泣きっ面に蜂
学生の本分は学習である。
まして、その学生の上に立つものならば尚更である。
暫定生徒会七番は、この二週間をテスト勉強に力を注ぐことにしたのだ。
昼休み。午前中で使い切ったエネルギーを補給するために、多くの生徒が廊下を走り、購買や食堂へと突撃している。
そんな中、俺は歩いていた。
「そんなに急がなくても大丈夫だろ……」
走る人たちを眺めながら、ポツリと呟く。
目当てのパンなど無く、余っているものを買うというスタイルなので、必死になっている人たちを横目にゆったりと歩いていた。
……何となく優越感に浸れるなぁ。
そんな風にいつも通り購買に辿り着いた。さて……今日は何が残っているかな?
「あれ?」
何もない。
「ごめんなさいねぇ。何か今日はみんなが多く買っていっちゃって……」
……優越感に浸っていた自分を殴りたい。
何も残っていない購買を後にしながら、俺は数分前の自分を呪っていた。
「あれ?君は……」
「どうしたの? 鉄ちゃん……って、あ!」
「……うわ」
泣きっ面に蜂、というヤツだろうか。この場合は、空きっ腹に会いたくない人、か。
そこにいたのは、元・暫定生徒会十二番会長……龍造寺鉄雄と、そこで副会長と会計と書記を兼任していた女子……鍋島奈央だった。
「お久しぶり~☆」
相も変わらず高いテンション。会ってしまった不運を、呪うしかなかった。
「片桐くんは昼休みだってのに……ベンキョー、ですかぁ?」
「……うるさいよ、糟屋。良いだろ、別に」
僕は教室でノートを読みつつ、片手で昼食を摂っていた。隣ではすでに食べ終わった糟屋が、紙パックのジュースをズーズーと音をたてて、飲んでいる。
「んなもん、放課後にやれば良いじゃねぇか。今は仮室で勉強会やってるだろ?」
「……あそこだと、教えてばっかで自分のことが出来ないんだよ」
脇坂や糟屋、福島なんかも聞いてくるので大変だ。石田も勉強は出来るのだが……いかんせん、あいつは勉強の説明が苦手だ。天才肌、というヤツなのだろう。
……おかげで脇坂と話せるから良いけど。
「ともあれ、僕だってずば抜けて頭が良い訳じゃないからなぁ……」
勉強しなければ。みっともない点数なんか取れない。
「おー、おー、真面目なこった。……張り切りすぎんなよ?」
そう言って、糟屋は背を向ける。さりげない気遣い。
……こういうことが軽く出来るのがスゴいよなぁ。
と、そこでハッと我に帰る。
「……いや、お前はもっと張り切れよ!」
お前、授業中は寝てばっかじゃねぇか。
中庭。
「半分どう?」
龍造寺はそう言って、自分のパンを割った。泣きっ面に蜂なんかじゃない、地獄で仏とはまさにこの事じゃないか? と、受け取ってから、軽い後悔の念に襲われる。
……借りをつくってしまった!?
「それにしたって、奇遇だね~?」
鍋島が話しかけてくる。……別にこいつに心を許している訳じゃないんだが。
「……どうして解散なんかしたんだよ」
そんな言葉しか出なかった。そもそも関わりなど皆無なのだ。話題なんてそれしか無い。
「僕たちにも色々あるってことだよ。奈央はどうだい?」
「う~ん。やっぱり~鉄ちゃんの下で働いている方が楽しかったな~って感じ?」
……何か違和感があるような……?
そんな風に感じた疑問も、二人の会話を聞いているうちにどこかへ行った。
「ずいぶんと仲が良いんだな?」
龍造寺は二年で、鍋島は一年だったはずだ。生徒会以外で、何か接点があるのだろうか?
「あぁ。家が近いんだよ」
「家族ぐるみのお付き合い、だもんね☆」
鍋島は相変わらずウザいが、龍造寺についてはその人柄に好感を持った。少し話しただけで、彼の性格の良さが伝わってきた。
……自分が生徒会に関わっていなかったら、この人を支持しただろうな。
「そろそろ行こうか、奈央」
「お? そだね~それじゃあ……」
と、彼女は笑顔を見せた。しかし、それはあの時……俺の過去を告げたときのような、人に対して、何とも言いがたい不安を与えるような笑顔。
愛嬌と悪意が混じりあった笑顔。
「またね☆」
彼女は背を向ける。
……その時の俺は、その意味を社交辞令的な、ただの挨拶だと思っていた。
そして、俺は後に気づく。
その言葉は、宣戦布告の挨拶であった、と。




