二面勧誘作戦
中学の時、参謀が主人公の小説で読んだ。
主君の影のように付き従い、作戦などの助言をする。
そんな彼らに憧れを抱いた俺は、参謀になりたかった。
と言っても戦争などは練習の仕様が無い。
だから調べたのが交渉術。その効果か、俺は言い争いでは無敵だった。
……もっとも、そのせいで「理屈っぽい」などと言われ、嫌われていたらしいが。
「とりあえず、人数を集めよう」
所信表明演説が終わった翌日の暫定生徒会七番。
まず最初に出た課題はそれだった。
「暫定生徒会では、会長、副会長、書記、会計、広報が各一人ずつ必要よ。その他には庶務もだけど、これは人数を制限されてないの」
「……他のトコに比べて、全然足りないな。申請は通ったんだろ?」
「申請の最低条件は、会長と副会長、それにもう一人の役員だから……」
これはかなりキツい。交渉がまとまらなかった場合、決着は平和的対決でつける、と規則にある。
「平和的対決。……つまり、スポーツやゲームのような対決ってことだよな?」
平和的対決。生徒会対立制度に記される、交渉以外の対立方法。
交渉によって、互いの納得が得られなかった場合、対立する生徒会同士の直接的な対決で決着をつけることになる。といっても、これは学校で決めた制度。実際の戦争のように学生たちを喧嘩させるなど言語道断だ。
こうして決まったのがスポーツやゲームのような「学生らしい戦争」……平和的対決である。
俺はこの対決制度には納得がいかないのだが……。
「そうよ。つまり、今の私たちでは圧倒的に不利ね。暫定生徒会の中には部活動と繋がりを持つ所も多いし……」
「繋がり?」
木下が尋ねる。
何だかんだで話は聞いているんだよな……。
「例えば、予算の増加をエサにして、部員全員を庶務に登録、とか。もちろん、一度に全員出れる訳じゃないけどね?」
「なるほどなぁ……じゃあ、俺たちもやろうぜ?」
「確かにやりたいけど……」
残ってる部活なんてあるのか?大所帯はほとんど取られてたはずだ。
「そうねぇ……ここなんてどうかしら?『柔道部』よ」
「お?何か良さげだな!ここをスカウトしようぜ?」
「ホントに大丈夫なのか?真っ先に勧誘の手が来そうだけど?」
いわゆる武闘派。一番重宝されそうだ。
「基本情報の欄を見てみなさいよ」
「ん?」
そこに書かれていたのは「人数不足につき休部中」の文字。
「って、休部中じゃ意味ないだろ?」
誰も誘わないわけだ。活動していなきゃ意味がない。
そんな俺の突っ込みに焦りもせずに淡々と、大谷は続ける。
「噂によると、一年生が新しく入部したらしいわ。向こうとしても、後ろ楯が欲しいに違いないはずよ」
調査済みってわけか。確かにチャンスだな。ふっ、と息を吐いて前を向くと、木下がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
……指示待ちってことか。号令くらい自分でやれよな。
「……じゃあ、俺は柔道部をオトす。二人は街頭演説を頼む。……強引にしないようにな」
「男子柔道部、主将の福島正義だ。こっちは……」
「副主将、加藤海斗」
「そして私が女子柔道部主将、加藤清奈よ!」
東西南北の全ての校舎から離れた武道場。さらにその隅にある畳の上で交渉は始まった。
正直言って、ビジュアルはいかにも……という感じだ。
福島と名乗った男子は左目に包帯を巻き、加藤と名乗った男子はニット帽をかぶっている。
何処の不良だよ……?
ちなみに加藤という女子は髪をツインテールにしている。
……絶対部活の時に邪魔だろ。
「えっと、一年生だよね?」
三人は全員一年生、つまり俺や大谷からすると同級生だ。
「あぁ、だから部活情報欄には休部中になってる。これから直すつもりだったんだが……」
加藤海斗が応える。
……コイツは結構マトモだな。
「いや、好都合だよ。……そのおかげでこうして皆さんと話ができますから」
モードを変える。小さいながらも、これは交渉だ。しかし、モードを変えた瞬間、あちらの態度が柔らかくなった。
「その話し方って……お前、あの目立った演説してたやつか?」
海斗の言葉に始まり……。
「マジか? じゃあ、ちょうど良い! 俺たちを生徒会に入れてくれ!」
福島が乗り……。
「スゴいじゃん! 私たち、この話にノれば一躍スターだよ?」
清奈がシメる。
……何だコレ? 思ってた展開とは違うが……ラッキー、かな?
どうやら、予想以上にあの演説は話題になっていたらしい。
南校舎にある一年生教室棟。
授業も終わり、部活へ急ぐ者や教室で駄弁る者、さまざまな生徒が見える。
「……よっし!ここらでやっとくか?」
会長が喉を整え始める。体育館の時のようなマイクは無い。自分の本来の声しか届けられないのだ。
「どーもー!暫定生徒会七番の会長、木下でーす!」
……ヒドい。何がヒドいって、自己紹介がスベる芸人にしか見えないところが。
「えーっと……何だっけ?大谷!次はどうすればいい?」
早い……! 助言も何も、まだ自己紹介しかしてないし。というか……。
「……もう次はないんじゃない?」
「あり?」
辺りからは人の気配が消えていた。
「あの……さ。せっかく仲間になるんだから深いトコも聞きたいんだけど、良いか?」
庶務の三名補充が決定した。
……失敗したな。
会長たちにはこっちをやらせておけば良かった。チョロすぎるし。
だが、もはや後の祭り。
ならば今は、仲間となるコイツらの情報がもっと欲しい。
「じゃあ、まずは……二人は身内?」
まぁ、まずは小手調べ。
どことなく雰囲気が似てるし。
「あぁ、正確に言うと『兄妹』だな」
「兄と妹の方のきょうだい、ね?」
兄である海斗が応え、妹の清奈が補足する。
「へぇ、双子か。じゃあ、さ……」
さて……ここで早くも一番の疑問をぶつけるか。
「福島、だっけ?……何で包帯してるの?」
もし理由が、かっこつけたいから……とかだったら、コイツらやっぱ無しだわ。
「やっぱりさ。ドーンって感じで派手に行こうぜ?」
「……何を?」
「おいおい、俺たちの目的を忘れたのか?……勧誘だよ」
勧誘で何をドーンするのかを聞きたかったのだけど……。
石田くん、上手くいってるかしら?
ちなみにこちらは……。
「最悪ね……」
もはやため息すら出ない。