【第2話】 理想と現実
男性:
「今日面接の……光条くんかな?
よく来てくれたね。
さあ、入って入って。」
ドアの蝶番が、きぃ、と小さく鳴った。
結斗:
「はい、そうです。
よろしくおねがいします。」
男性:
「では、そちらにかけて。
緊張しなくてもいいからね。
うちは小さな相談所だし、私自身が固っ苦しいのが好きじゃなくてね。」
結斗は椅子を引き、
静かに腰を下ろした。
男性:
「改めまして、
私がこの田中法律相談所の所長、田中です。
今日は来てくれてありがとうね。」
結斗:
「あ……
先程は所長とも知らず、失礼いたしました。
光条結斗と申します。
よろしくお願いいたします。」
田中所長:
「まあまあ。
気にしなくてもいいよ。
どこにでもいるただのおじさんだからね。」
少しだけ肩を揺らし、
照れたように笑った。
では、早速だけど……
その若さで法律に興味があるのかい?」
結斗:
「はい。
学生のとき、生徒会長をしていまして、
正しいルールがあれば、
みんなが無理なく動けて、
ちゃんと守られるんだと実感しました。
そこに、魅力と興味を持ちました。」
田中所長:
「なるほど。
ルールを守らせるのは大変だっただろ?
いいことばかりじゃなかったはず。
それでも君はやり切った。
凄いことだよ。」
机の上の書類を、指で揃える。
「ただ、ここで働くうえで、
先に知っておいて欲しいことがある。
人は、理想と現実という壁に必ずぶち当たる。
君がそこへどう向き合えるかで、
人生は大きく変わる。
君に……
覚悟はあるかい?」
結斗:
「……はい。
学校のルールとは違うことは理解してます。
僕にできる範囲だけでも正しいことをし、
守れるものを守りたいと思っています。」
田中所長:
……立派な、答えだね。
何かあったかは深くは聞かない。
……でも君を見てると、
なんだか昔の自分を見てるようでね。
他人事には思えないな。
その整った顔なんて特に、ね。
田中所長は、ふっと力を抜いたように笑った。
「よし、決めた。
明日、予定ある?
なければ、早速来てみる?」
結斗:
「え?
雇ってもらえるんでしょうか?
まだそんなに話して……。」
田中所長:
「あー、いいよいいよ。
面接なんて真面目にしたところで、
人間の10%も理解できないもんなんだよ。
大切なのはフィーリング。
私は君のように本気で人の為に動ける人間は好きなんだよ。
……って言ってもLOVEじゃないからな。」
結斗:
「え? あ……はい。」
事務員:
「所長、またくだらないこと言ってるんですか。
若い子に変な冗談ばっかり言わないでくださいよ、もう。
光条くん、適当に流してくれていいからね。」
事務所に、
ふっと笑いが戻った。
田中所長:
「──それで、どうする?」
結斗:
「はい。
是非、働かせてください。」
◇
──帰り道。
靴底が、
アスファルトを叩く。
結斗:
(なんだろう……
他の法律事務所とは空気感が全然違ったな。
ここなら……
守る力を得れるかもしれない。)
◇
結斗:
「ただいまっ!
お母さん!就職、決まったよ!」
母:
「そう!良かったわね!
でも……ごめんね。
家の事で心配かけちゃって……。」
結斗:
「全然気にしてないよ。
今まで十分に助けてもらったし、
これからは僕も力になるから!
今日行った法律相談所の所長さんが、
すごく人柄がよくって、
何か……うまくやっていけそうなんだ。」
母:
「環境は大切だからね。
お金の事は気にしなくていいから、
あまり無理のないようにお願いね。」
結斗:
「うん、わかってるよ。
それじゃあ、明日の準備があるから。」
(まずは法律のことをもっと学ぼう。
そして同じような案件がないか、
他に守れる方法はないかを探していこう……。)
◇
──初出社の日。
事務所のシャッターが上がる音。
コピー機の起動音が、
低く響いた。
事務員の女性に、
掃除からはじまり、
電話対応、簡単な書類の整理について教わった。
事務員:
「光条くん、ばっちりね。
社会人としての基本部分とはいえ、
初日から効率的に器用にこなせる人は珍しいわ。
その調子で、
まずは所内の空気やルールを覚えていってね。」
結斗:
「ありがとうございます。
まだ至らない点も多いので、
もっと改善できるよう頑張ります。」
事務員:
「さすが優等生ね。
今の自分に満足せず突き進む姿、素敵だと思うわ。
その調子で引き続きお願いね。」
◇
それから、
基本的な仕事をこなし、
一週間ほどたった。
──そんな、ある日。
コピー機の「ウィーン」という音を背に、
結斗は黙々と書類を仕分けていた。
田中所長:
「──はい。
お気持ちはわかりますが、
現在の法の限界がありまして──
いえ、そういう訳では──」
──ガチャ。
受話器を静かに置く。
所長は、やるせない顔で、
綺麗にファイリングされた案件を見つめていた。
普段、笑顔が多い所長が、
このときだけは、辛そうだった。
事務員:
「……所長。」
コピー機の音だけが、
淡々と鳴り続ける。
僕は、何も言えなかった。
でも、何があったのかは、
だいたい理解できた。
結斗:
(……これが、やっぱり現実なのか。)
──続く──




