沈黙スタディ
石田が龍造寺と鍋島に相対した日の放課後……。
暫定生徒会七番・仮生徒会室……通称、七番仮室では、定期テスト対策の勉強会を開かれていた。最初は集まり、別々に勉強していたものの、成績下位層が上位層に教えを請うたことで、自然に勉強会となってしまったのだ。
しかし、その時はいつもと様子が違った。
(……どうしてこうなった!?)
珍しく静かな七番仮室。二人しかいない七番仮室で、庶務・加藤海斗は心中で声をあげた。
回想に入ろう。
その日……今日は、何も代わり映えの無い日だった。
いつものように授業を受け、放課後は仮室で勉強をする。
いつものようにメンバーに挨拶をし、席に着いた。
と、そこで違和に気づく。室内には四人しかいなかったのだ。
「おい。石田と大谷はどうした?」
「あぁ。あいつらなら遅れてくるよ」
そう答えたのは、参考書を開いている片桐だ。彼は目は向けないまま話続ける。
「何かクラスで決めなきゃいけないことがあるんだってさ。HRの時間に決まりきらなかったから、延長」
「生徒会政争」から逃れるためにクラス委員に立候補した人も多い。どこのクラスでもそれは同じなのだろう。現に俺たちのクラスも手間取っていた。
「それで? そっちの二人は何をしたんだ?」
糟屋が俺に問う。彼は教科書をつまらなそうにペラペラとめくっており、どうやらこういう風に話せるタイミングを待っていたようだ。
というか……。
「……何で、何かしたこと限定なんだよ?」
「じゃあ、違うのか?」
当然だ。高らかに言う。
「……補習だ」
「……してるじゃねぇか」
片桐がツッコむ。何だかんだで話を聞いていたようだ。
「じゃあ……会長も同じ理由かな?」
「……ありそう」
脇坂と平野も会話に交ざってくる。結局、室内に居る五人全員で話をしてしまったのだ。
と、しばらくしてから糟屋の一言が俺の運命を変えた。
「ジャンケンして負けたヤツがジュースのパシり、な?」
「お前ら、絶対仕込んだだろぉ!?」
そう言いながらも律儀にメモを取り、買いに行くことになったのは、片桐だった。……ちなみに、全員で「チョキ」を出す、と俺たちはバッチリ仕組んでいた。
そして……。
「うわ、やべぇ!? このプリント提出するのを忘れてた!」
そう言って、糟屋が慌てて出ていったかと思えば……。
「あ。やっぱり片桐くんに頼んだヤツじゃないのが飲みたくなった! 変えてもらってくる~!」
と、脇坂が走り出す。……パシりの意味、無いだろ。
そして、後に残ったのが……俺と、平野だった。
回想を止め、現実に目を向けよう。
……ハッキリ言って、気まずい。
直接的に何かを話したことがない。俺は福島や清奈とばかり話すし、向こうも脇坂とよく一緒にいる。
……俺から話しかけた方が良いのか……?
喋るのはあまり得意ではない。だが、長い付き合いになる仲だ。ある程度は関わっておいた方が良い。幸い、今はお互い勉強中。話題となるネタはいくらでも転がっている。
行くか……!
「平野。……好きな食べ物って何だ?」
……何を聞いているんだ俺は!?
テンパるにも程がある。「この問題分かるか?」とかで良かったのに……。
だが、後悔したところでもう遅い。このまま話を続けるしかない。彼女は首をかしげつつも、答えた。
「……アイス、かな?」
「おぉ。……アイスか。いや、俺も好きだぞ、アイスは」
「……へぇ」
「……」
「……」
やっちまったか……?
再び起こる沈黙に、俺は肩をがっくりと落とした。
……まぁ。別に無理して会話をする必要も無いしな。
諦めよう、とノートを開く。すると、そこで室内に声が響いた。俺ではない。とすると、その声の主は……。
「……オススメの店とか、ある?」
平野だった。彼女は少し赤くなりながらも、話してくれた。その様子が小動物のようで可愛らしかった。
「俺は……残念ながらあまり詳しくない。だから、逆に教えてくれないか?」
「……えっとね……?」
長い長い充電を経て、ようやく会話が弾み出す。めったに喋らない彼女が俺と会話をしている。頬を真っ赤に染めながら、一生懸命に口を回しながら。
……こんな顔もするんだな。
「平野は、笑うと可愛いな」
「……え?」
……俺、今何て言った?
頭で考えていただけだったのに、どうやら口も動いていたようで。
「あ……いや?」
「……」
再び、シーンとなる室内。そこに救世主たちが帰ってくる。
「いや~まさかあんなに怒られるとは……」
「自業自得じゃないか。……にしても、お釣りが出てこないのには驚いたなぁ……」
「片桐くん、ツイてないよね……」
二人の会話も終わりが来たようだ。正直に言って、ホッとする気持ちと残念に思う気持ちが、半々になっていた。
平野の方を見る。すると彼女は視線に気づいたのか、こちらへと近づいてきた。
顔を俺の耳に寄せ、口を動かす。耳元にかかる吐息がどこか心地よい。
「……今度みんなで行こうね?」
「……あぁ!」
顔を見合わせ、どちらからともなく笑う俺たちを、片桐たちはキョトンとした顔で見ていた。
こうして、俺は平野紗香という存在を再認識したのだった。




