4話 自由が、身体の自由がぁぁ! (前)
「おい、起きろ、朝だぞ」
頭が寝ているせいか体がだるく感じる。
まだ、起きたくない。アクティスの声から逃げるように俺は体を横に……向けない。
なぜだ。
うまく開かないまぶたを一生懸命に開き状況を確認。
天井には染み一つ見当たらない。うん、ちゃんと掃除してるな。
偉い偉い。
行き届いた旅館の掃除に感心しつつ状況を把握。
首しか動かないので取り合えず首を起こしてみる。
アクティスがいた。
既に兵士服に身を包んでいるが、いつものとは違う。
変な格好をしたもので、俺が着てる奴とは随分かっこよさが違った。
アクティスは俺の視線で何がいいたいのか気づいたのか、兵士服を引っ張ってみせる。
「スリエンスの兵士服だ。さっきとってきて着れるかどうか試してみた。少しきついんだよ」
そういって、ヘルメットのような被り物をつける。うお、これで中に誰が入ってるか完全に分からなくなった。
アクティスの身長に合うような男は昨日捕らえた中にはいなかった。
それでも無理やり着たようだ。
ぱっつんぱっつんだが、そこまで不審がられるものじゃない。
「お前もさっさと起きろ。いつまで寝てるつもりだ」
俺は再度体を動かしてみようとするが、やはり無理だ。
てっきり痺れたのだと思っていたけど理由は他にあるみたい。
思い当たる節と言えば昨日の戦闘かな。
くそ、これは麻痺か! まさか昨日の戦闘でやられたのか!? いつの間に?
「く、そ。アクティス。どうやら俺は昨日毒を貰っちまったようだ。すまん、後は任せた」
「アホなことを言うな。首を動かしてみろ。原因はすぐに分かるさ」
言われたとおりに首を動かす。
すると、俺の両腕の辺りのシーツがもこりと膨らんでいる。
俺の腕が急成長したわけじゃないのは明白なので、これは何かが入ってるってことなんだけど。
アクティスがシーツを剥がす。
右を見る。あ、巨乳だ。
左を見る。あ、絶壁だ。
次の瞬間に俺は一つ大きく頷き現状を理解してしまう。
だらだらと嫌な汗が俺の体を駆け巡る。
「アクティスくーん! たすけてー! このままだと死ぬよ俺!」
じたばたともがくが脱出は不可能だ。
猛獣の檻に気づかぬうちに入っていた。
この二人がいたらドラゴンでさえ尻尾巻いて逃げるよ!
「仕方ないな。朝食奢れよ」
ありがとう。何だかんだ言ってもお前は優しいやつだ。
金ない俺からたかるなと言ってやりたいけどそこは寛大な心で見逃してやろう。
アクティスは失神を起こすレベルの極悪顔をそれぞれに近づける。
「イエニ、ニャニャ、起きろ。グレムが起きたぞ」
と思ったらモンスターを起こし始めやがったよ。俺は涙がでる思いだ。
「朝食、奢れよな」
アクティスがぐっと親指をたてる。
いやいや、お前に奢る義理はないよね?
契約違反も甚だしいよ。
と叫んでやりたいがイエニとニャニャさんの対処が先だ。
声に反応して二人が「……ん、ぅ」と悩ましげな声をあげる。
おおう、体が僅かに動き、俺の腕に胸がぶにゅって!
ニャニャさん! それは待っただ。俺の理性を壊す気か。
イエニは問題ない。さしたるダメージはない。
色っぽいニャニャさんの胸がちらちらと見える。目が離せない。ごくり。
違う違う。
慌てて首を振って桃色な妄想を消し飛ばす。
心奪われたけど今はそれどころじゃねぇ。
まだ本格的に目を覚ましていない今のうちに助けてもらわないと。
「アクティス、マジでやばいんだって。嵐に飲み込まれかけてるんだって!」
「そうか、後で感想を聞かせてくれ」
「んな余裕ないから」
くっそおぅ、腕に思ったように力が入らない。
いつからこの二人を腕枕しているのか分からないけど確実に血液が送り込まれてないね。
腕の先とか超冷たいよ、これ。
アクティスは思い出したとばかりに手を打つ。
「イエニとニャニャが暴れた分の借金付け足されたからな」
「なにぃっ!? 俺完全に被害者じゃん! むしろ俺が払われるべきだよね!?」
そしてそんな情報は今はいらない!
「友の失敗は友が補う。仲間の失敗も仲間が補う。では、妻の仇は誰が取る?」
妻、てことは、
「……旦那?」
「お前にしてはよくやったな。つまり、そういうことだ」
「いやいや、どっから突っこめばいいのかわかんねぇよ! 誰が旦那!? 何で仇!?」
「お前が旦那で、イエニとニャニャは……誰かに殺されたんだよきっと。うん、もうそれでいいや」
「律儀に答えようとしなくていいから。ていうか、えぇぇ!? もうわかんないよ! 何、俺なんなの!?」
やばい、もう何を考えればいいのかわかんない!
一旦整理しよう。
ニャニャさんとイエニがいて、そもそも俺達の目的は基地の破壊で、そしてアクティスの身長がでかくて俺はこいつよりも小さい。それが癪だ、つまりは――。
「アクティスの身長を俺に寄こせ!」
「なぜそうなった!?」
「ぬにゃ? あれ、グレム起きたのかニャ?」
しまったぁぁぁぁぁーーーー!
モンスターが目を覚ました。
目を擦っているニャニャさん。
お願いだからそのまま二度寝してくれませんか?
「むぅぅ、なによぉ。朝っぱらか騒がないでよ。うるさいよぉ、眠いのよぉ」
やべぇよ。イエニさんも降臨なされたよ。打つ手なさ過ぎるよ。
眠そうに目を猫のような手で掻くニャニャさん。まだその目は俺を捕らえていないが時間の問題。
イエニも同じだ。
イエニは寝癖がぼっさぼさで、まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。
ニャニャさんは猫耳のような寝癖がついている以外は変わりない。ちょっと眠そうなだけだ。
「グレム!」「グレムニャっ!」
そして、肉食動物のように鋭い眼差しをぶつけてくる。
草食動物である俺はもう、いつ殺されるのか不安しかない。
俺になのか、互いを牽制してるのか分からない。
「たらーん。たらーん」
突然アクティスが奇妙な音を発する。
ぶっ壊れたのか。少し気になるがそれどころじゃない。
イエニとニャニャが途端に静かになって、布団に戻る。
「グレムよ。君に一つの選択権を与えよう」
「いきなりなんなの、お前のその口調」
さっきの奇妙な音は何かの合図だったようだ。
「君はどちらか一人に目覚めのキッスをすることによって呪われた姫を救うことができる。一人だけじゃぞ?」
アクティス。お前も脅されてるのか? そんな小芝居するなんてらしくない。
「もしも、それ以外の選択をしたならば天から君に暴力というなの災いが降りかかるだろう」
「めっちゃ人災じゃん」
俺はそこで、ハッと気づいた。
右を見る、そこにはすやすやと眠っていると見せかけているニャニャがいる。
普段は猫のように目と口を細めて元気に笑っているニャニャは寝顔も天使のように可愛い。
だが、どこか唇をすぼめている。キスを待ってるようだ。
それで寝た振りだと分かった。
唇に焦点が定まり、思わず唾を飲み込む。さらに下を見ると薄着のシャツからわずかに胸の谷間が見える。
仄かにピンク色だ。
これ以上はまずいと判断して顔を逆へ。
左を見る、すやすやと眠った振りをしているイエニがいる。
イエニは演技が下手なようで一発であ、寝たふりだと分かった。
イエニはぐぅ、ぐぅとお腹の音のようなものを口から出して眉間に皺を寄せている。
なんというか、待ちくたびれた子供の不満顔みたいだ。
こちらもピンク色の唇を前にちょんと突き出しているように見える。
ニャニャは元気そうだがこちらは寂しそうに見える。
下には谷間、がないだと?
これは、絶壁を越えた超絶壁だ。
額の汗を拭って安心したいが両腕は未だ俺の命令を聞いてくれない。ぴくりとイエニの目元が動いた気がする。
顔を天井に戻す。
天井は白くて、何もない。それが俺の心を落ち着ける。
落ち着いた心は素晴らしい作戦を編み出してくれた。
この状況に収まるわけに行かない。やることは一つ。
脱出しよう。