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【第3話】 群衆の法

数日が経った。

けれど、胸の熱は冷めなかった。

むしろ、あの日よりも静かに、深く燃えていた。


帰りの電車。

吊り革越しに見えたニュースの見出しが、俺の足を止めた。


《いじめ動画拡散 教師が停職処分に》


(……またSNSかよ。ほんとくだらねぇ。)


画面には、叱責する教師の短い動画。

数秒の切り抜きに、群衆が群がっていた。


「体罰」「教育の闇」——。

正義を気取ったコメントが並ぶ。


だが、その裏には別の記事があった。

《同級生証言「動画は生徒が仕掛けた」》


——切り取られた真実。歪められた善意。


「……なるほどな。」


空気が裁きを決める。

そして、それがこの国のもうひとつの“法”だ。


だったら、その法を、俺が正す。


あの日の“カンッ”が、どこかで蘇る。


──よし、試してみるか。



帰宅後、机に広げたのはあの法学書。

今度は“報道の自由”の項を開く。


いつの間にか、誰もが報道者になった。

だがその自由が、どれだけの人間を殺した?


赤い跡が、まだかすかに残っている。

指でゆっくりとなぞる——


──カンッ。


電流が走った瞬間、隣で丸くなっていた小鉄が、ふっと目を細めた。

ただ、同じ空気を共有しているように感じた。


脳の奥で何かが書き換わる感覚。

紙の文字が、世界の一部を押し戻すように震えた。



翌朝。

通勤途中のコンビニ前に、人だかりができていた。


《速報:いじめ動画 虚偽投稿の疑いで生徒を聴取》

《停職処分の教師、復職へ》


さらに追記が流れる——

《重大な虚偽拡散として、関与した生徒に懲役刑を適用(未成年例外の特例)》


周囲の通勤客が口々に言う。


「まさか、学生に懲役までいくのかよ」

「でも、真実なら仕方ないか。」


(……やっぱり、そうだ。)


……ハハハッ、確定だ。


ニュースの声が頭の中で反響する。


政府は、ネット上の悪質な虚偽拡散を「公共秩序への重大な加害」と位置づける新条項を急遽施行したらしい。

つまり、単なる書き込み一つでも、組織的・重大な拡散行為と認定されれば実刑に問える——という方向だ。


いまや、個人の発信も“報道”のように扱われる。

画面の向こうで語る誰かの言葉が、国家のニュースより速く、深く、人を殺す時代だ。


群衆の“正義”が、一夜にして法の文字に変わる。

昨日まで炎を投げていた手で、今日は拍手を送っている。

許すでも、悔いるでもない。

ただ次の炎を探しているだけだ。


その循環に、吐き気がした。

(いつまでも法に守られてると思うなよ。)


胸に、冷たい確信が沈む。

正義は俺の手の中で動く。

今だけは、疑いはない。



夜。

玄関の鍵を開ける音が、やけに響いた。


「……ただいま、小鉄。」


小鉄が尻尾をまっすぐ立て、足元にすり寄る。

鳴かない。

その沈黙が、やけに心地よかった。


部屋に漂う静寂の中、胸の鼓動だけが確かな音を刻んでいる。


(……これでやっと、始められる。)


秒針が、一拍だけ早く動いた気がした。


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