弾丸とメリー・クリスマス
殺人描写があります。
FNハイパワー自動拳銃から発射された三発の9ミリ・パラベラム弾は、コリン・マクレーンの脳幹を貫通し、完全に破壊した。
マクレーンの後頭部から流れ出た血が床に広がる。
一時間後、二キロ離れたパブ。
グレン・バウンドは店内の喧噪に早くも嫌気が差し始めていたが、我慢強く仲介人が現れるのを待ち続けた。酒が飲めないのでひたすらジンジャーエールを飲み続ける。
グレンは店内の一番端にあるテーブルに、壁を前にして座っていた。他の連中とは関わり合いになりたくなかった。
酔っ払い逹が大声で喚き散らし、大声で笑い声を上げる。
酔っ払いの質の悪さを気にするまいと思えば思うほど、気に障って仕方がない。白髪の交じり始めた髪を掻きむしる。
しかし、こんなところで拳銃を抜き出す訳にはいかない事は十分に承知していた。
この拳銃はついさっき人を殺したばかりのものだし、酔っ払い相手に本気で怒るのは大人げない事だった。
こういう時、グレンは酒が飲めない事をありがたく思う。素面だからこそ分別を保てるのだ。いや、飲めないからこそ、酔っ払いを疎ましく感じるのか?
どちらでも良かった。考えるのは苦手なのだし。
さらに三十分経って、ビリーがやって来た。フルネームは知らない。
「いやー、待たせたな。子供が離してくれなくてな。チビが三人もいると大変だ」
こっちが人殺しをやっている間にそっちは家族団らんか。その脳天気さには毎度苛立たせられるが、同時に哀れにも感じていた。自分より年下のビリーが硝煙渦巻く世界から遠ざかったのは、家庭を持つようになったからだと聞いていた。
「これだ」
グレンはケースに収めた小さなカードをビリーの前に置く。
ビリーがさっそくノートパソコンを取り出すと、そのカードを側面に差し込んだ。
先程までのだらしない笑顔が消え、厳しい目つきで画面を見つめる。素早いマウスの動き、キーボード操作。
グレンは先端技術に一切興味がなかった。
確かに仕事の内容によればそういった技術が必要になる事もあるが、そんな時はビリーが手配した連中が勝手に作業を進めていく。グレンは最後に拳銃から弾丸を放つ。それで終わりだった。
「よし、よくやった。これで間違いない」
それが何なのかも知る必要はなかった。
ビリーが差し出した紙袋を受け取る。中には報酬である札束が、約束通りの金額だけ入っていた。グレンは現金だけを信じていた。
「おい、これから何か予定はあるのか?」
ビリーがビールをあおってから聞いてくる。
「それを聞いてどうする?」
仕事は終わったのだ。さっさと帰りたかった。
「今日はクリスマスだぞ? 独りで過ごすのはあまりに寂しい」
グレンはビリーのこういった干渉にいい加減うんざりしていた。
「ビリー。お前は自分が呼吸しているのを意識しているか?」
「いいや?」
「俺の生活もそういうものなんだ。独りでいるのが当り前なんだ」
ビリーが身を引いて椅子にもたれかかる。
「そんな人間がいるものかよ」
「ぬるま湯に浸かり切ってしまった人間には分からないだろう」
若干の憐れみを感じながらグレンが言う。
ビリーはジョッキを掴むと、一気にビールを飲み干す。
「メリー・クリスマス」
つまらない皮肉を残して立ち去った。
ようやく家に帰る事が出来る。グレンは頭にまだ残るパブの騒音を振り払って倉庫街に向かう。
空き倉庫の二階。そこがグレンの家だった。
人を殺す仕事をしていれば、殺される心配もしなくてはいけない。海に面したこの部屋は、敵の侵入に気付きやすい上に逃走経路をいくつも備えた、隠れ家として最適な場所にあった。いや、グレンは単にこの場所の静寂が気に入ってた。
裏手にある階段を上り、部屋へと入る。一人で住むには広すぎる室内を見渡す。
ここには質の悪い酔っ払いも我が儘な子供もお節介な仕事相手も誰もいない。
ただ静寂だけが支配する。
喧噪に包まれたパブも子供の声が聞こえる家庭も何もない。
誰もいない。何もない。
照明が部屋を照らしているはずなのに、グレンの目の前は暗い闇で覆われていた。
グレンはただ拳銃を撃つだけの男だった。
新しい波が押し寄せていた。警報装置? 網膜認証? ハッキング? 知らない事が増えていった。
ビリーが何を見ていたのか、知る必要がないのではなかった。理解出来ないのだ。
逃走経路など必要ではなかった。生き延びてどうしようというのだ? 自分の生き場所はもうすぐなくなろうとしているのに。
前を見ても後ろを見ても何もなかった。当然横には誰もいなかった。
グレンはかろうじてソファの上に腰を落とした。
「メリー・クリスマス」
ビリーの残した呪詛が胸を圧迫していった。