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【第7話】 公信逆行罪

朝。光はいつもより薄く、冷たかった。

…また今日も、同じ顔だ。


テレビの中で、同じ顔が同じ言葉を繰り返す。

「検討します」「誠意を持って対応します」「使命を全うします」。


口先だけを変えて、同じ空虚が笑っている。


俺は、ずっとそれを見てきた。

成果を示さず、椅子に根を張る連中。

裏で回る札束。名刺の交換が政策の代わりになる社会。

保護者の名を掲げる者が、子の首を絞めるようなものだ。


――それが許されるなら、法に意味はない。


机の上に、何も書かれていない余白のページを開く。

意思だけをなぞる…。


「己の尻さえ拭けない連中を、俺が一掃してやる。

 まずは土を踏め。社会を肌で知れ。」


指が余白をゆっくりと滑る。

意思が落ちると、紙の白が薄く震え、

新しい文字が、血管のように浮かび上がっていく。


《公信逆行罪》


――公的職務を利用し、公共の信託を裏切る行為は即時失職、

永久の公職追放、及び資産凍結並びに重罰に処す。


——カンッ。


音が、世界の奥で鳴った。

頭の奥で火花が散り、指先に熱が走る。

焼けるような痛みが皮膚の下を這い、息が詰まった。


少し離れた場所で毛繕いをしていた小鉄が、

ふと手を止め、目を細めてこちらを見た。


ニュースのテロップが次々と変わる。

《複数の閣僚、即時失職》《天下り斡旋幹部、資産凍結》《主要報道機関、編成見直し》——


キャスターの声が震えている。

街角の映像は、スマホを掲げた人々の歓声で溢れた。


「これで変わる!」「ざまあみろ!」と叫び声が交錯する。

「これであいつらも、国の痛みがわかるだろう」

「見よ、神は我々の声に応えた——」


高揚が続いた。

報道は一斉に軌道修正を余儀なくされた。


画面越しに、哀れな姿を眺めて呟く。

「こいつらには、覚悟が抜けている。」


そして、歓声は勢いを増し、

「責任を取れ!」が「潰せ!」「殺せ!」へと変わっていく。


群衆は街へ溢れ、炎と怒号が夜を塗りつぶした。


胸の中に、冷たい熱が灯る。

群衆の叫びが背中を押す。


(……そうだ。やはり“神の裁き”は必要だ。)


机の上に、書き終えたページが静かに光を失う。

小鉄が膝の上に飛び乗り、俺を見上げてゆっくりと瞬いた。

その目は、静かで、痛いほど優しかった。


薫は無意識のまま、その光沢ある黒の背を撫でた。

まるで、自らの創った世界を撫でるように——。


テレビから流れる歓声の波。

賛美と罵声が入り交じる中、

俺は小さく息を吐いた。


「……少しはキレイになっただろう。」


その声は炎上の怒号に飲まれて、

世界のどこにも届かなかった。


秒針が、一拍早く——そして、わずかに狂って動いた。


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