エースの誕生 その3
「ただいま。これ、お寺から」
家に帰ってすぐ、母に余慶から預かった紙を渡す。
「お焚き上げの当番だって」
「あら、そうだったわね。そろそろねって猪田さんとも話してたのよ」
母が猪田さんと言うのは、太維の母親のことだろう。太維の家はお父さんが都会に働きに出ていて、週末しか帰ってこない。もし父親がいない時に当番がきたら、じいちゃんも一緒に連れてくるかも知れないと考え、俺は手伝いを申し出た。
「あら、珍しいわね。ふ〜ん、太維くんのおかげかな」
本当は行きたくないが、太維のじいちゃんが余慶に食われたら絶対後悔する。だからしっかり見張っておかないと。
上機嫌に言う母の意見に便乗して、そうだと頷いておく。
「で? これが必要な物のリスト?」
笑いながら紙を開ける母。それに目を通すと、紙をそのままテーブルに置いて玄関に向かって歩き出す。
母が置いた紙を読みかけて、異変に気が付く。
「どうした?」
俺の声を無視して、母は何も持たずに靴を履き、そのまま玄関を出た。
「ちょっと、なんだよ」
止めようと挙げた手に、余慶の紙。
そこから嫌な気配を感じて、何も考えずにそれを破いた。
「っつ!」
ビリっと電気みたいな刺激が手に走る。
驚いて手を見るが、特に怪我はしていない。
破いた紙を見ると、寺にくるようにとだけ記載されている。
これをそのまま実行させたのだと思った。破ったから俺には効力が発揮されなかったのだろうか。
ぎゅっと紙を握りしめ、母の遠くなった背を追いかける。
いくら声を張り上げて読んでも、歩みを止めない。
寒いのにコートも羽織らず、どんどん進む。
北へ、北へ。
「武蔵!」
横から飛んでくる太維の声。見ると太維も母親を追ってきたようだった。
「どうなってんだ、武蔵」
「多分あの紙だ!」
「寺に向かってるんだよな」
太維の質問に頷き、2人で駆けるようにして親の背を追った。
かなりのスピードで歩いているのか、全く追いつくことが出来ない。
必死で追いかけていたが、寺の門が見えてもまだ追いつく事はできず、母達は合流しても顔を見合わすことなく、挨拶も交わさないまま寺に入っていく。
少し遅れて俺達も到着し、親の後を追って寺務所に上がり込む。
「しっかり!」
「私、救急車呼びます!」
親の緊迫した声が中から聞こえている。俺達は一瞬目を見合わせ、その直後弾かれたように駆け出した。
「何があったの!」
そう言いながら太維は先に部屋に飛び込み、入れ替わるように太維の母親が出てきた。太維の背を追いかけるように続くと、そこには倒れている住職と、オロオロする母がいた。
「何があったんだ?」
俺の声に、母はようやく振り向いて言った。
「武蔵、どうしてここに?」
「こっちが聞きたいよ! それより住職は?」
「わからないの」
座り込んだまま泣きそうになっている母の顔を見て、俺は何も言えなくなる。ただ、声が届かなかったさっきとは様子が違っていて、元に戻っているように感じた。住職が倒れているのに、俺は不謹慎にもホッとして、母の服をぎゅっと握り、同じようにその場に座り込む。
だけど、後でその時の行動を痛いほど後悔した。
ここに余慶がいない事を、俺がもっと警戒していればよかったんだ。
その翌日、村では住職の訃報が伝えられた。
病院には運ばれたが、すでに亡くなっていてどうしようもなかったらしい。次のお焚き上げの担当をする家の人間がたまたま質問に来て発見された事になっている。
親達は何故寺に行ったのかよく分からないと言っており、虫の知らせだったとお互い納得していた。
「あれは、操られたんだ」
すとんと隣に座った太維を見ずに、俺は強い口調でそう言った。
「うん、そうだな」
覇気のない太維の声が同意を示す。
「発見して欲しかったのか? 昼間から死んでて、誰かに発見させたかった? どうしてそんな事したんだ?」
余慶が住職の死を発見する事がそんなに不自然だろうか。
あの背中の腕や余慶の力が住職の命を奪ったのだろう。だがそれを他の人に説明する事が困難である事くらい理解している。余慶が首でも締めて殺したんじゃなければ、わざわざ母を操って発見させなくてもよかったのに。
「なんか、モヤモヤする」
「うん、でもオレはなんとなく分かった気がする」
え、と俺は太維に顔を向ける。気が付かなかったが、太維の顔は青ざめている。
「何かあったのか?」
太維は力無く首を縦に振る。
「じいちゃんが入院した。意識不明で重体だって」
「え!」
「昨日寺で合流しただろ? その前、家の近所で余慶を見たんだ。なんでこんなところにいるんだろって思ったけど、それどころじゃなかったから忘れてた。でも家に戻って、じいちゃんが倒れてるの見て思い出したんだ」
狙いは太維のじいちゃんだったのか。邪魔になりそうな俺と太維の家族を、あの紙を使って寺に誘き出したんだ。その隙にじいちゃんに接触したのか。
「なあ、武蔵。本当に余慶の仕業かどうか、お前がじいちゃん見たらわかるか?」
ふと太維がそう言ってこちらを向く。
「誰がやったかまでは分からない。俺が分かるのは、殻をもぎ取られたかどうかだ。でも、分かるのはそれくらいで、戻し方が分からない」
衰弱した人を、助ける方法があれば知りたい。
太維はそうかと小さく頷くと立ち上がる。
「卑怯なやつ」
ぎりっと歯を食いしばり、絞り出すように言った。
余慶はずっと太維のじいちゃんを狙っていた。多分、太維の能力はじいちゃん譲りだ。
太維は小さい時から、じいちゃんに他の人には見えない存在の事を聞いていて、回避方法を学んでいた。
執拗に狙う理由が、それくらいしか思いつかない。
「それで俺達にもちょっかい出すんだ」
「え?」
太維が俺を見る。
「余慶と同じものを見れる人間は邪魔だから」
「あ、そういう事か」
納得したように頷く太維。
「それなら、武蔵も狙われてるんじゃないのか?」
「太維もだぞ。俺達、本当に気をつけないと」
そんな会話があった翌日、太維のじいちゃんは亡くなった。
太維のじいちゃんが亡くなってすぐに年末がやってきた。大晦日にはみんな(鐘もないのに)寺に集まるけど、俺は太維と結託して親を説得し、太維の家でじいちゃんを悼む会をしていた。
喪中ってやつ? それと、新年に穢れを持ち込んじゃいけないって説得した。
でも、じいちゃんは楽しく見送ってほしいだろうから、年末の宴会にしようって2人で動いたんだ。寺に向かわないように、細心の注意を払いながら。
親同士が酒を酌み交わし盛り上がっている頃、俺は太維の部屋で引っ越す話を聞いていた。
「じいちゃんって、お母さんの親だったんだ。だからお父さんも単身赴任みたいな状態で、週末以外は都会のほうにいて。でも、じいちゃん死んじゃったから……お父さんの職場に近いところに、年が明けたら引っ越すんだ」
申し訳なさそうにいう太維に、俺は気にするなと首を振る。
「あいつのいないところに行けるなら、その方がいい。俺達はまだガキで、知識もアイデアもない。逃げるくらいしか方法がないんだから、今はそれでいいんだ。それに都会の方が、対策方法知ってる人に出会えそうだから、何かわかったら教えてくれよな」
「武蔵……うん、オレ色々調べてみるよ」




