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6話 潜入の前

 バーに行き、俺はアクティスのいるテーブルの席に腰掛ける。


「よ、どうやら無事だったようだな」


「心配してる?」


「してない」


「だよなー」


 アクティスの冷たさに俺は普段どおりに笑みを浮かべる。

 いつもどおりだ。

 テーブルに着き普通の格好をした従業員を呼び、注文する。

 パンにスクランブルエッグが乗ったものだ。

 これがこの店で一番安い。いや、パンだけもあるけど、さすがにそれは寂しいからね。

 腹を満たすもので一番安いものがこれだ。


 しばらく椅子をぐるぐる回して遊ぶ。

 四脚の木の椅子だから回すのが難しい。一つの脚を軸に回そうとすると中々難易度が高くて暇つぶしにはもってこいだ。


 しばらくそんなことをして、俺がこけて慌ててついた手を捻ったときにイエニがやってくる。

 着替えといってもシャツとズボンを羽織って寝癖を直す程度だったらしい。

 

「ごめん、遅くなった」


 イエニはいそいそと席に座る。


「ニャニャは一緒に食事をしてもいいのかにゃ?」

 

 後ろからニャニャさんもついてきていたようだ。

 アクティスは自身が食っている牛丼から顔をあげて、申し訳なさそうに頭を下げる。


「済まない。これから作戦会議をするところなんだ。さすがに部外者がいる状態ではな」


「むぅう、そうかにゃ。じゃあ、終わったら教えてにゃ」


「悪い、ニャニャさん」


 俺も片手をあげて謝る。


「別に、そこまでしなくてもいいにゃ」


 ニャニャさんはちょっと困ったように手を振る。

 なるほど。過度に謝ると相手を困らせるようだ。

 一つ利口になった。


 ニャニャさんは作戦会議をするということで席を外してもらったのだから俺達は話し合いを始めなければ。

 パンにスクランブルエッグを乗せただけのものが届き、イエニはサラダを頼む。

 おいおい、野菜だけで力出るのか? 肉食え。肉。


 あ、俺も肉食ってない。

 こうなったら隙をついてアクティスの牛丼を奪い取ろう。


「今日の作戦は単純明快。大爆発でいいよな?」


 切り出しはリーダーである俺だ。

 アクティスは早々にため息をつく。

 なんでだ。


「大まかにはそうだが、細かく分けるとそんな簡単なものじゃないぞ」


 スリエンスの兵士服を脱いでTシャツ一枚のアクティスが大盛りのご飯と肉を掻っ込んでいる。

 朝からよくもまあ、そんなに食えるよ。

 もう、お腹一杯だよね。ちょっとぐらい分けろ。


「あそこは、主に武器庫として利用しているはずだ。他の仲間が港からあそこに荷物を運び入れていると思われる車を発見したことがあるしな」


 その話は知ってるぞ、アクティス。

 だから俺達は大量の爆弾を持ち込んで、誘爆させて基地を破壊するんだから。


 俺達が持ち込む爆弾は一つだけでも相当の威力を発揮する。まとめて爆破すれば爆風に乗って相当な距離を飛べるほどだ。


 俺は肉を奪うのを一旦あきらめてパンに噛み付く。

 シャリというパンを焦がした食感が口の中に広がる。

 パンの上で黄金色に輝いているスクランブルエッグも一緒に食べてあげると、うまみはさらに増加する。

 やっぱ、ここのパンはうまいなぁ。

 金があればもう一枚頼みたいけどああ、残念だ。

 しばしパンに夢中になる。


「幸せそうだな。ていうか、人の話を聞け」


 話に区切りがついていると思ったのだが違ったようだ。


「? 聞いてるだろ?」


「じゃあ、さっきなんて言ったか覚えてるよな。言ってみろ」


 えっ、いつの間に!

 俺がパンを食べている一瞬の隙をついたのか?

 なんでそんな隙をつくような口撃を。


 いや――首を振る。そんなわけない。さすがの俺でもそのぐらいは気づく。

 なら、罠か?

 実は何も言ってないけど、言ったぜ的なあれか?

 ちらとイエニを見てみると、山盛りのサラダを食いまくっている。

 あぁぁ、野菜だ。ベジタリアンなイエニには最高かもしれないけど、基本肉食な俺には目の毒だ。

 くそ、イエニの態度から推察は不可能のようだ。

 ていうか、イエニは目を子供のように輝かせている。もしかしたらあいつも聞いていないんじゃないか?


「どうした? 分からないのか?」


 丼ご飯を食べ終えてお代わりを要求しているアクティス。

 く、ずるい。俺なんか金がなくてパン一枚しか食べてないのに。

 普段よりも豪華にスクランブルエッグも頼んだのに、アクティスはそれを超えていやがる。

 アクティスは含み笑いを浮かべるだけで何も情報を得られない。

 イエニの方を見る。

 しまったぁぁぁぁ! まだ野菜食ってたぁぁぁ。

 俺の目が野菜によってダメージを受ける。ごふ。

 こうなれば己の勘を信じよう!


「お前は何も言っていない! 断言してやるっ」


 俺は自信満々に胸を張って指を突きつける。

 ふっふっふ、どうだアクティスくん。今の俺はお前よりも背が高いぞ。

 いつも見下ろされる俺の気分を味わえ!


「ほう、お前は人の話を聞かずに随分と傲慢な態度を取るんだな」


 アクティスが怖い顔をさらにきつくしてきた。すいません、ごめんなさい。

 謝罪の言葉が無数に心を支配するが、ここで挫けてたまるか!


 無言の威圧。


 ………………。

 …………。

 ……やっぱ無理だ!



 俺は冷や汗だらだらで即座に頭を下げた!


「ごめんなさい! 何も聞いてませんでしたっ!!」


「当たり前だ。何も言ってないんだからな」


「野郎、テメェ! ちょっと表に出やがれ! ていうか、ここであの時の決着つけるか?」


 おい、俺よ。咄嗟に何を言っているんだ。

 あの時っていつだよ。

 アクティスも疑問を残した顔だ。


「お前と決着をつけなきゃならない間柄になったんだ、俺は?」


 後に引けない。こうなったらどこまでも前に進め!

 男は後ろは見ない。


「今、このときからだあぁぁぁぁ!」


 振りぬいた拳はアクティスの片手に阻まれ、思い切り握りつぶされる。

 ちょ、いだっ! やめて、アクティス君!

 君の握力は異常だよっ。人間やめてるよ!


「食事中に暴れるな、馬鹿が」


 俺は目元に溜まった涙――じゃなくて汗を拭いながら、ついでに目もごしごしとしておく。

 くそ、こんなときにホコリが目に入るなんて。まるでアクティスに泣かされてるみたいに見えるじゃないか。

 

「グレム、もしかして泣いてる?」


 イエニが心配そうに顔を近づけてくる。

 み、惨めな気持ちが増幅するからやめて!


「な、泣いてねぇよ? ちょっと目にスクランブルエッグが入っただけだからね?」


 いや、ホコリだよ。ミスった。

 こんな嘘じゃあっさりばれちまう。


「あ、グレムのことだからありえそう」


 イエニがうんうんと頷く。

 嬉しくねぇ! この嘘が通じても結局馬鹿にされてるよ!


「ありえねぇよ! 否定してよっ!!」


「ほら、泣いてるならこっち来なさいよ膝枕してあげるわよ?」


 膝。つまり太股。

 イエニは胸はない。

 だが、太股の柔らかさは昨日発覚した。

 そして、今は半ズボンだ。ってことは、ごくり。 


 ごくりじゃねぇ!


「……こ、子供扱いするんじゃねぇっ! 俺は18歳だぞ!」


「今一瞬揺れたな」


 アクティスうるさい!

 イエニが楽しそうに目を細める。

 

「ほら、どうちたの僕。泣きたいならママの胸をか、かかかかしてあげるわよ?」


 一瞬イエニの方がぶっ壊れた。


「より扱いが退化してる!」


 イエニが頬を染めている。僅かにある前髪を目元を隠すようにいじくっている。

 いや、胸って……。

 そこにニャニャさんが視界で動くのを確認する。

 胸なら向こうかな。


「ニャニャちゃーん! 俺の傷ついた心を癒させてー!」


「あたしの胸じゃ不満っていうのっ!」


「ニャニャ? もう作戦会議は終わったのにゃ?」


「何一つ解決していないがな」


 アクティスが笑いながら答える。

 二杯目の丼もいつの間にか終わっている。なんて早食いだ。

 腹減ったドラゴンもこんなに早くは食わないぞ。


「それじゃあ、いつも通りにゃね」


 ニャニャさんは俺らを何だと思っているのですか!


「まぁな。これからやばい仕事があるっていうのに、お気楽なリーダー様だよ」


 もしかしてまた緊張感がないとか怒られるのか?

 ここら辺でびっしり紐を締めておかないと舐められるっ。


「それがあたしたちのリーダーでしょ? ていうか、あたしはグレム以外と基本的にはパーティーなんて組みたくないわよ」


 イエニは……褒めてくれたのか?

 恥ずかしそうに前髪をいじくる。

 いまいち分からない。変に浮かれるとアクティスから鉄槌が降りかかってくるから黙っていよう。


「というわけで、作戦会議は後に回すとしますか」


 アクティスが言い切った途端にニャニャちゃんが俺の腕に自身の腕を絡ませてくる。

 当たってるよ、胸が! 気持ちいいから何も言わないけど。


「向こうで一緒に食おうにゃ。ここにはメス絶壁がいるからおいしいご飯もまずくなるにゃ」


 ニャニャちゃんがイエニに向かって喧嘩を売っちゃったよ。

 この二人は、基本的にひじょうううううに仲が悪い。俺を虐めたときはありえないほどの連携を決めてたけど。


「誰が、貧乳だって?」


 いやいや、そこまでは言ってないから。

 イエニさんが唇の端あたりを引くつかせて半端ない睨みをなぜか俺に向けてくる。

 やばい、このままだと巻き込まれる。

 どうにかフォローするんだ。


 必死に言葉を考えるが、そもそも何をフォローしていいのか分からない。

 下手なことを言ってしまえばより厄介なことになる。

 おおふ、手のうち用がない。

 

「にゃっにゃっにゃっ。お前に決まってるよ、イエニィ~」


 お願いだから黙って!

 にししと見せ付けるように胸を当ててくれるニャニャちゃんに俺はやめてと目を向ける。

 挑発してるのはニャニャちゃんなのにイエニの怒りは俺に向いてるようだ。


 正直、何で俺なのかと問い詰めたいけど、問い詰める前に殺られる。

 力関係で言えば、アクティス、イエニ、俺の順番だもん。

 リーダーなのに一番低い、いや一番低いからリーダーなのかもしれない。

 ほら、リーダーとか無理やり押し付けられたりする奴ってよくいるし。

 

「グレム。あんたもこのアホ乳と同じ意見なのかしら……?」


 はい、そうです。

 なんて言えば俺はここで殉職だ。いや、全然職務に関係ないから駄目か。

 やべぇよ。ここは過剰なほどの嘘で誤魔化す必要があるよ。


「正直に言わにゃいと……にひ」


 隣から物凄い威圧きちゃったよ、八方塞りだよ。

 何? 何が起こっちゃうの俺の身体に。

 最後の笑みが下を僅かに向いたもので表情に影が差しているせいで想像が悪い方へと引っ張られる。

 

「グレム、そいつの言うこと聞かなくていいからね。しょ、う、じ、きに、いいなさい!」


 いやいや、正直に言ったらお前の望む回答にはならないからね。

 俺の地獄が待ってるだけだから。


「じゃないと、焼くわよ? こんがりと」


 おいしく食べられるちゃうううううう! いやらしい意味とかじゃなくてもっと純粋に。

 心の中で肉食えと言いましたけども人肉は駄目だから!


「人肉って、うまいのか? 一度食べてみたいな……」


 アクティーーース! 真剣に悩まないで!

 お前が肉全般好きなのは知ってるけど同族に手を出したらやばいから、末期だから。


「にゃにゃ、知らないのにゃ? 意外と――あ、これは言っちゃ駄目だったにゃ」


 ニャニャちゃんが含み笑いを携える。何かやばそうなことを隠すように。

 冷や汗の祭りが開かれているよ、俺の皮膚の上で。

 この子は一体何者なの。

 過去に何があったんだよ。気になるじゃん。

 

「それで、いい加減決まった? 死ぬか、地獄に落ちるか」


 そういや、イエニの質問に答えてなかった。


「二択が酷いんだけど。どっちにしろ死ぬんだけど」


「だったら、あたしの胸大きくしなさいよ。それかあんたが貧乳好きになりなさいよ」


 イエニがさっと胸を隠すようにして上目遣いで見てくる。

 その様子は胸のなさを補っても愛くるしい。いや、むしろ胸がないから余計に可愛く見えるのかもしれない。

 やっぱりイエニって。


「可愛いよな、お前」


 やべ、ついうっかり口をついて出ちまった。

 慌てて口を押さえ込むが俺の顔は火照り始める。

 イエニに……嫌われちまったか?

 こっそりと窺ってみる。

 イエニは顔を赤くして手をなぜかグーパーしている。

 握力でも鍛えているのだろうか。それで俺の脳髄を潰すために。


 体を奇妙に震わせて、足がなぜか内股気味に。

 意外と嬉しそう?。

 よ、よし。ちょっと恥ずかしいけどお兄さん頑張ってみるか。

 イエニは恋愛系に弱い。


 だから、ちょっと押し気味に褒め言葉を並べればきっと恥ずかしくてどっかに行ってくれるはずだ。


「お前は、確かに胸はないけど、顔は犬みたいに可愛いし、足も犬みたいに細いし、それに眼とかもくりくり犬みたいなんだから、胸なんて気にしなくてもいいだろ?」


 完璧だ。


「あたしは愛玩動物かっ!」


 両手を下に突き出して睨みつけてくる。

 子供が癇癪を起こしてるみたいで、あまり怖くはない。

 イエニが本当に怖いのは笑顔で拳を構えてるときなのだ。

 今振り返ってみたけど、動物の例えしかなかった。

 

「にゃにゃ。ニャニャはどんな感じにゃ?」


「猫」


「にゃーんっ」


 即答したら嬉しそうに顔にすりすりしてきた。

 訂正、お前の反応は犬みたいだ。

 とにかく甘い匂いを漂わせるニャニャさんの顔が間近にあるせいで俺は何だかくらくらしてきた。

 いい匂いと、頬をくすぐるようなニャニャさんの髪。

 ほっぺもぷにっと張り付くように柔らかくて。

 やばい! このままだと危険だ!


「ニャニャさん! 離れて!」


「だったら、突き飛ばせばいいにゃ。女のニャニャなんて毎日鍛えてるグレムにゃら余裕にゃはずにゃ」


 耳に息を吹きかけながら話してくる。

 誘惑するような、瑞々しい声音。

 背中の辺りがむずむずとして、足に力が入らなくなりそうだ。


 くそ、こうなったら怪我させないように拘束を外そう。

 おらおら。

 ぐいぐい押すが全く離れない。

 ば、バカな!? 俺の筋力を上回ってるだと?

 

「にゃれ? グレムもしかしてくっついててほしいのにゃ? しょうがないにゃぁ~」


 違うからっ! お前の力が強すぎるんだって!

 押し付けがましい言い方でさらにきつく俺の腕を彼女の谷間に挟みながら締め上げる。

 両サイドから押し寄せる果実の前に俺の右腕は天にも昇ってしまったかのようだ。

 あ、力入らない。ていうか離す気力がごっそり持ってかれる。

 

「お前って、実は半端なく力強いよね。俺の腕めきめき言ってるもん」


 腕の先とか血液がいかなくて痺れ始めてる。天に昇ったとかじゃなくて物理的にやれていたようだ。

 ニャニャさんは一体にゃにものにゃのか……。やべ、言葉がうつった。


「分かったわよ。グレムは死にたいのね。分かったわ……」


 あ、イエニがぶれた。

 と思ったら俺の目の前にいた。

 ひぃ! 不可視の拳が飛んできて俺は激しく吹き飛び木のテーブルを壊して止まる。

 ニャニャさんがいないのを見るに、咄嗟に離れたようだ。ニャニャさん、あなた何者ですか。


 イエニの奴。やっぱり魔法部隊じゃなくていいと思う。

 俺なんかよりも絶対強いよ。

 壊れた木のテーブルをどかし、体のホコリを払いながら立ち上がる。

 でもニャニャさんから離れられたから結果的には良かったということで。

 俺としては残念だけど。


「イエニ。存分に暴れていいぞ。修理費はグレム持ちだ」


「そこ! 勝手に煽って、勝手に人の財布を軽くしないの!」


 アクティスが酷すぎるっ!

 あいつの懐はどんどん肥えていくのに俺はポスポスと財布を鳴らすんだ。

 そのうち俺は武器さえも売るはめになるんだよ。くそ、戦争が本格化して物価が上がって高く売れるようになったらアクティスの武器全部売ってやるぅー!


「おっけえ! 派手にやるわよ!」


「気合入れなくていいから!」


 俺が叫ぶとイエニは構えをとき、つまらないと冷笑を浮かべる。

 あれ、なんでそんな冷めた目線をぶつけられてるの。

 アクティスやニャニャさんまでも同じように見てくる。

 やめて、惨めな気持ちになる!

 これ以上俺を虐めて何が楽しいんだ!


 俺がテーブルに突っ伏して泣いてやろうとしたら、


「そろそろ終了だな。予定の時間を過ぎた」


 アクティスは時計を確認しながら立ち上がる。

 あのね、予定とか関係なしに止めて欲しかったんですけど。

 リーダー既にくったくただよ、何も始まってないのに。

 二人のやり取りを喧嘩に発展しないように努力したけど俺には無理。


「6時になったら基地に乗り込む。それまでは自由行動だ」


 現在は5時だ。ていうことは1時間は休憩か。

 1時間あったら何ができるだろう。


 時間ってのは案外すぐに経ってしまうもんだ。 

 楽しい時間とかはな。


 つまらない時間は案外長く感じるもんだ。

 授業中に時計を見た瞬間に時間の進む速度がゆっくりに感じるなんてことは通常ありえないのだ。

 俺にとってつまらないことは、勉強?

 勉強してれば時間の進む速度が下がるはずだ。

 だけどテスト前とかに勉強するときはすごい時間があっという間に消える。

 ほんと時間って奴は俺に冷たいよ。


「俺は風呂にでも入ってくるよ……」


 勉強で1時間という貴重な時間は使いたくないからね。


「あたしも汗、流したいわね」


 まあ、実戦の前に体を動かせたのはよかった。

 準備体操は大切だからね。

 準備体操なくして大事な人は守れないとか聞いたことがある。


「そうか。おれは軽く素振りでもしている」


 全員の予定が決まり、俺達は解散する。


「グレム。ちょっと待つにゃ」


 ニャニャさんに呼ばれて俺は立ち止まる。

 他の二人は何も言わずに先に行く。 

 イエニなら絶対つっかかってくるが今回は少々事情が違う。


 イエニとアクティスはふざけるタイミングを分かってる。

 今はそういう時じゃないってことだ。


 ニャニャさんは今にも泣き出しそうな表情で、


「絶対に、戻ってくるにゃ。分かったにゃ?」


 不安そうに瞳を揺らす。

 明らかにさっきまでの、のほほん空気とは違うぴりぴりとした緊張が肌を焼く。


 俺達は兵士だ。いつ死ぬか分からない。残される奴の気持ちは分かる。

 いつ帰ってくるか分からない、不安、恐怖。

 俺は兵士だから残される立場というのをちゃんと理解はできない。

 けど、これが簡単に返事をしていいものではないってことぐらいは分かってるさ。


 こういうのは苦手なんだよなぁ。

 誰かに思われているのはすっげぇ嬉しい。だけど、そのせいで相手を心配にさせてしまうのは、嫌だ。


 誰も自分のことを思ってくれないのは寂しい。だけど、こういうときに心配させなくてすむ。

 もしも死ねば誰も自分のことに触れない。


 そんな、人生ってつまらない。

 一人で生きていけば誰にも迷惑かけないけど、寂しすぎて俺には無理。


 だから、俺は決意した。

 相手を安心できるようなぐらいに強くなってやる。明るくいてやる。


 太陽のような存在になりたい、なんて。

 

 俺がこういうときにやることは一つ。

 思いっきり腕を突き上げて、


「ぜってぇ、戻ってくる。約束だ」


 思いっきり笑うだけだ。

 笑顔ってのはどんな奴のものでも相手に余裕と力を与えるからな。


 ニャニャさんは笑顔でいってらっしゃいにゃと言い残した。 

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