プロローグ
「どうやって侵入するかだな」
俺たちは現在近くの森で身を隠している。
近くには敵国――スリエンスが作った基地がある。
この森は基地の近くで身を隠すのにうってつけの場所だ。
敵さんもなるべく襲われないようにと基地を隠すため、ここに基地を作ったようだ。
だけどそれが仇になったみたいだな、甘い甘い。
目的は侵入、そして破壊。
敵兵さんが見回りにいて、とてもじゃないけど中に侵入するのは難しい。
「無難に変装、とかでいいじゃないか」
アクティスが疲れたような声をあげて提案する。
だが俺は首を振る。ありきたりでつまんない。
「却下、つまんねぇって。おいおい、アクティス。そんな安直な作戦じゃすぐばれちまうって」
「なら、何かあるのか?」
「正面突破っ!」
俺の自信満々な一言に隣にいるイエニが立ち上がる。
薄い赤髪を頭の後ろでくくっている。大きな瞳はきつくつりあがり、見るものを威圧するという残念な効果を持っている。
外で働くことが多い俺達兵士の割りに肌は陽の光を拒絶するかのように白く、すべすべしている。
黙っていればかなりの美少女。
口を開いても一部の男からは人気があるそうだ。
罵られたいとか、蹴り飛ばされたいとか、こき使われたいとか。
俺と同年代の仲間がよく言っていた。
ていうか、見つかっちまうから。
背はあんま高くない子供のような体格だ。出るとこでてないけどお前の赤髪は目立つんだって。
「無理に決まってるじゃない! 何寝ぼけたこと言ってんのよっ」
腕を激しく振るい少々過度な明るい声をあげる。
俺は慌てて後ろから抱きしめるように口を押さえる。
そのまま茂みに引きずり込む。
すると顔が真っ赤になり、「んんーっ!」と怒鳴る。
ぽかぽかと手を叩いてくるが、加減はしてくれているのか痛みはない。
たとえ痛かったとしてもばれるよりかはましだから我慢するけど。
「大胆だな、グレム。こんなところでいきなり抱きつくなんて」
ひゅうとアクティスが口笛を吹く。
こっちはイエニと違って背が高くガタイもいい男だ。
顔にはデコに横に走って切り傷があり、うん、あれには触れないで置こう。
見た目だけ萎縮してしまうほどのなりだけど、中身はかなりいい奴だ。
炊事、洗濯が得意技だ。
バトルになると若干狂う性質があるがそれでも冷静な判断はできるから無視しても問題ない。
俺達は膝立ちだけどこいつだけは寝そべっている。
せっかくのかっこいい兵士服が泥だらけだ。
俺は視点を下げる。
イエニの顔が赤く染まっていく。血が上りすぎちまったみたい、このままだと死にそうだ。
「だ、大丈夫か? いや、俺がいうのもあれだけど」
ぱっと手を離すと、イエニは笑みを一回浮かべてから首を振って顔を真っ赤にする。
「は、恥ずかしいじゃない。いきなりそんな……でも、グレムなら……」
何言ってんのこの子?
ちょっと意味分からないけど怒ってないしいっか。
「ところで、おれはここに漫才しにきたわけじゃないのだが……」
アクティスが無慈悲な言葉を放つ。
顔はこちらを向いたままだ。腕を組みたいようだが態勢が寝そべっているのでもどかしそうに腕を腰に当てている。
「俺もだよ! よし、こうなったら俺考案の変装大作戦で行こうぜ!」
「考えたのはおれなんだが……」
「細かいこと気にしてたら長生きできないぞ、アクティス!」
俺達がこれから侵入する予定のあの基地は敵国であるスリエンスが勝手に築いたのだ。
周りを外壁で囲まれ、入り口は俺達が滞在する正面しかない。
反対側は崖があり、海があるので自然に守られている。
外壁を登るっていうのも一つの作戦であったけど、すぐバレて死ぬからとアクティスとイエニに止められた。
俺達の目的はあそこに入って、破壊する。
いやさすがに三人じゃ厳しいから再起に時間がかかるように爆弾をあちこちに仕掛けてくるというものだ。
「変装するにしても敵の兵士の身ぐるみをはがさないといけないのだが、どうする?」
そんなことも分からないのか。
相手の身ぐるみをはがすなんて方法は一つしかないじゃないか。
「倒して、盗むっ!」
「お前、あいつらとおれ達の戦闘力の差、知っているのか?」
スリエンスの国は科学力が異常発達している。
運動能力こそ代わりはないが、武器の差で今まで何度も泥水を飲まされてきたのだ。
ここらで勝ちを奪わないと本格的にまずい。
どうするか、どうやって破るか。
「……気合でどうにかならない?」
「無理だ」
魔法を使えばさすがにそこまで差は生まれないけど俺達の中で魔法を使うために必要な
属性魔石はイエニしか持っていない。
おまけに無限に使えるものでもないから大切に使わなければいけない。
「もしかして……もうちょっと情報集めてからくればよかった?」
俺の問いかけに二人が相槌を打つ。
俺達の仕事は猶予もないけど切羽詰ってやるほどのものでもない。
国ができるだけ早めにと言っただけだ。明確な日付は決まってない。
「んじゃ、今日は街――ナイドに戻って情報収集しようっ」
二人の意見を取り入れるいいリーダーだな、俺は。
アクティスとイエニが無言のまま拳を固めているのは見なかったことにしよう。
「一発殴らせろよ?」「殴らせてね?」
拳が俺の腹部に直撃。
アクティスはしゃがんだまま、イエニも気持ち腰を落とした姿勢だ。
いいパンチだ。もう何も教えることはないよ。
左右の臓器を破壊されるようなめり込みに俺は折れていた膝を利用して前にぶっ倒れる。
ちゃんと草が生い茂ってるのを確認して。
土に倒れこんだら痛いからね。
「ふ、二人とも、ひどい……」
「うるさい。乗ってきたエクスはまだ近くにいるか?」
エクスは馬よりも速い動物だ。
昔は馬を利用していたが、最近軍の個人移動用に使用されるようになった。
ただ、最近で車が開発され投入されてしまっている。
大人数での移動は車が使われるためあまり目立たないことで有名だ。
エクスは走る音があまりしないから結構俺達では重宝されてるんだけどな。
この森から離れた場所にある小さな森にエクスは置いてある。
まずはこの森を抜ける。
道中、肩に担がれている俺は何度も木の枝に頭をぶつける。
文句を言っても罰だと一蹴される。
リーダーなのに、扱いが非道だ。
「いたいた」
森で大人しく生えている雑草を食べていたエクス。ちなみに草食動物だ。
アクティスに担がれた俺はエクスの背中に投げ落とされる。
むきゃぅと嬉しそうにエクスの顔がこちらにむいてすりすりしてくるので俺も名で返してあげる。
見た目は基本的に馬だ。だけど毛がふさふさと柔らかいのが生えていて、長時間座っていても痛くない。
「あたしこっちに乗るからね」
イエニが後ろに乗ってくる。
前髪をいじくって乱れた髪形を整えている。
いくらイエニが小さくても森を歩くときに髪があちこちにぶつかったようだ。
俺とアクティスは髪形なんざ気にしない。
精々葉っぱとかを払うくらいだ。
「えぇ、またかよ」
俺が体を整えていると、イエニが寄ってくる。
嫌そうな声をあげたけど、それはノリみたいなもの。
二人までならぎりぎり乗れるしイエニは体が小さいから邪魔にはならないからいいけど。
元々エクスは二体しかいないからどちらかに乗らないといけない。
「前と後ろどっちがいい?」
「ど、どっちでもいいわよ」
行きは俺の前に座ったから、帰りは後ろでいっか。
そう伝えるとイエニは恥ずかしそうにアクティスの方を見ている。
「ん? どうしたおまえら?」
何か企んでるのか?
「別に、イエニ予定通り抱きつけって」
「だ、抱きつく!? 俺にか? しまった敵に背を見せちまった!!」
後ろから絞め殺されるっ!
「ちょ、誰が敵よっ! とにかく、ほらさっさと前に行きなさいよ。座れないじゃない」
思わぬ敵の出現に驚く俺なんて完全無視のイエニ。
俺が前に移動すると、後ろが僅かに沈む。
「エクス、大丈夫か? イエニ重たいか?」
乗り物であるエクスが「むきゃ?」と鳴きこちらに顔を向けて首を傾げる。大丈夫みたいだ。
顎の下を撫でてやると「むきゃきゃぁ」と甘えた声を出した。
「へ、へぇ~。あんたにはあたしが重たく見えるのね」
低い唸り声が背中を振動させる。
振り返ってみると、俺の服を掴んだままのイエニの顔が曇っている。
ギロリ。睨みつけられた。
「え、いや、そのぉ、軽そうでらっしゃるよ?」
「ど、どこらへんが重たく見えるの? これでも毎日しっかり運動してるし食生活も結構ちゃんとしてるんだけど……」
わたわたとしだした。
お腹をさすったり、二の腕をさすったりと急がしそうだ。
あんまり激しく動くなって、エクスが苦しそうだ。
「いやだから、大丈夫だって! 問題なしっ!」
時々イエニはよく分からない暴走をするんだよな。
俺は笑いかけて親指をたてる。
するとイエニは嬉しそうに俺の背中に顔を沈めてちょこんと摘んでくる。
「おいおい、そんなんでだいじょぶか? 落ちないでくれよ?」
「あ、ありがと。心配してくれて」
大丈夫なのか? 本人が大丈夫そうだからいっか。
というわけでいざ、エクスを操ってしゅっぱーつ、と思って手綱を握る。
上に振り上げ、緩んだ手綱をエクスにたたき付ける。
むきゃー! とスタートダッシュを決めて――
「待て、グレムっ」
アクティスの静止がかかり手綱を思いっきり引っ張る。
するとエクスの前足が浮きイエニが落ちる。
無様な姿だった。ほら、言っただろ。しっかり掴まってろって。
俺には焦りが生まれていた。
頭からだけは回避したらしい。
それでも大の字で背中から伸びたように落っこちている。
「イエニー! 俺のせいじゃないから! アクティスだから! だから怒るならアクティスに!」
「まずはあたしの心配しなさいよーっ! 何自分の保身ばっかり考えてるのよ!」
「お前等、少し黙ってあっちを見てくれ」
アクティスが指差した方向はさっき俺達が見張っていた付近だ。
俺達がいるここからは見えるが向こうからは見えない最高のポイントだ。
そこから一台の車が出ている。
運転席の者が
窓を開けて見張りと話をしているようだ。
アクティスが目を光らせる。
「あれをつけるぞ」
「え? なんで?」
「目的地を確認するんだ。運がよければ車を奪って侵入できるかもしれない」
アクティスは黙っていても悪人面なのにより悪い顔をしている。
やばい、ちょっと怖い。
「あぁ、はい、そうだな。それは俺も思ってたところだ。いよし、お前等あの車追おう! 作戦名はストーカー大作戦!」
「やる気が削がれるんだけど、その作戦名」
いつの間にか後ろに乗りなおしたイエニから、ちょっと拗ねたような声がかかる。
いつかこの埋め合わせはするさ。覚えてたらな。