると、美紀子の前に水の壁ができあがる。
ドラゴンが炎の息を吹きかける。しかし、今度は水の壁にさえぎられて美紀子の体には
炎は届かない。
「やったぞ、成功した」と悠紀が喜ぶ。
「悠紀くん、ニックさん、ありがとう」と美紀子が礼を言う。
その間に剣士の一人がドラゴンの首をめがけて剣をふるう。しかし、タイミングが悪く、
斬りつけることはできなかった。逆にドラゴンに食い殺されてしまう。
美紀子が「悠紀くん、砂時計は使えないの?」と尋ねる。
「うん、これは続けては使えないんだ」と悠紀が説明する。
剣士のひとりが、「私がおとりになって前方へ出ますから、悠紀さんが、横からドラゴンの首をはねてください」と言う。
そして美紀子が「私が魔法で『水の盾』を作り出すから、それでドラゴンに向かって」と悠紀にいう。
「わかたった。頼む」
悠紀は精神を集中させる。伝説の剣の宝石が光り始める。
「ようし、準備はできたぞ」
剣士のひとりがおとりになる。
ドラゴンの首が剣士のほうへ向く。
悠紀は「いやーっ!」と声をあげて、ドラゴンの首を斬りおとす。赤黒い血しぶきが
あがる。
別の首から炎の息が吐き出されるが、「水の盾」をつかって、はねかえす。
「今度は魔法で攻撃よ」と美紀子がいう。「ニックさん、私に『魔力強化』の呪文をかけて」
ニックが「わかりました」といって、呪文を唱え始める。
美紀子が「出でよ、光の矢」といって、「光の矢」をドラゴンの目に向かって放つ。
命中し、ドラゴンは苦しそうにうめく。
「うまくいったわ。悠紀くん、今がチャンスよ」と美紀子が声をかける。
悠紀はふりむきざまにもうひとつのドラゴンの首を斬りおとす。
「残りはあと一つだ」悠紀が荒い息をしながらいう。
残された剣士たちが、「一斉に攻撃しましょう」と悠紀にいう。
「よし、頼むぞ」
美紀子とニックがそれぞれの剣士に「水の盾」をつくる。
首がひとつになって苦しさにのたうちまわるドラゴンに向かって、悠紀たちはひるむことなく立ち向かっていく。
炎の息が吐き出される。剣士たちは「水の盾」で身を守りながら、ドラゴンとの間合いを詰める。
「いまだ!」悠紀の合図で、剣が振りおろされる。
見事にドラゴンの首を斬りおとす。
首をなくしたドラゴンは、自然消滅してしまった。
悠紀たちは、ドラゴンを倒した証拠に、角を切り取る。
翌朝、悠紀たち一行は、王の宮殿に向かう。
「ドラゴンを退治しました」
「なんじゃと?」王様は目を丸くする。
「これが証拠のドラゴンの角です」と悠紀が角を差し出す。
宮廷魔術師が呼ばれる。
「これはほんとうにドラゴンの角か?」と王様が尋ねる。
しばらく仔細に見た後、宮廷魔術師は「間違いありません」と応える。
「うむ、よくぞやってくれた。ささ、懸賞金を受け取ってくれ」と王様は喜ぶ。
「はっ。ありがたき幸せ」
悠紀たちはほうびをもらう。
しかし、事件はこれで解決したのではなかった……。
第三章へつづく
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