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縮まらない距離

 ミルワナと魔法使いハーニスの間の距離は、どこまで行っても縮まることはなかった。


 ただ必死に神の力で戦いに参加し、戦いがない時は戦士リューイに祈るだけなのだから、縮まりようもないだろう。


 あれ以来、ハーニスはもはや彼女に声をかけることはなくなっていた。


「意外と通じてるみたいですよ」


 聖騎士ロウンにそう微笑まれたが、ミルワナはとてもそんな気はしない。


 相変わらず、ハーニスは命を粗末にして、彼女の胸を締め付ける。


 しかし、そんなつれない魔法使いの変化に、ひとつミルワナは気づいた。


 彼女の自分に対する態度が変化した──わけではない。


 朝、宿から出立する時、朝日に照らされた彼女を見て、『それ』に気づいたのである。


「魔法使いハーニス、少し色が白くなってる?」


 自分でも驚くほどぽかんとしたまま、ミルワナはそれを口にしていた。


 彼女の黒い髪も、黒い瞳も褐色の肌も、どれもほんのちょっとだけではあるものの、黒の色が褪めたように見えたのだ。


、その刹那に、鋭く反応したのは二人だった。


 戦士リューイと、魔法使い本人。


 驚いた二人が、一瞬互いの視線を絡めたのだ。


「そう言われてみれば……そんな気もしますね」


 聖騎士ロウンは、しげしげと彼女を見つめながら同意してくれた。


 毎日一緒にいるから、微かな変化というものは分かりにくい。それが、砂粒ひとつ分の変化であれば、なおさら分かるはずがない。


 けれど、ミルワナが合流してからこれまでの期間だけでも、本当にほんの少しではあるけれど、彼女を捕らえていた黒が減った気がするのだ。


「戦士リューイのおかげ? あなたの中性の力なら、魔の黒を薄められるの?」


 パアアアアアア。


 いまそこに上っている朝日にも負けないほど、ミルワナは晴れやかに笑っていた。


 やっぱり、と。


 やっぱり、戦士リューイに祈ってよかった、と。


 魔力の器が、毎回毎回空になって破れるほど使い切るハーニスである。


 その空になった器の中を満たすのは、リューイの力。


 汚泥にまみれた沼も、清流を少しずつでも注ぎ込んでいけば浄化されることもあるように、魔の器もまた、神の加護をもたない男の力で洗われ続けているのかもしれない。


 何もかもなかったことには出来ないが、少なくともハーニスの外見だけでも、元に戻るのではないか。


 ミルワナは、そう希望を持たずにはいられなかった。


「……」


 リューイは、黙ってハーニスを見ている。


 物言いたげだったが、その唇は動かない。


 そんな彼の視線を、魔法使いは避けるように歩き出した。


 その背中は、朝日に包まれていても、自分を隠す影を探しているように思える。


 見るな、と。


「魔法使いハーニスは、希望を持ちたくないんですよ」


 一番先頭をハーニスが。


 少し遅れてリューイが。


 その二人からもう少し送れて、ミルワナとロウンは歩いた。


 頭がいいだけではなく、深い洞察力にも優れているこの聖騎士に言わせると、彼女は希望も幸福も手に入れたいと思っていないのだ。


 ただ、自分の命を使って、魔族を一匹でも多く滅ぼすだけ。


 復讐心だけが、彼女を生かす糧になっているのだと。


 そんなことはないと、どうやってハーニスに伝えることが出来るだろうか。


 ミルワナは、ずっとそれを考えていた。


 いま彼女は生きているし、昔のような苦痛しかない時間は、もはや彼女の側にはない。


 神の加護のない男が共にいて助けてくれるし、彼が無事である限り、近い未来に魔王は倒されるだろう。


 そうなれば、ハーニスは自由だ。


 何かを憎む必要も、そのために生きる必要もなくなる。


 そう考えて、ミルワナは必ず魔王を倒すことを、改めて心に誓った。


 ハーニスを自由にするスタート地点は、何はともあれそこなのだから。


 戦いの最中、ミルワナは新しい二柱の戦神と契約した。


 静謐な世界では、契約出来ない神もいるのだ。


 ぎりぎりの、命のやりとりの果てであればあるほど、強い神が彼女に近づくからである。


「貴女まで、無茶しないで下さいね」


 焼け焦げたミルワナの皮膚を、癒しの神の力を下ろして治してくれながら、聖騎士ロウンはため息混じりに言った。


「いいえ、無茶します、ごめんなさい」


 そんな彼には、本当に悪いと思っている。


 補助に回るはずの神子が、最前線でむちゃくちゃしているのだから、彼にしてみればたまらないだろう。


 帰り道を作るのが最大の仕事であるミルワナが死んでは、彼らの旅の成功はないのだから。


 しかし、まだ彼らは魔界に入っているわけではない。


 帰り道の心配は、まだしなくていいのだ。


 もしも、彼らと共に行けなくなるほどの大怪我をしてしまったならば、最悪、別の女性の神子でもいい。


 自分の代わりがいるのだと思ったら、ミルワナに怖いものはなくなったのだ。


「魔法使いハーニスのためにも、無茶しないで下さい」


 ロウンは、少し表情を険しくした。


 穏やかな彼にしては、珍しい表情だ。


「魔王に勝った時、貴女がいなければ意味がないのですから」


 他の神子では、意味がないのです。


「……?」


 ロウンの言葉は、ミルワナにはよく分からなかった。


 ただ、彼もまたハーニスのことを心配しているのだと分かって、彼女は嬉しくなった。


 どちらかというと、彼は一歩離れて傍観に徹しているのかと思っていたからだ。


 ミルワナの存在が、彼女にとって必要であると言われ、照れくさかった。


 でも、彼の希望には沿えないとも思った。


 安全なところに身をおいて、それこそ一歩も二歩も遠いところにいては、ハーニスにちっぽけな祈りなんか、届かない気がしたからである。


「ごめんなさい、聖騎士ロウン」


 一番とばっちりを受ける男に、ミルワナは誠心誠意のお詫びをするしかなかった。


 穏やかな彼の表情が、むっつりとした不機嫌なものに変わってしまったことにも、やっぱりお詫びをするしかなかった。



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