探偵志望
放課後の図書室。勉強をする生徒や電車の時間まで暇を潰す生徒。様々な生徒が居る中で、ひときわ目立つ男女が居る。
窓際の席を陣取り、景色を眺めているのは男子だ。そして、その横では静かに女子が本を読んでいる。
室内だというのに帽子をかぶった男子が口を開く。
「……匂うな」
「事件の香りがする、なんて言ったら蹴るから」
「事件のか……ちょっ、ちょっと待て。何で次の言葉が分かった? 推理か?」
「推理なんてしなくても分かるわよ……」
パタンと本を閉じ、女子生徒は体を男子へと向けた。
「それで? ……どうしたのよ?」
「あれを見ろ」
男子が指差す先にあるのは、校舎裏で忙しなく動く生徒たち。その全員が、腕章を着けている。
「あれは……?」
「何かある、だろ?」
二人が居る机の上に置かれているのは「探偵同好会」と達筆で書かれたプレート。
七番仮室。
「食物連鎖、か」
「コレって、何だか可哀想だよね……」
片桐と脇坂が教科書を読んでいる。単元は「生態系とその保全」。
……可哀想、だろうか?
ふと、頭の中が疑問で満ちた。しかし、それを奥に押しやり、開いているノートへ意識を向けた。テストまで時間はまだあるとは言え、油断は出来ない。日々の積み重ねが高得点を生み出すのだ。
「ちょっと良いか?」
扉が開き、二人の男女が入ってくる。組章の色は赤。俺たちの一つ上だ。つまりは、会長と同級生。
「あれ? 竹中と黒田じゃねぇか! どーしたよ?」
椅子に寄りかかり、天井を眺めていた会長、木下大喜が口を開く。
「あぁ。ちょっと事件を見つけたから、情報収集に、な?」
「事件? ……というか、この人たちって誰なんだ?」
会長と同じようにボーッとしていた、庶務・福島正義がここぞとばかりに会話に参加する。……いや、勉強しろよ。
「あー。お前らは初対面か。こいつらは、探偵部なんてバカなことをやってるヤツらでな? ……竹中進と黒田聡美だ」
「正式には部ではなく、同好会だけどね。 ……あと、バカやってるのは、そこに居る竹中だけ」
ジトリと睨んだのは黒田と呼ばれた女子。第一印象では、おとなしいのかと思ったが、どうやら馴れた人には強気な面も見せるらしい。
「それで、事件というのは?」
大谷は淡々と、事務的に尋ねた。手元にあるのは、解きかけの問題集。
……うるさいから用件を早く済ませろ、だな。
思わず苦笑すると、大谷は不機嫌そうに俺を睨んだ。
「あれは……ついさっきのことだった……。俺は」
「端的に話すと、校舎裏で暫定生徒会役員たちが何やら動いていた……というだけよ。事件でも何でもないわ」
「黒田ぁ……!」
竹中が黒田に抗議しているのを横目に、俺は考えていた。校舎裏で動く、か……。平和的対決でもするのだろうか?
大谷に目をやると、彼女も同じ考えだったのか、頷いた。
「黒田先輩。どこの暫定生徒会か分かりますか?」
どこかが動く。ならば、情報を仕入れておかねばならない。
そうねぇ……と、少し考える。やがて思い出したのか、黒田先輩は、あ! と言った。
「二組の内、一組なら分かったわよ。あの人、無駄に堂々としてて目立つから」
堂々として目立つ。……その言葉を脳内で検索にかける。すると、頭の中を映像がよぎった。この映像は、あの時の……。
俺が答えに辿り着いたちょうどその時、黒田先輩は少し間をおいて、言った。
「暫定生徒会No.01ね。あなたたちも知ってるでしょ? 伊勢真守が居たのよ」
脳裏に浮かぶのは、所信表明演説での堂々とした立ち振舞い。支持率で圧倒的に自分たちの上を行く存在。
「……見に行こう」
俺はボソッと呟いて、教室を飛び出した。何か考えがあったわけではない。しかし、本能が叫ぶのだ。ヤツに会っておけ、と。
皆に手で、行くぞと合図をし、俺は校舎裏へと向かった。
「なかなか面白いヤツらじゃないか? お前がよく話題にするのも頷けるな」
役員全員が校舎裏に向かった後、竹中は木下にそう言った。
木下は人気者であり、誰とでも話すことができる。しかし、竹中が記憶するに、誰とでも話すことが出来ても、誰とでもベタベタ仲良くするわけではない。一定のラインを引き、適度な距離を保ちつつ、生きていた。
だが、彼らは木下にラインを引かれていない。
「何だよ~? 嫉妬してんのか?」
そんな軽口を叩きつつ、木下は進み出した。ドアの前まで来た辺りで、頭だけを回して竹中と黒田を見た。そこにあるのは、全てを包み込むような温かい眼差し。
「……俺はアイツらの生徒会長サマだからな」
ニッと笑い、手を振る。竹中と黒田が振り返すのを確認してから、木下は走り出した。
木下の後ろ姿を眺めながら、黒田は竹中に話しかける。彼が寂しそうな顔をしているのを見ていられなかったからだ。
「ホントに嫉妬していたの? 別にラインを引かれていない人なんて私たち以外にもいるでしょうに」
「ちょっとな。……って冗談だ。何というか……」
何というか……と言いながら、竹中は自分の手を見た。
「ラインを引かれていない連中もいる。けれどもそいつらは皆、自分からグイグイ行った奴らだ。同じクラスの小西とか、俺たちとか、な?」
でも……と竹中は言う。開いていた手をグッと握った。
「生徒会の連中に対して、あいつは自分から近づいている。……木下自身からだ」
「それって……?」
不安そうな顔を浮かべる黒田に、彼は自分の考えを告げた。
「変わっているんだよ、あいつも。この天正高校を変えるために……」
あいつのやりたいことは……。
「……生徒会、入りたくなった?」
考え込む竹中に黒田は問う。
(……生徒会? 有り得ないな、絶対)
公的な立場から正義を振りかざすのではなく、本当に困っている人に寄り添いたい……竹中進はそういう人間であった。
「いや。俺がなりたいのは、探偵だからな」
俺の活躍する場所はここじゃない、と彼はそう言って笑う。帽子を深くかぶり、立ち去る。
(ここに居たってただの脇役だしな)
頭の中でそう呟く。黒田には言いたくなかった気持ち。……もっとも彼女は何となく察しているようだが。
帽子を深くかぶり直し、立ち去る。
いつか主人公となる日を夢見て。




