5話 自由が、身体の自由がぁぁ! (後)
まずは現状の把握だ。
俺がいる部屋はベッドが二つ並んでおり、どうやら俺は一人用のに三人で寝ているようだ。
どうりで狭いはずだ。アクティスはイエニがいる側のベッドを使っていたようだ。綺麗にしかれたままだったけど。
アクティスは俺達がいるベットの足元辺りに立っている。
逃げ道は二つ。窓とドアだ。
イエニがいる側には窓がある。
だが、ここが一階じゃないと怪我をしてしまい今日の仕事に影響が出る。
出るなら入り口だ。ニャニャさんの側にはしっかりとした木のドアがある。
鍵は掛けられているけど蹴りあけられるはず。
作戦はジャンプ、ゴーキックだ。
ジャンプでニャニャを飛び越えて、勢いを殺さずにドアを蹴破る。
そのためにまずは二人の頭が乗った両腕を解放せねばならない。
痺れは初めに比べれば和らいでいる……かな?
たぶん力任せにやって、多少の痺れに耐えればどうにかなる。
そのまま部屋のドアに向かい、腕は使えないから蹴破って出る。
3、2、1で行くぜっ!
3、2、1ッ!
両腕を思いっきり持ち上げる。
よかった、動いた。 イエニとニャニャさんは頭が急にあがりさぞかし驚いているだろう。
ごめんなさい。ほんと、心から謝りますんで後で怒らないで。
謝罪をほどほどに腕の力を利用して体を起き上がらせる。
そのまま、立ち上がり最短距離でいくためにニャニャさんを飛び越え……何っ?
ぐらりと体が俺の意思とは裏腹に傾く。
足が痺れていた。
さっきまで腕にばかり注意がいっていたから全く気づかなかった。
途端に膝から先に力が入らなくなり、俺の体は崩れ落ちる。
腕を伸ばすが、届く気配は見せない。
遠すぎるんだ。所詮、俺はこの程度だったのだ。
ここで倒れたら殺される。
逃げようとした罰――暴力が俺を待っている。
それが、俺にはふさわしかったのだ。
はは、自嘲の笑みが生まれる。
違うだろ!
俺はここで終わってたまるか。否。
いやだ、死にたくない。
ここで、死んでたまるか!
「うぉぉぉぉおおおおっ!」
崩れかけた体を支えるために自身を鼓舞する。
痺れなんかに負けない。これは俺の体なんだ! 俺の言うこと聞けっ!
崩れていた体は俺の願いを叶えてくれた。
落ちていた視界は一点に集中している。
なんとか堪えなおした体は一回くらいなら跳べる。
作戦変更。
全部の力を使って頭突きで突破だっ!
頭が痛い? そんなものこの両足に比べれば小さいものだ。
膝を曲げて、爆風に乗るように一気に跳ぶ!
どんどん近くなるドアに俺は満面の笑みを向ける。
やった! 初めてかもしれないあの二人から逃げられたのは。
――そこまでだったのだ、俺の光は。
「逃げるなっ!」「逃げるニャッ!」
がす、ずでーん。
がすで俺の両足が二人に掴まれ、勢いは完全に消えずに前につんのめるようにして俺の顔面がずでーんと部屋の床に直撃。
絨毯のような柔らかいものがしかれてるけど痛みが軽減されることはない。
やばい、朝起きて数分でもう寝そうだ。
これはただの睡眠ではないだろうけどな。永眠。
両腕両足は痺れたままだから痛さ倍増。
「それでは、お仕置きタイムの始まりのようだな。ガンバッ」
アクティスがキラーンと片手をあげて部屋から出て行った。
楽しそうだな、お前。
鍵はかかっていなかったようだ。今さらの話だけど。
目から涙がでる。と、何かが目に付着する。
ってこれ血だ! どうやら額から血が出ているようで目まで垂れてる。
ちょ、うお、いってぇ!
地味に目潰しされてるよ、俺。この二人……できる!
ベットにまで引き揚げ作業の如く引っ張りあげられる俺。
もう、どうにでもなれ。
「逃げるんだ……」
俺は目を半分だけあけてイエニを見ると残念そうな顔。
ちょっと罪悪感が生まれる。だけどなんでかは分からない。
キスしなかったことに対してか? だけどそういうのって普通好きな人とするもんじゃないの?
この二人が俺のことを好き? 両手が自由なら全力で振るってたね。
ないない。俺好かれる要素ないもん。
イエニには無鉄砲、がさつ、鈍感、命知らずといつもの如く怒られる。
ニャニャさんはたまたま俺が通ってたバーで知り合っただけでこれといって仲がよくなるようなことはなかったし。
イエニの残念そうな顔はすぐに引っ込んで歪な笑顔へ切り替わる。
あれ? ちょっと待って俺何されるの?
ぺろりと唇を舐めるイエニは子供体型らしからぬ妖しい魅力を感じる。
「お仕置きが必要ニャ」
こちらはピコーンとたった猫耳のような寝癖が楽しそうに動いた気がした。
にこにこ子供の笑顔を携えている。
無邪気そうな笑顔。大人らしい体型から生まれた笑顔はなぜか似合っている。
「あの、ね。二人とも、とりあえず足離してくれない?」
交渉せねば、俺の命が危うい。
二人は並んで寝そべるような態勢で俺の足を掴んでいる。
右足をイエニ、左足をニャニャが。
イエニの方は冷たく、ニャニャの方は暖かい。
痺れた場所を握られる痛み、大抵の人は分かるはずだ。
兵士学校にいたときは一人でも足が痺れたやつがいたら寄ってたかってそいつの足に攻撃して楽しんでたな。
俺は攻撃側だった。
ごめんな、今度があったら助けてやるからさ……誰か助けて。
「なんでよ。離したら逃げるわよね?」
イエニが楽しそうに微笑む。おお、優しい笑みだ、なんか黒いのが見え隠れしてるけど。
僅かに指が動く。くすぐるような、そんな感じ。
足が痺れているので、必要以上な刺激となって体を襲う。
「うぎゃぁぁっ!」
痛いというか、なんかびーんってなる。足全体に広がる痛み。
「んにゃ? ああ、もしかして、足痺れてるのにゃ?」
目と口を縦に細長く猫のようにする。こちらは気づいてなかったのね。
……好奇心旺盛な猫。楽しいものを見つけたよう笑顔だ。
やばい、凄く不吉な予感がする。
予感じゃないね、確実に起こるね。
でも、今は彼女らの情に訴えかけるしかない。
「そうなんだよ。痺れてるんだって、お願いだから離してくれって!」
正直者は救われる。
「へぇ、そうなの」
なんてのは過去の遺産のようだ。
つんつんと、イエニが俺の足をつついてくる!
うわぁ、いたっ!
「やめろって! いたぁっ!」
苦痛によじれる俺の体を二人が押さえ込んでくる。
なんでこういうときは息ぴったりなんだよ、お前ら!
「ふふふ、やばい。グレムの苦しそうな顔見てたら、あたしなんか楽しくなってきた」
恍惚とイエニはぐふふと口端をつり上げている。
「性格に歪みが生じてますよ! イエニさん!」
「ニャニャも。グレムが苦しそうに体をよじるの見てたら楽しくなってきたにゃ」
ニャニャさんが逆の足をついてくる。
つんつんつんつんつんつんつん。
両サイドからの連続攻撃に何も出来ない俺。
「う、くぅ、あうっ!」
我慢しようと思ったら変な声が出てしまう。
動けば動いた分だけよりダメージが大きくなってくる。
イエニの奴は無駄に押さえ込み方を知っているせいでがっしりと俺を押さえている。
「うふふふ。グレムのその顔いいわよ」
「グレムを思い通りに出来てるみたいにゃー。楽しいにゃー」
恍惚とした笑みを見せてくるイエニとニャニャ。楽しそうでなによりだよ、ひぃい!
「どう? 少しは気持ちよく感じるようになった?」
「な、ならねぇーよ! いだぁっ!」
イエニがぶっ壊れたよー! 一緒にパーティー組むのが不安だよー!
「嬉しそうにしてるグレムを見てるとニャニャも嬉しくなるにゃ」
献身的な女の子を装うようにニャニャさんが伏し目がちに照れた様子で言ってくる。
「錯覚だから! ニャニャさんが見てるのは苦しんでる俺!」
何度もつんつん。俺はなんだか段々気持ちよく……ってならねぇからな!
それから少しして俺の体から痺れが消えはじめる。
俺は回転して二人を払ってベッドから落ちて逃げる。
「もう、終わりだからな!」
俺は戦闘の構えをとって二人に背を見せないようにしてドアへと近づいていく。
二人はもう満足なのか。あっさりと外に出るように促してくる。
お着替えターイムのようだ。
「……手伝いましょうか?」
俺がゆっくりと手をあげると二人は体を抱きしめるようにして防御態勢をとる。
顔を赤くして、
「嫌よっ!」「さすがに裸は無理ニャッ!」
俺の提案は跳ね返された。
残念。俺はドアを開けて外に出る。鍵が閉まる音がする。
中からかけたようだ、用心深い。
俺は全身汗だくでもう、疲労がやばい。
風呂に入って、着替えたいな。
ぐうぅぅぅぅ。
朝食食ってからでいいや。
本日の生徒会――じゃなくて更新、終了っ!