平手
龍造寺鉄雄は決して無能では無かった。むしろ人望は厚く、彼こそ会長にするべきだ、と言う者もいた。
しかし、彼が率いた暫定生徒会十二番は、解散した。
彼は自ら退いたのだ。
その理由は、友人にも役員にも明かしていないという。
暫定生徒会十二番の参謀、鍋島奈央を除いては。
「チャンスと考えるか……いや、罠かもしれない……」
石田くんはさっきからブツブツと何かを呟いている。もちろん、その理由は分かっている。
南校舎、島津貴大率いる十番に相対を挑むかどうかだ。
俺はかなり迷っていた。
そもそも、暫定生徒会同士で相対をするのは、ライバルを減らすだけが理由ではない。
どこかの暫定生徒会が敗れ、解散した場合……その生徒会の支持者は新たに支持する所を探す。
他の所に入れたくないために無記入……なんて例は稀だ。
勝利によって新たな支持者を得る。このことも相対をする理由だ。
つまり……。
「十番に勝利することは……南校舎の支持率をほぼ全て手に入れたも同然、ということだ」
得だ。
草むしりをするよりも効率的だ。
……だが、得すぎる!
参謀、鍋島奈央。
彼女が居ながら、どうして解散をした?
彼女は十二番生徒会を真の意味で指揮していた。
龍造寺は象徴でしかなかったはずだ。
だったら、どうして?
俺は彼女を過大評価していただけなのか?
自らの失態を認めたくないために、彼女を高めていたのか?
……分からない。
あの一件以来、決断が怖くなった。
俺の決断が、七番生徒会の進路を決めてしまう。
苦しい。
胸が締め付けられる。
その時、手にあたたかいモノを感じた。
「……落ち着いて」
私は、気がつくと彼の手を握っていた。
放っておけなかった。
黙って見ていられなかった。
私がどんなに彼を気遣っても、彼はそれに苦しむ。
私がどんなに彼を想っていても……私の想いは、おそらく彼の重しになる。
それでも私は、黙っていられなかった。
彼女はどうして……どうしてこんなにも優しいんだ……?
俺はいつになったら、彼女に恩を返せるんだ?
俺はどんなことをしたら、彼女に恩を返せるんだ?
「……ありがとう」
久しぶりにこの言葉を口にした気がする。
照れくさくて、普段は滅多に言わない言葉。
その事に気づいたのか、彼女はクスリと笑った。
……ホントに似てるな、あの娘と。
中学時代、隣の席でいつも眺めていた女子、吉松。
……前に進むと決めたのに、また後ろを振り返っている。
こんなんじゃダメだ。気合いを……!
「大谷……俺を叩いてくれ」
決意の現れ、のつもりだった。
「大変な場面に出くわしてしまった……」
脇坂が葉で指を切ったというので、必然的に僕が保健室へと連れていくことになった。けれど先に行った二人はいない。
そして処置をした後の帰り道。僕らは見てしまった。
「大谷……俺を叩いてくれ」
真剣な顔でそんなことを頼む石田を。
「片桐くん?」
脇坂が不思議そうな顔で僕に問いかけてくる。
「……男子ってああいうのが好きなの? マゾなの?」
脇坂!?何てコトを聞いてくるんだよ……!
「いや……全員ってワケでは無いんじゃないか?」
石田はどうやら……そうらしいが。
へぇ~、と言って彼女はまた二人を見始めた。
「……分かったわ」
彼の中でも何か思うところがあるのだろう。
……一瞬引いちゃったけど。
「じゃあ……行くわよ……」
バチィン!
私なりの全力を込めた平手。それは彼の心まで届いたようで。
「……手加減しないのかよ」
彼は吹っ切れたような笑顔を浮かべていた。
「ねぇ、片桐くん?」
再び、脇坂の問い。
「片桐くんも……ああいうのが好きなの?」
ホントに何てコトを聞いてくるんだよ……!
「いや……僕は別に……」
好きじゃないに決まってるだろ、と言いかけて止めた。
はっきり言って、僕は脇坂に好意を抱いている。
……話している内容は違えども、面と向かって「好きじゃない」とか言うのは何だかキツい。
そんな僕の葛藤は、彼女にどう映るのだろうか……?
「……大丈夫!任せといて!」
……最悪な形で反映されていた。
「いや、待て!ちょっ……」
パシィン!
僕の中で、何かの扉が開いた気がした。
「戻ろう……!」
考えはまとまった。腕章に手を当て、ピッと整える。「副会長」の刺繍はいきいきと輝いていた。
生徒会政争は中盤戦へと突入する。




