黄金色の輝きが消えてしまう前に
ピロロロロ……ピロロロロ……。
無機質な着信音が部屋に響き、目が覚める。スマートフォンのロックを解除。「糟屋」と表示される。
「……もしもし?」
『かったぎーりくーん!あーそーぼ?』
ピッ。ツー……ツー……。
僕は通話を止め、本体の電源を落とした。
「朝か……」
何ごともなかったかのようにカーテンを開けると、気持ちいい日差しが入ってくる。耳を傾けると、鳥のさえずりが……。
「……ったぎーりくーん!」
「え?」
窓を開けて、下を見る。そこには糟屋がニヤニヤしながら立っていた。
「遊びに行こうぜ?」
四月の終わりから、五月の頭にかけての連休……ゴールデンウィーク。
黄金色に輝く日々。
その最終日。暫定生徒会七番の役員たちの物語。
「お待たせ~」
「……待ってないよ」
駅前。私は紗香ちゃんと買い物に来ていた。前から一緒に遊びに行きたいと思っていたけれど、中々予定が合わなかった。ゴールデンウィークの最終日。ようやく念願が叶ったワケだ。
「それにしても……」
紗香ちゃんの服装をチェック。シンプルにまとまっていて、カッコいい系のファッション。だけど……。
「そのマフラーはやっぱり着けるんだ……」
「大切なモノだし……」
「……でも、マフラーもしっかりファッションとして成立してるから文句を言えないんだよね~」
まぁ、それはさておき。
「今日はいっぱい楽しむよ~!」
おー、という声が控えめに聞こえた。
駅から少し離れた所にある、古びた道場。
「始め!」
福島と大学生の練習試合が始まった。
妹、清奈は試合に釘付けとなっている。というか……。
「福島ー!」
……福島に釘付けだ。
兄としては妹が少し心配だ。これだけの猛アピールをしておいて、周りに気付かれていないと思っている。
妹の応援をするのはやぶさかではないのだが……もう少し落ち着け。
さて、その福島。大学生ということで経験も違い、上手い。福島は組み手で大分苦戦しているようだ。
組み手とは、技をかけるための軸となるモノだ。
右組みの人なら、右手で襟を掴み、左手で相手の右裾を掴む。左組みの場合はその逆だ。
技がかけ易くなるか、かけ難くなるかは、この組み手で決まる。
相手は上手く牽制して福島に良い所を掴ませない。それでいて、ちゃっかり自分はかけ易い体勢を整えている。
「行った!」
足払い。手本のように綺麗に決まる。審判役の師匠が、右手を真っ直ぐ上に挙げる。
「一本」だ。
福島が上半身での組み手に集中している中で、油断している足を狙う。
「ハッハッハ!……ちょっと前まで……中学生だったヤツにゃ……負けねぇよ!」
そう言いつつ、息は荒い。余裕ではなかったようだ。
「もう一本! お願いします!」
「え?……ちょっと待って…………」
「福島、ファイト!」
……ゴールデンウィークはこうして過ぎていく。世間とはズレているかもしれないが、これが俺たちの休日だ。
バァン!
畳を叩く音が響く。
「……ったく。いきなり呼び出されたから何かと思えば……」
「ちょっと買い物に付き合ってもらってるだけじゃない。返したいんでしょ、借り?」
ゴールデンウィークはほとんど家にいた。人混みは苦手だし、そもそも用事もないからだ。呼ばれなければ、今日も部屋にいるつもりだったくらい。
「それにしても……何かデートっぽいわね?」
「っ!」
「……冗談よ」
「あ。あぁ……冗談か。アハハハ……」
……何かすごく微妙な雰囲気になってしまった。
こういう感情にもケリをつけないとな……いずれ。
考え事のせいで、大谷が小さく呟いたことに気付かなかった。
「…………『デートだと思ってた』とか嘘でも言いなさいよ、まったく……」
五月晴れの青い空は、いつしかオレンジに変わる。
この黄金色に輝く日々に終わりが近づいているのだ。
「楽しかったねー!」
「……うん」
「いっぱい喋れたし、遊んだし……また行こうね?」
「……約束」
小指を立てる平野ちゃんが可愛い……。うっかり惚れちゃいそう。
慌てて、私も小指を立てる。指切りなんて久しぶり。
「さてと、ちょっとお茶してから帰ろっか」
「は~疲れた……」
「でも、福島スゴいよ!あの後、結構投げてたじゃん?」
「あぁ。……それと同じくらい投げられたけどな」
福島と清奈の話が盛り上がる。そして、俺は一歩引いて会話を聞いている。
良い雰囲気だ。……頑張れよ、清奈。
「っにしても腹減ったな~」
雰囲気をぶち壊す一言。空気読め、福島……!
「あ~そう言えば、私も」
……お前もか、清奈。
ハァ、とため息を一つ。
「……じゃあ、どっか寄っていくか?」
二人の顔が輝いた。
「夕方だね~」
「夕方だな……って夕方!?」
慌てて時計を見る。時計の針は無情だ。
……嘘だろ? 貴重な僕の休日が……。しかも、何かぶらぶらしてただけだし……。
「まぁまぁ、そう言うなって~。あ!何か食う?俺、オゴるぜ?」
「……前にお前がオゴるって言ったくせに、払ったのは結局僕、ということがあったんだが……」
「ファミレスあるじゃん!さ、行こーぜ!」
「聞けよ!?」
「結構遅くなっちゃったわね……。ゴメン」
「……いや、別に良いって。どうせ予定もないし」
夕方。遊歩道を歩きながらそんな話をしていた。
「……わりと楽しかったし」
「え?」
「……何でもない」
実際、楽しかった。学校では見れない、大谷の意外な一面が見れたというか……。
「気は晴れたみたいね?」
「え?」
「前に倒れてから、考え込んでたみたいだから……」
それで誘ってくれたのか……。借りを返すどころか、さらに借りを作ってしまったワケだ。
でも、嬉しかった。……もちろん、そんなことを言うのは恥ずかしくて。
「……やっぱお前の分析能力はスゴいな」
そんな言葉しか出なかった。
「そんな漫画っぽいモノじゃないって……。それに……」
大谷の顔が赤っぽく見えるのは、夕日のせいだろうか、あるいは……。
「分析なんかしなくても分かるわよ。……普段からあなたを見てればね」
気が付いたら、俺は大谷の手を握っていた。
不思議そうに自分の左手と俺の右手を見つめる彼女に対して、緊張しながら言う。
「どうせデートごっこをするなら……徹底してやろうぜ?」
その時の大谷の笑顔は何よりも輝いて見えた。
前から見覚えのある二人が歩いてくる。
「あれ? 片桐くん、それに糟屋くんも!」
「あれれ~脇坂と平野じゃ~ん! なになに? ひょっとしてデート?」
「そんなわけないだろ!」
「ううん……デート」
「「え!?」」
「あ、ゴメン。……冗談」
平野ちゃんって結構ジョーク好きなんだよね。一日、一緒にいてそういうことも分かってきた。
……ってアソコにいるのは。
「何だお前らもメシか?」
ファミレス前。いざ入ろうとしたとき、四人が歩いてくるのが見えた。
「うん!そこでバッタリ会っちゃってさ~。三人は?」
「私たちは稽古に行ってきたトコ。……二人とも私服可愛いね!」
そう言う清奈はジャージだ。何だかんだで気にしてるのかも。
「……ねぇ、あっちから歩いてくるのって……」
平野が驚きながら指を差す。
「お~い!石田~!大谷~!」
「げっ!?」
何でこんなところに……? よく見ると、庶務七人が全て揃っている。こんなトコ見られたら……。
「……デートごっこもおしまい、ね」
ゆっくりと手を離す。その動作が名残惜しそうに見えるのは、俺の主観が入ってるからだろうか。
「また誘っても良い?」
小声でそんな言葉が聞こえた。こちらを見つめる大谷に、頷いて意思を示す。
それを見て、彼女は皆のもとへ向かった。
「え~!ひょっとして……デート?」
「……たまたまそこで会っただけよ」
……また、か。
皆の会話を聞きながら、小さく笑った。
「よ~し!積もる話は店の中で!片桐がオゴってくれるらしいぜ~?」
「糟屋、やめろぉぉぉ!」
夕日を眺めながら、できることならもう少し沈まないでほしい、と思ってしまった。
「あれ?誰か忘れてるような……?」
「……バカは風邪を引かないって、嘘だったんだなぁ……」
木下は布団の中で一つ、ため息を吐いた。




