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LAW ORIGIN —— 見えざる法のはじまり ——  作者: おまる
第3章:結斗編 ─ LAW REMAINS ─
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【第3話】 消された言葉

田中所長の元で働き、

一ヶ月が過ぎようとした頃──。



事務所の奥でコピー機が低く唸り、

紙の擦れる音が、静かな室内に一定のリズムを刻んでいた。


田中所長:

「今日から新しい子が

アルバイトで手伝ってくれることになりました。」


椅子を引く音。

所長が視線を入口に向ける。


田中所長:

「さっ、こちらに。

──白石真弓さんです。」


真弓:

「白石真弓と申します。


今日から──

……えッ?」


一瞬、言葉が止まる。


結斗:

「あっ……。」


田中所長:

「……ん? どうしたかね?」


結斗:

「同じ高校で、

僕が生徒会長、白石さんが副会長でした。

ずっと隣で、助けてもらっていて──。」


白石さんは、感情をあまり表に出さない。


無表情なせいか、

ときどき冷たい人だと誤解されることもあるが、

僕にとっては、誰よりも頼れる存在だ。


田中所長:

「そんな偶然もあるんだね。」


少しだけ目を細める。


田中所長:

「これなら話も早いね。

自分の復習がてらに、基礎的なところは君が教えてあげなさい。」


真弓:

「就職したとは噂で聞いていましたが、

まさか法律相談所で、また会うことになるとは思いませんでした。


少し立場は変わりますが、またよろしくお願いします。」



それから、

僕はこの一ヶ月間で教わった基本的な仕事を、

白石さんに教えた。



結斗:

「さすが白石さん、

相変わらず整理するのが上手いな。」


真弓:

「そんなことはないです。

光条くんが、きれいにまとめていてくれたからこそ出来ました。

私だけでは、確実に時間がかかってましたから。」


田中所長:

「いいねー、二人とも。」


ファイルを一つ手に取り、

軽く頁をめくる。


田中所長:

「ほお……自分なりにしっかり整理してたつもりが、

導線もよくなって、効率が上がりそうだよ。

ありがとね。」


白石さんとは付き合いが長い分、

意思疎通がうまくいき、

与えられた仕事を順調にこなしていった。



田中所長:

(慣れてきた頃だろうし……

そろそろ案件に少し触れさせてみるか)


所長は一つ息を整え、

机の引き出しからファイルを取り出した。


田中所長:

「君、ちょっと来てくれる?


これ、今来た案件なんだけど、

日本ではこういう案件が一番多いんだ。


まずはこっち。」


指先で一枚の書類を叩く。


田中所長:

「最近ほんとに多いんだけど……

残業代の未払い。


これはタイムカードなどの証拠が揃いやすいのと、

会社自体にも証拠が残ってることが多いから、

比較的、解決しやすい。


そして近年、増え続けているのが──」


田中所長は、言葉を選ぶように、少し間を置いた。


・継続的な暴言や人格否定

・物に当たるなどの威圧的な行為

・生活を制限するような振る舞い


「……いわゆるDVだね。

これは、正直難しいことが多い。


なぜ難しいか。

被害者は、嘘をついてる訳では決してない。


でも、我々が動くためには──

事実ではなく、証拠が必要なんだ。」


結斗:

「録音してても、

証拠にはならないんですか?」


田中所長:

「証拠にはなる。

でも、それだけでは弱いというのが答えかな。


長い生活の中の、ほんの数分を切り取っただけでは、

確かな証拠にはならない。


継続的に行われていることを、

しっかり証明しなければならない。


だから、辛い状況の中、

長い時間をかけて証拠を積み重ねる必要がある。

それが現実だね。」


結斗:

「でも……

それじゃあ、証拠が揃うまでに怪我や……

下手すると、事件にも……。」


田中所長:

「その通りだ。


君の言いたいことは、

痛いほど分かる。


でも、その"かもしれない"に対して、

我々は、どうすることもできない。


これが私が最初に言った

"理想と現実の壁"なんだ。


正義感のある君には、耐え難いことかもしれない。

でも、全員は助けられない。

例えそれが、どんなに善人でも、だ。


私情を挟みすぎると、

自分を壊してしまう。


心の持ち方を、今のうちに学んでおきなさい。」


結斗:

(どんなに……善人でも?

法の……限界……なのか。)


結斗は小さく息を吸い、

無意識にメガネを押し上げた。


「……これが、現実なんですね。」


田中所長:

「誰もが、最初に違和感を感じるところなんだ。


正義感が強ければ強いほど、

その壁は大きくなる。


でも、その壁と向き合いながら、

可能な限りを全力で助ける。

それが、我々の仕事だ。」



それから数日間。

相談所には、同じ種類の相談が続いた。


結斗は、

救えるものと救えないものを、

無意識のうちに分けて考えるようになっていた。


事務員:

「所長……よかったんですか?」


田中所長:

「仕方ないさ。


ずっと信じ続けたうえで現実を知る方が、

よほど残酷だからね。


理解したうえで進んでもらう方が、

彼のためにもなる。」



──帰り道。


夕暮れの住宅街。

自転車を押しながら、二人は並んで歩いていた。



真弓:

「光条くん。

法って完全ではないんですね。


何か、モヤモヤしませんか?」


結斗:

「確かに。


所長は理想と現実って言ってたけど、

これは僕たちでは、超えられない壁なのかもしれない。


それでも誰かの救いになるのなら、

僕達はやれることをやるしかないよね……。


真弓:

「はい、できることをやっていきましょう。」


結斗:

「──そうだ。

白石さん、大学はどう?

法学部なんだよね?」


真弓:

「はい、そうです。

学校で学ぶことは、基本的なことで──


・ルールの理解

・事実を整理する技術

・法の正当性


──のような内容です。


相談所にくるような、

勝てない案件は、基本的に扱いません。」


結斗:

「……なるほど。

学ぶことと、実際に扱う案件は、

だいぶ違うんだね。」


真弓:

「大学では、

要件を満たせば請求できる、と学びます。


でも現場では、

それを立証できるかどうか。


見るのは、それだけです。


……勿論、

善か悪かは、

判断基準にはなりません。」


結斗:

「そうだよね。


誰も間違っていないし、

これが今の世界を作ってる訳だし。


理解はしてる……

それでも僕は、

弱者が守られない法を認めたくない。


……あっ。

ごめん、つい熱くなっちゃったね。」


真弓:

「──いえ、いいと思います。

その考え。


私も、いろいろと学ぶ中で、

同じことを思ってました。


叶わなくても、

この気持ちだけは、大切にしませんか?」


結斗:

「……そうだね。

ありがとう、白石さん。


じゃあ、僕はこっちなんで。

また事務所で。」


真弓:

「はい。

また、よろしくお願いします。」



──自宅にて。



自室の扉を閉め、

部屋に静けさが戻る。


結斗:

(白石さんも、同じ気持ちでいてくれてたんだ……

僕の気持ちは、間違ってないよな?)


机に向かい、本を開く。


指先で、法文をなぞる。


「できる」

「できない」


(この、最後の二文字が違うだけで……

世界は変わるのに)


結斗は、自分の信念を貫くように

ペンで法文の一部を塗りつぶした。


結斗:

「今日は……何か疲れたな。

明日も早いし、さっさと寝よう……。」


本を閉じ、布団に入る。


灯りが消え、部屋が闇に沈む中……


閉じた本の隙間から、

僅かに青い光が、こぼれていた。



挿絵(By みてみん)



──続く──

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