ビターメモリー
混濁する意識の中で、とある記憶が目を覚ます。
忘れもしない話。
忘れたくても忘れられない話。
俺が、口を、活力を、希望を、恋を、何もかもを捨てることになった中学二年の秋。
苦く苦しい、過去の話。
「私が思うに……」
中学二年の俺は、今よりもはるかに快活だった。ペラペラといつも話し、喋っていないと死ぬのでは? と疑われた程だ。
運動は苦手。だからこそ、喋る能力で相手を負かすことができる口論や交渉にハマった。そこでは敵無しだった。
そんなある日、事件は起きた。
「鞄を机の上に置き、荷物を全て出しなさい」
甲斐という女子生徒の給食費が盗まれたという。そして始まる持ち物検査。もちろん自分は犯人ではないので、パパっと中身を出して頬をついていた。
「え?コレって……」
隣で不思議そうに驚く声がした。
俺の隣の席にいる吉松という女子生徒の鞄から、その封筒は出てきた。
調べてみると、その中身が無い。吉松が職員室で尋問されている間、俺は誰に頼まれてもいないのに頭を働かせていた。
その時、俺は確かに純粋な気持ちで推理を楽しんでいた。だが、あそこまで一生懸命になったということは、やはり少なからず彼女のことを想っていたのだろう。下心が無かったといえば嘘になる。
そして、俺は事件の解決へと動き出した。
「甲斐さん。あなたは自分で使い込んでしまったんじゃありませんか?」
中学二年なんて大人なようで、まだまだガキだ。
表情を隠すこともなく、あからさまに甲斐は動揺した。
俺はいつもよりも苛烈に責めた。いつものように感情を考えることもせず、ひたすらに責めた。
そして、真実を話すと誓わせた。
俺は満足げに立ち去る。
真相を明らかにすれば、犯人は罪を償い、皆は幸せになる……そう信じていた。
甲斐だけではない、俺もガキだったのだ。
昇降口に出たところで、同年代の男子に囲まれた。
何だ、と声を出す間も無く、校舎からの死角である昇降口横に連れていかれる。
その後のことはよく覚えていない。
ただ、気がついた時、俺は地面に寝転がっていた。
まず感じたのは、草と土、そして、鉄の匂い。
次に全身に鋭い痛みを感じ、俺は病院に運ばれた。
ここまでの記憶も確かに辛い。
だが、俺が本当に絶望したのはその後だ。
二週間の入院生活から解放され、教室へと入った時に気づいた。
彼女の、吉松の席が空いていたことに。
彼女は転校したらしい。
どうしようもないくらいの後悔。
そして感じる無力感。
俺のせいだ……俺のせいで彼女は転校に追いやられたに違いない。
俺は、口を閉じた。
「…………くん……い……だくん! ……石田くん!」
ハッと目が覚める。
温かい。
よく見ると、俺は大谷のふとももを枕に寝転がっていた。覗き込んできた大谷と目が合う。
「…………良かった……!」
今にも泣きそうな程だ。
そんなに心配してくれたのか……。
改めて今の置かれている状況を考えると、妙に恥ずかしい。
起き上がろうとしたが、大谷の人差し指が額を押し、俺の動作を止めた。
「……まだ寝ててもいいわよ?」
穏やかな笑顔。どことなく「彼女」に似ている。
今では彼女もこうして、笑っていられるのだろうか?
分からない。俺は……。
「大丈夫」
問いかけではなく、断言。
「あなたは間違っていない。……大丈夫だから」
その一言は今の俺にとって、何よりも響いた。
「もう起き上がる?」
「……あと三十秒」
「そう……」
南校舎には……いや、この世界には俺と大谷しかいないんじゃないか?
そう思うほどの静寂。
「はい、三十秒。起き上がって」
「……えぇ? 何でそんなにきっかり三十秒? ……まぁ、お前らしいけどさ」
普通、多少の融通は利かせるだろうに。
「ふふ。行きましょう。紗香ちゃんには、先行して状況を説明してもらっているから」
「あぁ……!」
乱れていた腕章を直し、進み出す。
大谷には何か礼をしないとな……。




