神子の意味
魔王を倒す彼らに、一番必要なものが「神子」だった。
ミルワナは、彼らの旅に同行しながら、いつも魔法使いハーニスのことを見ていた。
彼らは、瘴気の濃いところへ向かっている。
瘴気により魔界とつながった部分を、元に戻すのも仕事だが、最終的な仕事は、人間が通れるほど大きな瘴気の穴を通り、魔界に行くことである。
その先に、魔王がいる。
魔王を倒せば、統合されていた魔族は再びバラバラになり、生み出される瘴気の量は激減し、人間界に影響しなくなるのだ。
その際、瘴気により接続されていた、魔界と人間界の道が閉ざされる。
人が魔界に行き、魔王を倒すまではいいが、帰れなくなってしまうのだ。
そこで必要とされるのが、神子だった。
『道の神』と契約をしている神子であれば、人の世界に帰る道を作ることが出来る。
理論上、人の世界から魔の世界へ道を作ることも可能らしい。ただ、実際に成功したことはない。
魔王のいる魔界の力の前では、道の神であっても勝手に道を作ることが出来ないらしいのだ。
そういうわけで、ミルワナは彼らを安全に人の世界に戻す道を作る者として、仲間に加えられたのである。
そこまでは、何の違和感もない。
しかし、ミルワナは既に大きな違和感を覚えていた。
何故、彼らは出発時に神子を伴っていなかったのか、ということだ。
最初から、魔王を倒すのであれば、神子の同行は常識だろう。
王都の神殿で、一時期ミルワナも修行したことがあるが、道の神と契約をした神子なら、それなりにいたはずである。
何故、こんな道半ばの神殿で、彼女を誘う羽目になったのか。
その答えは、聖騎士ロウンが、他の二人が聞いていないところで教えてくれた。
「神子ミルワナの前にも、ちゃんといましたよ。神子イフサという男の方が」
聖騎士ロウンは、頭のいい男だ。
騎士の称号も数あれど、聖騎士の名をいただくには、二つ以上の神と契約の出来たものでなければならない。
物理的な強さと、そして神子に近い能力が必要なのだ。
自分を加護している神と契約するのは、さほど難しくはない。
しかし、それ以外の神との契約は、生半可な修行ではかすりもしないのだ。
そんな聖騎士の肩書きを持つロウンは、途中で合流したミルワナに、順を追って説明をしてくれた。
それで、ミルワナは全てを理解することが出来たのである。
魔王退治に旅立った時の仲間は、戦士リューイと聖騎士ロウン。そして、神子のイフサの三人だったという。
その途中、瘴気に包まれた村で、彼らはハーニスと出会ったのだ。
魔族に支配され、真っ黒に染め上げられた彼女と。
彼らは、ハーニスを支配している魔族を倒し、彼女を解放した。
その時、ハーニスは言ったというのだ。
『私に、憎い魔族を殺させてくれ』と。
決して足手まといにはならない。殺したいのだと、切に訴えられ、戦士リューイは彼女の同行を受け入れた。
彼が了承すれば良かったことは、ミルワナにも分かる。
何故なら、リューイだけが仲間の中で、神の加護のない強い人間だったのだから。
彼一人であったとしても、おそらく魔王を倒すことは出来る。神子も聖騎士も、彼の邪魔をしないように補助をする程度に過ぎないのだ。
そして──魔女ハーニスは、戦士リューイと同じ側の人間として彼らの旅に加わったのである。
ここで、どうして『無事魔王を倒すことが出来ましたとさ、めでたしめでたし』にならならずに、神子が入れ替えになったのか。
その話は、ミルワナの聞くに堪えないものだった。
魔法使いが魔法を使うには、魔力が必要である。
これは、いままで魔族により、ハーニスに供給されていたものだ。
しかし、既に魔族から開放された彼女は、使った魔力を補給することが出来なかった。
その魔力を、別の力で代替して供給したのが──戦士リューイだった。
「その、神子殿には少々刺激が強いかもしれませんが、主に体液、唾液や男性の──などが、それですよ」
聖騎士の口から、そんな単語を聞くことになるとは思ってもみなかったミルワナは、一瞬硬直した。
そして、すぐ後に戸惑いながらも納得した。
ひどい戦いの後、リューイは彼女の手を引き、自分の部屋へ招いていたのだ。
話があるのだろうくらいにしか思っていなかったミルワナは、己の浅はかさに両手で顔を覆った。
魔族に虐げられていたハーニスが、まともな方法で魔力を注がれていたはずがないのだ。
彼女が読んだ書物では、そこまで詳しく書かれてはいなかった。
神の加護を受けないリューイだからこそ、魔にも神にも属さない、中立の力をハーニスに注ぐことが出来たのだろう。
それを、勘違いした男がいた。
ミルワナの前の神子、イフサである。
彼はあろうことか、ハーニスに己の欲望をぶつけようとしたというのだ。
何とか未遂で済んだが、神子イフサは魔女にたぶらかされたと、わめきたてたらしい。
戦士リューイは、そんな彼を取り合うことなく、仲間から追い出した。
「神子ミルワナ……そんなに泣かないで下さい」
その話を聞いて、彼女が平静でいられるはずがない。
柔らかな聖騎士ロウンに慰められるが、ミルワナは己の涙を止めることが出来なかった。
どうして女の神子である自分が指名されたのか、その本当の意味にようやく触れることが出来たからである。
ただでさえ魔族に虐げられたハーニスの傷を、味方であるはずの神子が抉ったのだ。
同じ肩書きを持つ者として、申し訳ないなんて話ではなかった。
彼女の代わりに、自分がその神子を八つ裂きにしたいと思ったほどである。
ハーニスの悔しさを思うと、涙がとめどなく溢れた。
「どうして神様は、どなたも彼女に加護を下さらないのでしょう。どうして、どうして……」
救われなければならない魂が、ほんのすぐ側にあるというのに、ミルワナではどうすることも出来ないのだ。
たとえ、彼女の幸せを神に祈ったところで、決してどの神にも届くことはない。
「神子ミルワナが、そんな風に彼女のことを思ってくれることが、きっと彼女の加護になりますよ」
聖騎士ロウンは、そう言ってくれたが──ミルワナには、とてもそうは思えなかった。




