『彼女』との出会い
神子のミルワナが、『彼ら』の仲間になったのは、『彼ら』の旅の道半ばのことだった。
多神教の神に仕える彼女は、修行にていくつもの神と契約を結び、その力を借りることが出来た。
その契約神の数が多く、なおかつ女性であるということが、『彼ら』にとって非常に都合が良かったらしい。
そして、神殿に立ち寄った『彼ら』は、多くの神子の中から、ミルワナを選び出したのである。
彼女の産まれは、田舎の農村だった。
薄すぎる茶色の髪と目と、白すぎる肌を持って生まれたミルワナは、生まれた時から神子の才能があるのではないかと言われていた。
色が薄ければ薄いほど、神に近い人間だと言われていたせいだ。
しかし、農村ゆえに立派な神殿は近くにはなく、彼女は幼少時代から他の子供と同じように、家の手伝いをしながら健康的にすくすくと成長していった。
ある日、王都の神殿に巡礼に向かう神子の集団が、彼らの村を通った時、ミルワナは見初められ、その旅に同行することになった。
兄弟姉妹の多い家だったので、一人でも食い扶持が減った方が、家族のためになる──彼女はそう考えて、神子になる道を選んだのである。
修行は大変ではあったが、ミルワナは不幸ではなかった。
いっそ、幸福な人生を送っていたと言っていい。
そんな彼女が、『彼ら』に指名された。
「よろしく、神子ミルワナ」
大きな手を差し出すのは、濃金の髪に紺の目とよく焼けた肌を持つ男。
素晴らしい彫刻家が彫ったのではないかと思うような、くっきりした顔と身体つきは、多くの娘の心を簡単に奪えるだろう。
「戦士リューイ、こちらこそよろしくお願いします」
そんな男の手に、握りつぶされそうな小さな手を、ミルワナは差し出す。
「神子ミルワナ。協力に感謝します」
茶の髪は柔らかく緑の瞳は甘やかな、洗練された物腰の男が、次に彼女に手を差し出す。
戦士が太陽の神に愛されているとするならば、この男はきっと春の神に愛されているのではないかと、ミルワナは思った。
「聖騎士ロウン、お会い出来て光栄です」
その長い指と暖かい手に、ふわっと包まれる感覚は、彼が非常に繊細で優しい男だと伝えてくる。
そんな二人の男の後ろに。
一人だけ、明らかに異質な存在があった。
真っ黒な髪、真っ黒な瞳に褐色の肌の女性。
一目見た時から、ミルワナには分かった。
その女性には──神の加護がないのだ、と。
正確に言えば、戦士リューイと彼女の両方に、神の加護がなかった。
これは、実は物凄いことである。
人は生まれついた時既に、いずれかの神の加護を得ている。
神殿に連れられてこられた赤子は、神子によってどの神の加護を受けているかを両親に伝えるのだ。
その加護により、子供の人生が決まるのである。
ただ、本当にごくまれに。
どの神の加護も、受けていない子が生まれることがある。
その子供らは、本来であれば悲惨な末路をたどる。
不幸を避けることが出来ないため、大人になる前に死んでしまうことがほとんどなのだ。
ただし。
そんな加護のない者たちが、低い確率を潜り抜け生き延びれば生き延びるほど、どんな者をも凌駕する強さを身に付けることが出来るのである。
その強さたるや、常にどこかに存在する魔王に匹敵するとも言われる。
だからこそ、神殿が祝福のない子から、目を離すことはない。
神子候補と同じように、神殿の膝元に置き、出来るだけ数多く育てようとするのだ。
魔王や徘徊する魔族を倒す切り札として。
しかし、どんなに神殿が力を入れて育てようとも、ばたばたと加護のない子供たちは死んでいく。
紙で手を切っただけで、死んだ子もいた。
神殿で暮らしていたミルワナのところには、いまはただの一人も加護なしの子はいない。
みな、早い内に亡くなってしまったからだ。
そんな彼女の前に、大人と呼べる年齢の、加護なしの子が二人もいるのだ。
その事実は、驚嘆に値するものと思えた。
「……」
黒に征服された女性は、ミルワナを見ても何も言うことはない。手を差し出すこともない。それどころか、すぐに目をそらしてしまった。
「神子ミルワナです……ええと」
手を差し出しながら、彼女の名を知らないことにミルワナは気づく。
反応してくれる素振りもないので、戦士と聖騎士の方を見て、助けを乞うことにした。
「『魔法使い』ハーニスですよ」
聖騎士ロウンが、穏やかな声で彼女の名を呼んだ。
ミルワナは、そこでハーニスの名を覚えたが、同時に『魔法使い』という言葉に驚愕した。
彼女は──『魔女』だというのだ。