前日譚:踏み出す~脇坂と平野~
入学式から少し経ち、クラス内でグループが出来上がってきた頃……彼女は一人で窓の外を眺めていた。
春の風で揺れるポニーテールとマフラー。
さらにその少女の顔が端整なことから、それは完成された美術品のようで。
多くの人が触れるのをためらっていた。
ただ一人を除いて。
「平野ちゃん!一緒におべんと食べよう?」
「……脇坂、さん?」
私はこの美術品のような娘のことが気になっていた。
私……脇坂安菜は中学の頃、軽いイジメにあっていた。
けれど……そのことについて、私は嫌だと思ったけれども、自業自得だ、とも思っていた。
いかんせん、私はドジをよく踏む。それもあり得ないようなテンプレートなドジを。
周りから見れば、わざとやっているようにしか見えないらしい。キャラ作りのためだ、と。
ならば、それは私のせいだ。
けれど、彼女……平野紗香は違う。
彼女はタイミングを掴めなかっただけだ。
そして気づいた頃には、型にはめられていた。
「喋ることの無い、綺麗な美術品」という型。
一度はめられた型から逃れることは、難しい。
少なくとも、一人では。
「脇坂ちゃんって髪サラッサラだよね~。シャンプー何使ってるの?」
「別に、普通のだよ……」
何でもない会話。
明日になってしまえば、彼女は忘れてしまっているかもしれない。
本当は、彼女は嫌がっているのかもしれない。
それでも、私は話しかけた。
時たま見せる笑顔だけが、私の不安を解消してくれた。
転機。いや、天が与えた機会……天機と言うべきだろうか。
……もっとも、そんな言葉は無いんだけれどね。
一つの校内放送が、私と彼女の未来を大きく変えたのだ。
『ピン、ポン、パン、ポーン!暫定生徒会七番会長、木下でーす!えーっと、迷子のお知らせを申し上げま~す!』
その校内放送は……放課後、唐突に流れた。
『生徒の中で……誰かの役に立ちたい、自分を変えたい、退屈したくない、みたいな悩みを抱えている方がおりましたら……暫定生徒会七番まで来てくださ~い!』
別段、喋りが上手いと言うわけではなかったと思う。
けれども、その一言一言は私の胸に刺さる。
『ピーン、ポーン、パーン、ポン!』
「今の……何なんだったんだろうね?」
と、彼女を見る。
彼女は泣いていた。
「どうしたの!?」
彼女は、私が驚いていることに対してむしろ驚いていた。
そして、彼女は私に言った。
「……脇坂さんこそ、どうしたの?」
手を顔にやる。温かい液体が流れていた。
私も泣いていたのだ。
何がなんだが分からない。
分からないけど私たちは泣いた。
そして、平野ちゃんは語ってくれた。
喋ることが苦手なこと。
マフラーには理由があること。
本当はもっと話したいこと。
そして……。
「……こんな自分を……変えたいな、って」
気づくと、私も語っていた。
よくドジを踏むこと。
そのせいで迷惑をかけてきたこと。
そして、最後にボソッと呟いた。
「私も誰かの役に立ちたいよ……」
言い尽くした私たちは相手の顔を見つめ直した。
……美術品、なんかじゃないよね。平野ちゃんはただの女子高生だ。
やがて、平野ちゃんと目が合い、急に気恥ずかしくなった私たちは、誤魔化すように笑った。
どちらから言い出したのかは覚えていない。
私たちは教室に向かっていた。
扉の前には二人の男子。正反対な印象だが、仲は良さそうで……どこか私たちを連想させた。
……あ、この人たちもかな……!
あの放送のメッセージが届いた者同士。
これから仲間となる人たち。
横を見ると、平野ちゃんも笑っていた。
「楽しみだね?」
「うん……!」
ここから始まる、新たな自分。
「よし!せーの、で入ろうぜ?」
「「せーの!」」
真面目そうな男子にドアを開けてもらって……。
扉の向こうへ、一歩踏み出す。




