感傷と腕章
俺は教室に立っていた。だが、それは春から通っている高校の教室では無い。記憶の中に残る、中学の時の教室だ。つまり、現実ではない。
「……またか」
あの日以来、何度も見た夢。思い出したくないことなのに、何度も夢に出てくる出来事。苦く苦しい過去の話。
教室内、あの日の俺は堂々と何かを話している。
景色が歪み、場面が切り替わる。
昇降口横。校舎からの死角になる暗い場所。
クラスメイトの男子に囲まれた俺は何度も殴られている。
再び、教室へ。
空いた席を見て、ただただ呆然としている俺。
胸に溢れる無力感。
振り返ると、その時いなくなった女子生徒が何かを喋っている。それを聞き取ろうと近づく……。
「っ!?」
夢はいつもそこで醒める。
心身が不安定な時によく見る夢。
身体中は汗で濡れ、頭がズキズキと痛む。
あの時の女子は今の俺に何と言うのだろうか?
「決まったの?」
教室に入ると、大谷にそんなことを言われた。彼女に問いかけられる内容は1つ。加入の是非だ。
「……いや、悪い。まだだ」
「何をそんなに悩んでいるのよ?」
大谷はため息をつく。あまり喋らない二人の会話だからか、周りからの視線が多く、うざったい。しかし、だからといって人目を避けるのもどうかと思う。
故に、俺はそのまま教室内で本題に入った。
「……なぁ、お前は俺のどこを見て誘ったんだ?」
何となく興味が湧いた。彼女が持っているらしい分析能力。そもそも、それは一体何だ?
「あぁ、会長から聞いたのね。能力、なんて漫画っぽいものじゃないわよ? ただ人より少しデータの収集と記憶が優れているだけ」
「お前、スゴいこと言ってるっていう自覚ある?」
……充分漫画っぽいよ。だが、そんなツッコミに耳を貸さずに彼女は続ける。
「あなたは能力はあるのに燻ってる感じがしたの。だから、背中を押してみただけ。迷惑だった?」
……燻ってる、ねぇ。
弱冠当たっている。
本当は自分の力でどこまで行けるかを試したい。だが、中学の時のことがそれを遮る。
……俺は、もう一度挑戦しても良いのだろうか?
「……ねぇ?」
大谷が顔を近づけてくる。長い黒髪が揺れ、シャンプーか何かの香りを感じた。
「……おい? 何をして……」
声をあげようとしたが、出来なかった。彼女の顔を見てしまったからだ。滅多に表情を変えない彼女が、慈愛に満ちた目をこちらに向けていた。
「昔、何があったかは……分からないけど、あなたの行動は間違っていなかったと思う」
鼻頭に息がかかる。頭の中がぐるぐる回る。そして、彼女が言った言葉を噛みしめていた。
「間違っていなかった」……か。
その言葉に心が少し軽くなった。
結局の所、俺は誰かに肯定されかったのかもしれない。不安で仕方なかったのだろう。
「……お前、やっぱりエスパーじゃないか?」
「だから、そんな漫画っぽい能力なんか持ってないって……」
少し怒ったような態度を見せた後、彼女はニコリと笑った。
所信表明演説。
生徒会政争の始まりを意味する儀式だ。
各暫定生徒会のマニフェストや意気込みを語るステージ。
ここで支持する生徒会を決める生徒も多い。
体育館ステージ裏。各暫定生徒会が集まり、話し合っている。
「大谷、何組集まった?」
「私たちも入れて……12組」
私の言葉に会長が苦い顔をする。
「多いな。いつもは5組あるかないかだぜ?……っと、石田はどうした?」
「……分かりません」
彼は来ないのだろうか?
私は彼の悩みを解消できたのだろうか?
今思うと、後悔ばかりが浮かぶ。
もっと良い言葉があったのではないか?
無責任ではないか?
「……何だ、来たじゃねぇか」
「えっ?」
振り返ると、そこに彼がいた。息を切らし、手を伸ばす。
「腕章、俺にくれ」
「おいおい。決心はついたのか?」
その言葉に彼の目が変わる。あぁ、この目だ。この目を私は見たかった。『もう一度』見たかった。
「あぁ、俺がアンタをホントの生徒会長にしてやる」
腕章を付けながら彼は答える。
右腕に光る「副会長」の文字。
「へへっ。頼りにしてるぜ?」
「生徒会長」の文字をなびかせながら、会長が前に出る。
私は……。
右腕に手をやり、「会計」の刺繍をなぞる。
「……それじゃあ、始めましょうか」
私たちの生徒会に向けて。