エースの誕生 その11
季節は流れ、いつの間にか冬がやってきた。
今は杉の木を遠くに見ながら、隣の山で集中している。
あの日以来、俺は色々な方法で怨霊や呪いの事を調べていたが、どれもいまいちピンとこない。正解だと思えるものもなく、俺が見てきた内容と一致する文献や、ネットに散らばる誰かの書き込みもなかった。
ついでにあの少女の事も調べてみたが、神出鬼没で口に青い手が張り付いているなんて奇妙な少女の目撃情報もまた、見つける事はできなかった。
木枯らしが足元をすり抜け、ついで黒いものが足首スレスレのところをすり抜ける。滑るように先へ進み、やがては視界から消えた。
「よし、見えてないな」
少女が教えてくれた魂の輝き。
その輝きを消す方法を試行錯誤して見つけた。
ずっと消していると訓練ができないから、起きている時は比較的解放している事が多い。
寄せ付けて消し、その場から移動した場合、大抵は俺の居場所を見失うようだ。
ちなみに移動しないとぶつかってくる。いかに輝きを消そうと、俺をすり抜ける事はなさそうだ。
襲われる人間と襲われない人間の違いを常々考えていたが、これが答えだったのかとようやく理解した。
俺を呪った少女が教えてくれなければ、今でも自分の力を把握できずに、鬱陶しいと思いながら日々過ごしていただろう。
正解が分からない中で唯一成し得た事と言っても過言ではない。
ただしこれは、実態を持たない黒いヤツ限定の話だ。
余慶のような存在はどうだろうか。
怨霊憑きの視界はどのように俺が見えているのか不明だ。
輝きを見ている事は、余慶の言動からも察せられるが、それを消した時に見つかるのだろうか。
「……人と同じ視界を持たないと、生活できないか」
一瞬期待して、即座に自ら出した答えにがっかりした。
最近はこんな事の繰り返しだ。
でも、考えるのをやめたら、その時点で負けが確定するような気がする。
答えが見つからなくても、可能性を考えて試すべきだ。
可能な限り、だが。
「こんな時に太維がいてくれたらな……」
アイデアが1人分じゃ少ない。
天才的な閃きもなければ、奇跡的な思いつきもなかった。
天を仰いでから、地に視線を落とす。
頭を捻って唸ってみる。
それでも何も思いつかない。
「はぁ……」
深く溜息を落として、ふと顔を上げた。
遠くに見える杉。
その異変に気がついた瞬間だった。
「杉に白い色」
細い糸のような形状だが、白いという事は遠目にも分かった。
「もしかして」
心臓が跳ねたと同時に足を動かす。
小高い場所から移動すると、向こうの山は視界から消える。
まだ見ていないのに、期待で胸がはち切れそうだ。
あの少女が戻してくれたのだろうか。それとも新しいモノが自然発生的に産まれたのか。
はやる気持ちが、足の動きに出る。
ほとんど駆けるようにして移動していた俺は、杉の木が近づくにつれ、期待の気持ちが不安に変わるのを自覚した。
白い色を確認できないばかりか、揺れるような赤い色彩が見える。
あれは、炎だ。
「どう、して……」
焦げ臭い匂いと、火の爆ぜる音。
そして誰かの叫び声。
「あれは、確か役場の」
ようやく辿り着いた俺の視界には、村役場の男が炎を見上げて叫び続ける姿が映っていた。
「消えろ! 消えてしまえー! 怨霊退散! たいさーん!」
半狂乱の男は手に松明を持っており、何かに向かって叫んでいる。
炎は止まる気配を見せず、周りの木にも飛び火して勢いを増していた。
「何をしている!」
男の肩を掴んで、その叫びに負けないよう声を張り上げる。
「邪魔するな! ここに巣食う怨霊が家族を殺したんだ。邪魔するならお前も殺す!」
殺意を向けられて固まる。
唾液を撒き散らしながら言う男は、役場で見た印象とはまるで違った。
以前の姿からは予測できないほどの半狂乱ぶりだ。見ている間に怒りの叫びから、勝利の雄叫びへ移り、そして狂った笑い声に変わった。
「やあ、よく燃えてるね」
どうしていいのか分からない俺の真横で、余慶の声が突然聴こえる。はっとして横を見ると、楽しそうな表情の余慶が、俺と杉を交互に見ていた。
「どうしてこの杉を焼くんだ」
素早く距離をとり、吐き出すようにそう言った。
すると余慶はにんまり笑って答える。
「ふーん、その言い方。やはりここには何かあるんだね。あの女の言葉を信じるとするなら、精霊でもいたのかな」
探るような視線を感じたが、精霊に関して詳しくない俺は何も答えられない。
あの白い塊の事を言っているのだろうかとも思ったが、深く考えると表情に出そうで思考を中断させた。
ただ、余慶が当たり前のように知っている事を知らないと悟られなくて、口を噛んで睨みつけるに留めた。
何も教えてやるものかと目に力を込める。
「言いたくないって顔だね」
愉快そうに言う余慶。ここで何か返せば、そこから悟られそうに思って無言を貫く事に決めた。
「ふふ、無言は肯定も同じだね」
木が崩れながら悲鳴を上げている。
枝が一房、燃えながら落下してきた。
どさりと音を立てて落ちた枝は、舞い上がった土のおかげで火が消える。
その枝からチリチリ音が聞こえる気がして、余慶を警戒しつつも枝に意識を向けていた。
パキン
乾いた高音が耳に届く。
小さな木の実が割れるように感じる。
割れた音の残響が耳に燻っていたが、それがなくなる直前、また違ったところからパキンと乾いた高音。
ふと、以前少女が置いていたどんぐりの実を思い出した。
それが割れて、結界が崩壊するようなイメージを描いてしまった。そのせいなのか、さらに破れる音を聞いた直後、視界が異変を捉えた。薄い膜が辺り一体から消え去り、何らかの結界が消えた事を悟る。あの少女が残していったものだろう。何を守っていたのかは不明だが……
「ふふ……はは……ふははははははは!」
突然余慶が笑いだす。
結界が消えたのを確認したかのような、そんな笑いに顔が強張った。
「やはり、この木を燃やして正解だったようだね」
くっくっと笑い続ける余慶。その理由を知るのが怖い。
だから余慶には何も質問しなかったというのに、訓練された視界には崩壊していく空中の殻のようなものが見えていた。
そして、それがこの木を守っていたものだと感じる。
聖域ではなくなってなお、この場所が自分にとって特別だったのだと思い知らされた。
同時に余慶にとっては、厄介な力場だったのだろう。
この木が村を守っていたのだとしたら、これからここはどうなってしまうのか。
「すべて思い通りか?」
怒りを殺して聞く俺に、余慶は笑ったまま何も答えない。代わりに役場の男が発する雄叫びと狂気じみた笑い声があたりに虚しく響いていた。
「……」
この木が燃えて1週間。
斜陽が黒い地面を照らし、濃い影を落としていた。杉の木は根ごと消失したようにその存在を消したままだ。
僅かでも残っていればと思ったが、地を這う根がどの木のものかなんて、俺には判別できない。ここのところ、心がずっしり重くて、ありとあらゆる事が億劫だ。
「だめだ、やっぱり分からない」
地に手をついて集中するが、なんらかの力を感じることもなく、その日も諦めて帰途につくことにした。下山しながら、すれ違う黒い人影を避ける。
村は一見変化がないように見えた。
しかし至る所に黒い奴らが現れるようになったのを、俺の視界はとらえている。前と比べて倍は増えている。
そのせいなのか、病気にかかったという話をちらほら聞くようになった。
特にお年寄りだ。
村人の中には多少敏感な人もいて、村の空気が悪くなったとか、暗くなったとか噂する人もいた。時々黒いものが見えて騒いでる人や、噛まれて熱を出す人も増えた。
このまま村が死に絶えたら、食事もできなくなるのじゃないか?
そうなったら、あいつはどうするんだろう。
死に絶えた村で、俺と余慶だけが残る想像をしてしまい、1人ぞっとした。
坂道が終わり、落としていた視線を前に戻す。
視認できるだけでも5つの黒い塊と、3体の黒い人がいた。
光を完全に消して歩く。死角から飛び掛かられてもいいように、保護膜のような結界も張りながら家まで帰った。




