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エースの誕生 その9

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「きたきた! 師匠! これですよ」

ゴーグルを外した(ひかる)が、(れい)に興奮の眼差しを向ける。

「ちょっとこのままトイレに……いでっ!」

武蔵(むさし)離れてんだろ。続きはない」

デコピン後の指を見ながら、額をさする光。煙でも出てるんじゃないかと思うほどの勢いだった。

その証拠に立ち上がりかけた足が萎えて、ソファーに逆戻りだ。

「見ててくれたらよかったのに」

口を尖らせてそう言った。

「捕食映像になった可能性もあるから、お勧めしないが」

真顔で言う師匠に、光はゴクリと喉を鳴らして、静かにゴーグルを装着する。





***





翌日、俺はあの同級生が来るのを警戒して、屋上へ上がるのをやめた。教室にいればみんなが遠巻きにしているし、その俺に話しかけるのは自殺行為だ。

作戦が功を奏したのか、あの同級生とは会わずにすんだ。

そう、思っていた。

だけど、それはこの日だけじゃなかった。

俺は、あの同級生を2度と見ることはなかった。

学校に友人のいない俺には、他クラスの情報など入ってこない。だから安否確認もできないが、余慶と関わっていて見かけないとなると、生きているとは考えにくい。

「杉の木……」

俺はふと気になって杉の木に向かった。余慶が気づいた気配はなかったが、あの聖域にあいつはすんなり入っていた。呪われたばかりの俺は無理だったのに。







「うそ、だろ……」

杉の木に到着した俺は、そこがすでに聖域ではないことを知った。

あの白い塊はどこにもいない。少女が残した結界もすでに消えており、ただ静かに木が存在するだけだ。

最近はここを逃げ場にしていないから、聖域でなくなったことはなんとか納得しよう。だけど。あれがどうして消えてしまったのかが気がかりだ。

あの少女が持ち去ったのならまだしも、確かめる術がない。余慶に喰われて、あいつの糧になっていない事を祈るばかりだ。






聖域が消えた事は少なからずショックを覚えたが、俺は自分の力で黒い奴らを弾く感覚を身につけた。

少女の呪いが弾いていると思っていたから、今まで意識してこなかった。だけど自分でやっているのだと知った事で、どんな感覚でその力を扱っているのか気になり、意識するようになる。

意識して初めて、自分でそれを使っているのだと自覚した。

誰かの力に依存しないという事は、とても爽快だった。

いつかなくなるんじゃないかという不安もないし、アレンジも色々思いつく。

こっそりとはいえ、親に保護をかける事ができるなんて、自覚するまで予想できなかった。

これで寺に手伝いに行こうと自由だ。思う存分村のコミュニティーに溶け込んだらいい。







高校を卒業する日が来ても、あの同級生を見ることがなかった。はやり余慶に消されたのだろうか。

卒業証書の入った筒で肩を叩きながら帰宅する途中、その余慶と街中で遭遇した。

「卒業、ですか。おめでとうございます。よくその年まで生き延びましたね」

嫌味かと思って余慶を見たが、その表情は相変わらず微笑んでいて真意が見えない。

「これは卒業祝いですよ」

袖口から紅白饅頭を取り出した余慶は、赤い和紙でそれを包んで俺に手渡してくる。あったまってて不味そうだ。

それを手に持ったまま余慶を睨み付ける。

「同級生がお前の取り巻きにいたはずなんだが、卒業式に来てなかった。使える駒まで喰ったのかよ」

「君の同級生?」

誰のことを言われているのか分からないようだ。特徴を伝えると、ようやく思い出したように手を叩いた余慶。

「喰ったとは穏やかじゃないね。でも、興奮しすぎてつい、と言っておこうか」

「何がしたいんだよ」

眉を寄せてそう聞くと、余慶は少し考える風にしてから答えた。

「そうだねぇ。捕食の時と実験の時があるから、その問いは難しいね」

聞いてますます不快になった。実験ってなんだ。

「ここには神宝(しんじゅ)の連中もいないし、絶好の実験場なんだよ。君も協力してくれるってんなら、ご家族にも手を出さないと誓ってあげるけど、どうかな」

「は?」

和解のような、それでいて上から目線の不快な提案だった。

それにシンジュとか耳馴染みのない言葉もあったが……

「俺達はお前の実験体ってことか」

いずれにせよ、手駒を喰ってしまう奴をどうやって信じろと言うんだ。

「だから君は特別だって言っているだろう? 手厚い待遇でもてなすよ」

何を考えてそんなことを口走っているのだろう。

「飼い慣らして、都合が悪くなったら喰ったらいいってか? 素晴らしい労働環境だな」

吐き出すようにそう言うと、余慶はにんまり笑って言った。

「就職先、困ってるんじゃないのかい? 心配しているご両親のために、いがみ合いを止めて寺に来るのはどうかな」

俺は言葉に詰まった。進学して地元を離れるのは親が心配だったので、地元に残って働く選択をした。だがしかし、余慶の言う通り就職活動は全滅だったのだ。

「お前が、手を回していたのか」

睨みつけながら言うも、余慶はまったく気に止める様子なく、いやらしく笑う。

「何年この村にいると思ってるんだい? こんな時に使ってこその力だろう」

退路を断たれたようでこの上なく不快だった。

「さて、君には選択肢が多くない。諦めてわたしに協力するか、争って孤立するかのどちらかだよ」

「孤立……」

余慶は孤立を大変な事だと思っているのだろうか。人がいなければ捕食できないから?

それとも話せないと寂しいのか?

ま、こんなに対立している俺に話しかけてくるのだから、本当にそうかもしれないが。

だが俺はすでに孤立していて、助けを求める仲間もいない。

「協力はないな」

冷たくそう言い放つが、余慶は俺の答えがわかっていたかのように頷く。

「そうか。残念だよ」

それを合図に、俺達は互いに踵を返して離れた。









ポケットに手を突っ込もうとして、手に持っていたものを思い出し、赤い包みを開けて饅頭を見る。薄い何かに包んでいるのかと思ったが、剥き出しのまま紙に包んでいたようだ。

「何がめでたいんだ。こんなもの、食えるかよ」

くしゃっと包みごと握りしめてその辺に捨てた。

早足で歩く。手頃な小石を所構わず蹴ってしまいたい衝動を抑えながら、帰り道を急いでいた。

対等にやりあって別れたつもりでいたのに、自分でも驚くほどイライラしている。

社会的にあいつが圧倒的に上だと思い知らされたからだろうか。

信頼、信用、俺になくてあいつにあるものだ。

俺が何を言っても信じてもらえず、あいつの発言は真実として受けいれられる。

本当の事を知っているのは俺だけだ。

「俺……だけ」


俺が、間違っているのだろうか。


真実って、なんだ?

諦めてしまえば、楽になれるのかもしれない。

寺で世話になって、親も村のコミュニティーに溶け込んで、それで、それで……

「いつっ!」

何かにつまずいて転けそうになった。

足元を確認するが、どの小石に躓いたかわからない。

代わりに、先ほどの考えに疑問を感じた。

それで、なんだ。

諦めて何をどうしようと考えていたんだ?

なんで急にこんな弱気になったんだ、俺は!

思い出せ、あいつの背後にいたやつを。元々の余慶の意思か、あいつの意思かは分からない。

だが、この村をじわじわ喰っているのは事実だ。

この状態で逃げたら、どこで何をしてても思い出して後悔する。それが分かっていたから、今までここで踏ん張ってきたのに急になんだ?

頭の上の方がもやもやする。

俺はそれを振り払いたくて手を振った。

びりっ

紙が破れるような音が聞こえたような気がした。

すると、すっと頭の靄が消えていく。

直感的に余慶が何かをしたのだと思った。さっきの紅白饅頭か、包み紙か……紙?

ふと、学校の先生を思い出す。

あの時、紙を見て急に変な動きをした先生。

余慶の力だろうか?

紙を使って何か出来るようだ。よく分からないが、今ので破ったのだと思う。

気合いで弾ける程度のものならいいが、力に強弱があるのなら注意しないと。


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