俺のマニフェスト
生徒総会。
生徒会が前年度の予算の収支を報告したり、今年度の予定を説明するという重要な行事である。
しかし、生徒たちに真剣さなど無い。
居眠りをするものがほとんどだ。一般生徒たちからしたら、難しい言葉ばかりが並んだ説明など分からない。
できる人に任せておこうと言う考えだ。
「……それでは何か質問や意見のある人はいませんか?」
司会担当の役員が進行通りのセリフを言う。
「無いようなので次に移りましょう」
30秒も経たないうちに次のセリフを口にする。
だが。
「それでいいのか、生徒会?」
男子生徒がステージに近づいてくる。
「それが学校の核を担う生徒会の仕事か?」
やがてその男子は壇上へと上がり、マイクを奪う。
キィィィン!
マイク特有の乱れた音。居眠りしていた生徒も目を覚ます。
「俺はこの腐った生徒会には堪えきれない……俺はここに新たな生徒会を立ち上げる!」
無音。
壇上の役員も生徒たちも、誰も何も喋らない一瞬の後……。
「「ワァァァァァ!」」
轟音。歓声が湧いた。
この事件に教職員は慌てたものの、理事長はこれを容認。さらにそれが制度化されることになった。いわく、「生徒の自主性と交渉能力を高める」ための制度。
これが「生徒会対立制度」通称「生徒会政争」の始まりである。
「と、言うわけ。……コレ、さっきの入学式でも言ってたけれど?」
「いや、眠ってたし……」
入学式での喚声はコレか。生徒会対立制度。暫定生徒会。ワクワクしだしそうになる自分を抑える。その様子を見ていた大谷は少し微笑み、話を進める。
「石田くんは……そうね。副会長とかどう?」
「ちょっと待ってくれるか? ……俺はやるなんて言ってないぞ?」
俺は目立ちたくない。ただただ何もせず、何事もなく卒業したい。高校ではそうすると決めたのだ。もう、二度と繰り返さないために。
「でも石田くん、そういうの好きでしょ?」
「え?」
何で彼女はこんなにはっきりと言えるんだ?俺とどこかで会ったことでも……?
「相変わらずスゲぇな、大谷の分析。見ろよ、あの顔。図星みたいだぜ?」
分析、ねぇ……だとするとスゴい能力だ。事実、俺は好き……いや、好き「だった」。
ふと、ニヤニヤしながら喋る先輩に目をやる。第一印象を一言で表すなら「頭悪そう」だ。大谷の知り合いか?いや、ここにいるということは……。
「おっと、自己紹介してなかったな。俺がここの暫定生徒会長、木下大喜だ! いやー。まさか大谷がこんなに早く見つけてくるとはなー!」
腕にある腕章を掲げながら話す。
こんなのが生徒会、すなわち学校の頂点を目指すのか? ……って俺は何を期待してたんだ? どんな人物だろうと関係ないだろ。
「とにかく!……俺は生徒会なんてやりたくない」
「俺さー……ちょっと考えてることがあるんだよね……」
唐突に木下が喋りだす。その目は、俺の方を向いていながらも見ていない。
「この制度なんだけどさ。確かに最初はスゲェ革新的だったらしいんだよ。実力とか野望とかがあるヤツがウジャウジャいて、皆が生徒会の動向に関心を持ってて……」
でも、と木下は続けた。彼は手や体を動かしながら、訴える。
「今、大半のヤツが『めんどくせぇ』って思ってんだぜ? だから、力のあるヤツが好き勝手やってる。この制度、意味無いっつーわけだ」
不思議な感覚。特別喋りが上手いわけでもない。だが、自然と耳を傾けていた。
「だから、俺はこの制度を無くす。……マニフェストだっけ? コレが俺の、俺たちのマニフェスト」
ほらよ、と投げられたのは腕章。書かれている役職は……。
「副会長。こういう伝統行事ってさ、無くすのムズいんだろ?俺はバカだからさ……支えてくれよ」
木下はニッと歯を見せて笑った。
帰り道。一人、今日のことを考えていた。あの時、俺は断りきれずに「少し考えさせてくれ」と言った。
それに対する返答は「明日の所信表明演説で待ってる」だった。
「……支えてくれよ、か」
俺は誰かの力になれるのだろうか?
その問いに、夕焼けは答えてくれない。