高揚と降板と行動と
「終わったー!」
脇坂の声が響く。明るい声だ。
天正高校定期テスト、その全日程が終了したのだ。
「テストが終わった後のこの感じ……。コレって何て名前なんだろうねー?」
脇坂が問う。テンションがハイになっているため、饒舌になっているようだ。そんな問いに、平野はいつものように淡々と答える。
「ああ。試験終了高揚現象のコト?」
「名前あるんだ!?」
「……いや、冗談。たぶん無いよ?」
なんだ~、と脇坂が笑う。どうやら平野は見た目よりもずっと高いテンションらしい。自分でもおかしいなとは思いつつも、平野は笑いを止められない。
学生に、試験終了高揚現象(仮名)は一生付きまとう病らしい。
学校中が高揚感に包まれる中、東校舎でただ一つ静かな部屋がある。
暫定生徒会九番。生徒会長、松平永継は室内を見渡した。空気が重い。役員たちの表情も暗く、ソレが室内に充満しているようだ。
「退くことは負けること……そんな風にイコールで結ばれてはいない。そう俺は思うんだ。」
沈黙を打ち破る声。松平は雰囲気を壊すために、高めのトーンで放った。
「俺たちは今回は退く。一度退いて、再起を図る。……時期尚早、だったんだよ」
その一言に、役員たちは肩を落とす。負けを口先で誤魔化している……そんな風に思えたからだ。
「ちょっと、ちょっと、君たち~? まだ、会長の話は途中だろ? ……最後まで聞きなよ」
そこで口を出したのは、腕章を着けた男子生徒。細身の体を持つ彼は、軽い口調で庶務の皆をたしなめる。軽い口調なのに、妙な迫力があって軽々しくないといった感じだ。
気遣いの出来る役職者を持てた幸せを噛み締めつつ、松平は続けた。
「……俺たちはまだ一年生だ。これから、がある。伊勢のようなカリスマ、大江のようなバランス、島津のようなチームワーク、木下のようなジョーカー……そんなクセモノ揃いの今期生徒会政争。こんな勝ち目の無い戦いはゴメンだ」
息を吸う。
「もう一度言う。……何度だって言う。今は退く。逃げるんじゃない。耐えるんだ。負けじゃない。まだ、俺たちは負けていないから」
ニヤリと笑う。周りを見渡したが、皆の瞳は先程の諦めに満ちたモノではなかった。
「時が来たとき……俺の、俺たちの本気を見せてやろうじゃないか……!」
最後に笑うのは俺たちだ……と松平は遠くを見つめながら言った。
暫定生徒会九番は解散した。後に彼ら宣言通りに甦るのだが……。コレはまた別の話、だ。
西校舎三階。パチン、パチンと音が聞こえる。規則的だったその音がだんだんと変化していく。後に鳴る音が不規則になったのだ。しかし、先に鳴る音は全くリズムを崩さない。
「はい。王手、だね」
「あ! ……やっぱ小早川は強いねぇ」
向かい合って将棋を指す男女がいる。小早川と呼ばれた細く長身の男子は優しく微笑みながら駒を片付けている。
「アソコの一手が鍵だったのかな……?」
女子は自らの王だった「玉将」をうりうりと振りながら考える。
「お? よく気づけたね」
そんな彼女を小早川は褒める。前はただただ感情的に駒を進めていたのに、最近は考えるようになってきている。彼女の大きな成長を感じた。ジッと見ると、えへへと彼女は照れだした。
「……何が楽しいんだか。サッパリだな、俺には」
その様子をつまらなそうに見ていた大柄な男子が呟く。腕を頭の後ろにやり、椅子をシーソーのようにユラユラと動かしていた。
「えー。何でよ、吉川?」
「ルールがメンドいし、ワケわかんねー」
「僕が何度教えても覚えれないんだよ、コイツ。……もう諦めたさ」
うるせーよ、と吉川と呼ばれた男子は机に置いてあった紙パックのヨーグルトを飲む。中身がすぐになくなってしまい、持て余したストローをガシガシとかじりながら、吉川は問うた。
「で、どうすんだよ?」
そうだね……と小早川は顎に手をやり、思案する。
「伊勢を調子づかせるのも、マズいかな……?」
「……出るか?」
吉川に笑みが浮かぶ。そんな様子にため息をつきつつ、小早川は頷いた。
「……だとすると、狙うのはアソコかな?」
小早川が下を指差す。そこにあるのは床だ。だが、ここは三階。つまり床だけではなく、一階と二階のことも指している。
「……ああ。お前がこの前、『走らせた』トコか。裏で手を回したにもかかわらず、乗り越えた根性があるトコだな?」
「お前はどっちの味方なんだよ。……いや、まあ、確かにその通りだけど」
言い方を考えてくれよ……と小早川は愚痴る。そんな二人の様子から彼女は何かを察したようだ。
「やるの? 私たち!」
気合い十分の会長を横目で見つつ、小早川は玉将を手に取る。少し年期の入ったそれをぐっと握りしめて、いつものように彼は誓う。それを見て、吉川も共に目をつむり、誓った。
王を守る、と。
暫定生徒会一番に次ぐ実力派。暫定生徒会三番が、ついに動き出す。
「もう五月も終わりだけど……今後のこと、どうするの?」
誰も残っていない俺たちの教室。窓を開けると、爽やかな風が入ってくるようなそんな季節。
大谷はそうやって俺に問いかけた。
「皆、動き出すだろうな……。そして、狙いは俺たち、だな」
「みすみす食われる……なんてことは無いわよね。副会長サン?」
そう言って、大谷はイタズラっぽく笑う。
四月に比べて、彼女はよく笑うようになった気がする。
そんな成長を喜びつつ、俺は考えを表明する。
「会議をするぞ。……皆を集めて、パーっとな?」
受け身になっては食われるだけだ。
自分から動き出さなくては……。




