掴むは銃、狙うは王
校舎裏。ここは木が多く立ち並び、小さな森のようになっている。
その森の中に、響く音が二つある。
一つは、パンッという乾いた音だ。そしてもう一つは乾いた音の後に来る。ピュッという風を切る音だ。
そして、今、新たな音が増えた。バンと何かが何かに当たる音、そして声。
「留守、ヒットです! すみません、会長……」
留守と名乗った女子がそう叫ぶのを聞きながら、暫定生徒会六番会長……伊達龍哉はポツリと声を放つ。現状に対する疑問の声を。
「何でだよ……! 何で俺たちが……負けているんだ?」
現在、校舎裏では、暫定生徒会一番と暫定生徒会六番による、平和的対決……サバイバルゲームが行われているのだ。
天正高校は、北校舎、南校舎、西校舎、東校舎、中央校舎の五つに分かれている。そして、その全てが渡り廊下で繋がっている。
上からだとひし形のように見えるだろう。四隅の角に東西南北の校舎があり、対角線の交点に中央校舎がある。
北校舎と東校舎と中央校舎を結んだ場所にある空き空間は「中庭」と呼ばれている。開けたスペースが多く、文化祭のときは屋台がここに出店される。
反面、緑が多すぎるために暗く、「校舎裏」と呼ばれる場所は、西校舎と南校舎と中央校舎を結んだ場所にあった。
「どういう状況だ……?」
西校舎の一階。俺たちは校舎裏が見える大きな窓を覗き込む。そこにいたのは、木々の中を駆ける生徒たちだった。ただ走っているのではない。手には武器を持っている。
あれは……?
「銃……? モデルガンかしら?」
大谷が疑問する。確かに持っているのは銃らしきモノだ。そして、本物の銃を持っているわけがない。
「……サバイバルゲーム、だって」
それに答えたのは、平野だ。彼女は俺たちよりも素早く行動し、中央校舎に貼られた平和的対立の実施予定を見て来てくれた。
サバイバルゲーム。簡単に言うと、外でモデルガンを使って行う戦争ゲーム。すなわち、暫定生徒会六番、伊達龍哉が後ろ楯としているサバイバルゲーム部の十八番だ。
「……? そんなのサバイバルゲーム部が勝つに決まってるじゃねぇか。何でこんな結果に?」
「……アイツはそういうヤツなんだよ」
福島の疑問に答えたのは、意外にも会長だった。頭をかきながら、呟く。
「あえて、相手の得意種目で倒す……そうすることで、精神的にも勝利しようとするんだよなー、伊勢は」
知り合いなのだろうか? まあ、学年が一緒なら顔も合うか。
と、そこで俺たちは再び目をやった。状況が動いたのだ。
「ちくしょうが!」
「おい! 会ちょ……龍哉!?」
副会長・片倉佑助の忠告も耳に入れず、伊達は前へ出た。徐々に加速し、走り出す。
狙うのは相手のフラッグ。あれを自分たちの陣地に運び入れれば勝利だ。
「なのに……あいつらはこっちのフラッグに見向きもしねぇ」
木に背を預け、伊達は呟く。チラリと周りを確認したが、敵の姿は見当たらない。
両手に持った小型銃をクルクルと回し、息を深く吸い込む。
伊達が隠れている木から、相手フラッグまでの距離はおよそ10メートル。フラッグの大きさは小さく、1メートルほどだ。掴んですぐ走る……それで乗りきれるのではないかと伊達は目算する。
駆けた。
名前も知らない雑草を踏み散らし、前へと進む。残り半分。目算よりも息が切れるな……と思いつつも、伊達は足を止めなかった。
青い旗がひらめいている。もうすぐ手が届きそうだった。伊達は思い切り手を伸ばす。
フラッグを掴んだ。
ガチャリ
嫌な音が響く。振り向くと、同時に足元近くに弾丸が走った。何発も、だ。チッ、と思わず舌打ちが出る。
「副会長サマはマシンガン、かよ。そっちの会長サマの得物は?」
「アサルトライフルだ。王道を行くってヤツだな」
長い銃身のそれを肩に置き、ゆったりと現れたのは、暫定生徒会一番、会長・伊勢真守と副会長・風間隼だった。
正面にいる伊勢の風格に圧倒されかける。それを振り払うように伊達は声を発した。
「……王道、ねぇ。伊勢センパイは何を望んでいるんですかね?」
伊達は目だけでチラリと横を見る。そこには銃を構えた片倉。銃の扱いなら自分の方が上。ならば、隙を見て片倉と早撃ち……伊達はそう考えていた。
「……ったく。どいつもこいつもめんどくせぇことばかり聞いてきやがる」
「当たり前だろう。生徒会を目指す理由なんだから……」
気だるげにため息を吐く伊勢を、風間が一蹴する。その余裕たっぷりの態度に伊達は引き金を引きかける。が、自らの唇を噛んでそれを戒めた。
「望みなんて、俺にはねぇよ」
そう言いながら、彼はおもむろに、空へ向かって撃った。
弾丸が空気を裂き、音が響く。
伊勢は発した。
「俺は施す側だ。俺自身に望みはねぇ。それでも強いて言うのなら……」
ニッと笑って呟く。その笑みに浮かぶのは、私情でも野望でも無い。純粋すぎるほどに純粋な善意。
「生徒一人一人の安定した学校生活、ってヤツかな」
これが、伊勢真守という男。圧倒的カリスマと堂々とした立ち振舞いを持った、王道を進む男だ。
伊達は両手に銃を構えた。
それはもはや理性ではない。本能だ。
この男を今撃たなければならない、でなければ自分は一生このセンパイには勝てない……本能でそれを察知した。
ノータイムで引き金を引く。
撃鉄が落ち、薬莢内で空気が弾ける。
パァン!
弾丸が銃口から飛び出した。風を切る音は悲鳴のようだ。後は運動エネルギーの固まりとなって、目標を貫くのみ。
しかし、違った。
肩に衝撃を感じたのは、伊達だった。彼は状況を理解できていない。だが、ルールに従い、コールした。
「……ヒット。……何でだ?」
思わず発砲地点を目で追った。遠く離れた場所に人影が見える。暫定生徒会一番の役員だ。もちろんさっき確認したときはいなかった。
「……でかしたな! 成田」
伊勢が腕を振り上げる。親指は真上を指す。「グッド」だ。
その時に、伊達は気づいた。さっきの空砲。あれが合図だったのだ。「目標発見。集まれ」という。
伊達は腰を落とす。立っていられなかったのだ。足が震えている。しかし、それは恐怖ではない。感動だ。
「……参りましたよ、伊勢センパイ」
伊達は、文字通り屈した。
「……見てるんだろ? てめぇら!」
俺は見た。伊勢が叫んだのだ。いや、これはもはや獣の咆哮に近い。
「……ひとぉつ!」
伊勢は、指を差す。南校舎の三階。暫定生徒会十番の仮室がある、その窓から仁王立ちで見つめる男子がいた。後ろには女子らしき影もあるが、そこまできちんとは見えない。
暫定生徒会十番会長、島津貴大だ。
「……ふたぁつ!」
続いて指を差したのは、俺たちがいる西校舎の三階だ。そこには、未だに生徒会政争に参加してこない暫定生徒会、三番がいる。真上のためにこちらからは見えないが、伊勢の表情から察する限り、カーテンでも閉めたのだろう。
「……みっつ、てか?」
最後に伊勢は、俺たちを指差した。射ぬくように鋭く目を向けてきた。
「来るなら、来いよ。……俺は、俺たちはいつでも受け入れる。王者として、な」
ニッと笑って、天を指差す。人差し指を真っ直ぐ立てるその動作は、自らが一番、と示しているようにも見える。
「……歓迎するぜ?」
あれが伊勢真守。圧倒的カリスマ、堂々とした立ち振舞い。王者の貫禄を持つ男。
まるで獅子のようだ。
そして、俺たちは獅子に認識された。狩るべき対象、としてロックオンされたのだ。
片桐と脇坂の会話が頭をよぎる。そう。これは……食物連鎖、だ。




