所信表明演説!
「所信表明演説の時間がやってまいりました。みなさん、いかがお過ごしでしょうか? 私、司会進行を担当します放送委員の森です。どうぞよろしくお願いします!」
体育館は生徒で溢れている。
だが、これは生徒会に関心があるのではない。
所信表明演説は全校強制参加の行事なのだ。
「さて! 今回集まった暫定生徒会は……12組。12組です! 例年より多い感じですね。暫定生徒会の申請順に読み上げましょう。こちらです!」
No.01伊勢、No.02今川、No.03大江、
No.04最上、No.05長尾、No.06伊達、
No.07木下、No.08武田、No.09松平、
No.10島津、No.11鈴木、No.12龍造寺
読み上げられると同時に、各生徒会長がステージに立つ。こちらからは後ろ姿しか見えないが、それでも何か、気迫のようなものが伝わってくる。
「相手、何だか強そうだな。腕っぷし以外でも」
「そうね。後ろからだとハッキリ分析できないけれど……」
読み上げられる名前を聞きながら、そんなことを言う。
こうして見ると、ひょろっとした木下はどこか頼りない気がする。
「それでは、一番の暫定生徒会からお願いします」
演説が始まる。
一番の伊勢という会長が前へ出る。立ち振舞いや喋りに貫禄があり、「王者」という感じだ。
「で、どんな演説内容なの?」
それを横目に、大谷は会話を再開する。……内容?
「何かプランみたいなのを決めているんでしょ? 紙に書いてあるとか……」
キョトンとした俺に対し、大谷は少し焦りながら話す。プランか……無いな。
「いや? ほとんどアドリブで行くつもり。……カンペを見ながら話すヤツを信用できるか?」
「え? ……あなた、ホントに大丈夫なんでしょうね?」
何で大谷は懐疑的な目を向けてきているんだろう。俺にはよく分からなかった。
「続きまして……七番の生徒会、お願いします」
司会が呼ぶ声と拍手を聞きながら、ステージにあがる。ステージ。そこに上がると、全てのものがよく見える。そして、全ての人に見られる。何だかこの体育館全てを支配しているかのような……そんな錯覚に襲われる。
……まぁ。居眠りをしているヤツが大半なんだが。
「あーあー、んんっ」
声を整える。声が良いか、悪いか。これによって、聞きたくなるか、ならないかが変わる。初対面での第一印象みたいなモノだ。
俺は、コレによって嫌な思いをしてきたし、させてきた。でも、この力を必要としてくれる人がいるなら、俺は使おう。
息を吸い、吐く。……良し。
「さて! お待たせしました。暫定生徒会七番会長、木下に代わりまして、私、副会長の石田が説明します!」
笑顔を浮かべる。
「ハハハッ!『私』だってよ!?」
「ふふ、目が覚めたのかしら。……変わらないわね」
「ふぇ? 変わらない?」
「あら、あれは……」
彼はポケットに手を入れ、小さな紙を出した。
「何だ? 結局カンペか?」
いや、違う。その証拠に彼はその紙を……。
「……あ、破いた」
「……やっぱり必要ありませんね」
これは単純なパフォーマンスだ。
ただ紙を破いただけ。実際、あの紙は白紙だ。
だが、観客の感じ方は違う。
さらにもう一言。
「こんな紙に頼らず、本当の言葉で、私は皆さんに伝えたいのです!」
出だしはこんなモノかな。
次は……。
「私たちの生徒会長、木下の目標は『皆が笑って楽しめる校内作り』です。そのため、マニフェストとしてこの事を掲げます」
一息。周りを見渡す。壇上というのは本当に全体がよく見える。……全体の六割程は興味がある感じかな。
「それは……『生徒会政争』の廃止!」
会場がざわつく。ステージ裏からも話声が聞こえる。この反応、上々だな。
各代表も動揺を隠せないようだ。この対応からも人物を分析できる。……すなわち、大半は器じゃない。
「あらためて言葉にすると……ヤバイな、コレ」
「あなたが言い出したんでしょうが……」
この人は対象外。……だってバカだし。
「皆さんも感じているはずでしょう?この制度は正しく機能しない、悪の制度になりつつあると」
……これはちょっと言い過ぎた。失敗だな。
まぁ、フォローしとくか。
「初代暫定生徒会やその制度は確かに成功でした。だが、今の現状を見ると、やはり過去形にせざるをえません」
下手に挑発してもあまり良いことはない。
このくらいかな。
……さて、まとめに入ろう。
ここが正念場だ。
右手を開き、前に出す。
その動作は速く、力強く。
これは戦争だ。全校生徒と、俺の、殴り合いだ。
「私たちは……生徒会として、この天正高校を良くしたい!そのためには前へ進まなくてはならないのです!歴史上、このような変化には反対が付き物です」
革命とは、それまでの価値観を変えるということだ。それは当然、勇気がいる。
だが……。
「だが……私たちは変わらなくてはいけない。もうその時期に来ているのです……!」
八、九割は釘付けだな。ここらで締めるか。
出していた手を胸にやる。
心から頼むように。
「長くなってしまいましたが、よく考えていただきたい。これにて私たち、暫定生徒会七番の所信表明演説を終了します。……お相手は副会長、石田政志でした。ご清聴感謝します」
頭を下げる。
「「パチパチパチパチ……!」」
一つ。二つ……だんだんと増える拍手はやがて大きな音になって響き渡る。それを受けながら、ステージを後にする。
「へぇ……なかなかやるじゃねぇか。コレが大谷が言ってた、能力ってヤツか?」
「まぁ、能力というような漫画っぽいものでは無いんですけど、彼の演説力と交渉力は相当ですよ。例えるなら劇場支配型……」
その場にいる者を全て自らの舞台へ引き込むような喋りと動作で、話し合いを有利に進めるといった感じだ。
「これは簡単に行けるかもな!」
「……まだわかりませんよ?」
ここで披露したことは正しかったのかどうか……。
「ちょっとミスったかもな……」
二人のもとへ戻る最中、そんなことを呟いた。
本当の生徒会政争の時にやれば良かった気もする。これでは手の内を晒したようなものだ。つまり……。
「対策される可能性もあるってことだよな」
立ち止まる。また間違えてしまったのだろうか? ……しかし、今さら言ってもしょうがない。これから長い戦いが始まるのだ。
「……とりあえず、帰って寝たい」
全ては明日からだ。腕に巻かれた腕章を見つめて、再び歩き始めた。