第一章 剣士と魔術師の誕生
「お面っー!」剣道場に田中悠紀の声がひびきわたる。悠紀は高校二年生。剣道部でも一、二を争う優秀な生徒だった。
「よーし、今日はここまで」顧問の先生がみなに声をかける。
「ありがとうございました」部員たちは口々に先生にお礼を言い、シャワールームへ向かっていく。
「夏の練習はきついな」と悠紀の友だちがいう。
「ほんとだね」と悠紀が応える。
来週から夏休み。思いっきり羽根を伸ばすぞ、と悠紀はひとりごとをいった。
スマホにガールフレンドの菊沢美紀子からメールが届いていた。悠紀と美紀子は同じクラスだ。
「夏休み最初の日、市民プールでデートしない?」美紀子は水泳部だった。
「じゃあ午前十時に市民プールの前で待ち合わせね」と悠紀は返信した。
ほどなく「OK」の返事が美紀子から来る。
そして夏休み初日。平日なので、プールは比較的空いている。悠紀が「高校生二人」と
窓口の人に言う。「四百円になります」「はい」悠紀たちはお金を払って、中に入る。
更衣室からプールサイドに美紀子がでてきた。
悠紀は心の中で「うわっ!」と叫んだ。
美紀子は水色のビキニを着ている。豊満なバスト、くびれたウエスト、小ぶりのヒップ、
そして長い脚。美紀子はプロポーションばつぐんだった。
美紀子は「どうしたの? 悠紀くん、顔赤くなってるよ?」と訊く。
「……いや、なんでもないよ」悠紀は美紀子の体をちらりと見て、すぐ視線をはずす。
「ねえ、泳ごうよ」と美紀子が誘う。
「ああ」二人でプールに入る。
「きゃっ、冷たい」美紀子のしぐさが、どれひとつとってもかわいらしい。
「休憩時間です、プールから上がってください」監視員がメガホンで伝える。
午前中たっぷり泳いだ後、二人は駅近くにあるファミリーレストランに入る。
「泳いだからおなかぺっこぺこ」
「そうだね」と悠紀が応える。
二人はハンバーグステーキとドリンクバーを注文する。
「午後はどうする?」と悠紀が訊く。
「ごめーん、私午後から塾の夏期講習があるの」
「夏休み初日から夏期講習だなんて、たいへんだな」
「まあね」美紀子の成績は学年でもトップクラスであった。
美紀子はハンバーグステーキをペロリと平らげ、「まだ時間あるから」と言ってアイスコーヒーを取りに行った。
「はい、悠紀くんの分もとってきてあげたよ」
「どうもありがとう」と悠紀は素直に礼を言う。
「あ、そうそう、先週借りたライトノベル、返すね」そういって美紀子はバッグから文庫本を取り出す。
「ファンタジーの世界に行ったら、悠紀くんは何になりたい?」
「ぼく? もちろん剣士だよ。剣道部だからな」
「私は魔術師。魔法で、正義の味方になるの」
「美紀子は成績優秀だから、いろいろな魔法が使えるだろうな」
「あら、お世辞でもうれしいわ」と美紀子が笑う。
「ぼくの車で送っていこうか?」
「車って、もしかして自転車のこと?」
「ピンポーン」
美紀子はハハッと笑う。
「だいじょうぶ、塾、この近くだから」
「そっか」
「じゃあ、またメールするね」と美紀子は言った。「うん、わかった。じゃあね」
美紀子と別れた悠紀は、駅前のショッピングセンターに入る。七階建ての建物だった。
エスカレーターで四階まで上がる。雑貨屋がある。
「あれ? こないだまで、ここ、靴屋さんだったはずだけど」
悠紀は店に入っていく。
「すみません、ここ靴屋さんだったんじゃないですか」
「はい、この雑貨屋は新しくオープンしたばかりなんです」
「そうなんですか」悠紀は店内をぶらぶらと歩きまわり、ショーケースを覗き込んだ。
砂時計があった。「虹色の砂時計」と書いてある。
「ほんとだ、砂が七色だ。きれいだなあ」
悠紀は、美紀子にこれを見せたら喜ぶだろうな、と思い、「この砂時計をください」と店員に声をかけた。
「はい、今なら開店記念で『夢シート』がついています」
「えっ? 『夢シート』って?」
「中に説明書が入っていますから、それをご覧ください」
悠紀は代金を払い、家に砂時計を持って帰った。
まず砂時計の説明書を読む。
「この砂時計は十分計です。さかさまにすると十分、時間が逆戻りします。ただし、続けては使えません」
「ええ? なんだって?」
今、ちょうど午後三時。砂時計をさかさまにしてみる。
時計を見ると、針が午後二時五十分を指している。
「どうなっているんだ」
悠紀はきょとんとしている。
つづいて「夢シート」の説明書を読む。
「この夢シートは、あなたをファンタジーの世界にお連れするものです。いっしょに行きたい人の名前を書いて、枕の下にいれてください。夢で異世界に旅立てます」
「ほんとうかなあ」悠紀は首をかしげた。「まあ、だまされたと思ってやってみるか」
その夜、悠紀は「夢シート」を枕の下に敷いて眠りについた。
「ようこそ、夢の世界へ」光の妖精のような姿をしたものが、悠紀の前に現れた。
「あなたを異世界にお連れします。こちらの馬車にお乗りください」
前を見ると、白馬二頭だての馬車があった。
悠紀はふらふらと馬車のほうへ近づいて行った。
「砂時計はお持ちですね」
悠紀はポケットを確かめた。「はい、持っています」
「それでは旅にまいりましょう。あなたには伝説の剣と銀貨を差し上げます」
そういって剣と銀貨を持たされた。
「ではいってらっしゃいませ」光の妖精が、深々とおじぎをした。
悠紀を乗せた馬車は天に向かって走り始めた。
悠紀が次に気がついたのは、夕暮れ時の田舎道だった。
「離してください」若い女性の声がする。
見ると、数人の男たちが、若い女性を取り囲んでいる。
「命がおしけりゃ、金目のものをさっさと出すんだな」どうやら盗賊らしいo。
「そうだ」と悠紀は虹色の砂時計を取り出す。
そしてさかさまにする。
すると、女性のまわりから盗賊たちが消える。
「美紀子、美紀子じゃないか」
「あっ! 悠紀くん」
「とにかく、こっちへ隠れて」悠紀は美紀子のことをやぶの中に招き入れる。
十分後、盗賊たちが通りかかるが、美紀子たちにはきづかずに通り過ぎてしまう。
「悠紀くん、いったいどういうことなの?」
悠紀は説明を始める。虹色の砂時計を買ったこと。さかさまにすると時間が十分戻ってしまうこと。
そして「夢シート」のこと。シートに美紀子の名前を書き入れ、枕の下に敷いて眠りに
ついたこと。
「じゃあ、ここは異世界なの?」
「どうもそうらしい」
「その剣は?」
「ああ、この世界に来るときに渡された」
二人ともパジャマではなく、普段着を着ている。
「夢をみているのかしら……」
「ぼくにもわけがわからないんだ」と悠紀はいう。「とにかく、ここにいてもしかたがない。明かりのある方へいってみよう」といって、悠紀は歩きはじめる。美紀子も後に続く。
三十分ほど歩くと、小さな村に出る。
ひときわ大きな家があるので、これが村長の家だろう、と見当をつけて、「ごめんください」と家に入ろうとした。
「こんばんは」と女性が出てくる。悠紀の持っている剣を一目見て、「少々お待ちください」といってあわてて家の奥に引き返す。
今度は老人がやってくる。
「私がここの村長ですが……あっ、あなたさまは、伝説の剣士さま」
「えっ?」
「その剣が、なによりの証拠」悠紀が持っている剣には、宝石が付けられ、なにか文字のようなものが刻まれている。
「実は、今夜はお葬式がありまして」と村長がいう。
「どなたか亡くなったんですか?」と悠紀が訊く。
「村の魔術師が亡くなったのです。私の家でお葬式を行っています。どうぞ、拝んでやってください」
事情を訊いてみると、亡くなったのは女性の魔術師。十七歳になる息子が残された。
父親はすでに他界している。
魔術師の息子だと名乗る人物が悠紀の前に現れた。
「私の名はニック。隣町の魔法学校で魔法を勉強しています。母も魔術師でした」という。
「母が亡くなる間際に、私に伝えてくれました。まもなく伝説の剣士が現われる。そのお連れ様が魔術師だ。ここに二本の杖がある。一本は私が使い、もう一本はその魔術師に渡すようにと」
美紀子が「お連れ様って私のことかしら」という。
「はい、あなたです。魔力を感知します。どうぞこの杖をおとりください」
悠紀が「ぼくたちは遠くの世界からやってきました。一晩、この村に泊めてもらえませんか」という。
ニックが「では私の家にお泊りください」と応える。
「代金は銀貨で払います」と悠紀がいう。
「いえいえ、お代などいりません。狭いところですが、どうぞおいでください」」そしてお葬式に出たあと、ニックの家に泊まることになる。
「これで、ぼくが剣士、美紀子が魔術師ってわけだね」
「この杖だけで魔法が使えるのかしら」
「ためしに火の玉を出してみたら」と悠紀が提案する。
「いでよ、火の玉」美紀子が杖を振って、呪文を唱えると、小さな火の玉が現われた。「本当だわ」と美紀子は驚く。
「とりあえず今晩はニックくんの家に泊めてもらおう」
こうして、剣士と魔術師が出現したのであった。
第二章へつづく
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
全三章からなります。
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