【第12話】 ──未来を生きる人の為に──
大地震から数日。
街にはまだ傷跡が残っていた。
崩れた壁。
傾いた屋根。
泣き声と、笑い声が交差する広場。
それでも──
“生きている”。
ユラは、歩くたびふらつくラルの腕をそっと支えながら言った。
「……風が、柔らかいわ。
あの日とは違う……街が、前を向こうとしてるの。」
ラルはゆっくり頷いた。
「……見えないけど……
分かるよ。
みんなの声が……“生きてる”。」
彼女の視界には、もうほとんど何も写らない。
影と光の境目が、わずかに揺れるだけ。
けれど──
代わりに聞こえるものがあった。
人の震え。
人の願い。
人の “生きたい” という声。
ラルは胸の奥で、その温度を静かに受け取っていた。
◇
ふたりが借りた家は、小さな木造の平屋だった。
瓦礫をくぐって倒れずに残った、“奇跡の家”。
玄関の前でユラは新しい表札を持ち上げる。
「……できたわ。
かけてみましょう。」
ラルは、揺れる気配を感じながら手を伸ばす。
指先に刻まれた文字が触れる。
『新生 由蘭』
「……これ、ユラって読むの?」
ユラは少し照れながらうなずいた。
「ええ。私の名前よ。」
ラルは指でそっと溝をなぞりながら、
ゆっくりと言葉をこぼした。
「……こんな漢字だったんだ……
“由”も“蘭”も……すごくきれい……
ユラって名前、こんなに優しい形してたんだね……」
ユラは不意をつかれたように目を瞬き、
そしてふわっと綻んだ。
「……ありがとう、ラル。」
風が二人の髪を撫でる。
ラルは次の刻みへ触れた。
『成瀬ラル』
指先で自分の名前の溝をなぞりながら、
ふわっと笑って言った。
「ちゃんと……私の名前もあるんだね♪
なんか……うれしいな。」
ユラが隣で柔らかく微笑む。
そして──最後。
『小鉄♡』
その瞬間、小さな足音がとととっと家の中から走り、
小鉄が飛び出してきた。
ラルは笑った。
「……小鉄、もう自分の家だって分かってるんだね。」
ユラは膝をつき、頭を撫でた。
「順応が早い子ね、本当に。」
ふたりは、くすりと笑い合った。
壊れた街の中に浮かぶ、小さな灯火のように。
家に入り、ラルはノートを開く。
紫も赤も、もう光らない。
けれど、それでよかった。
「……この世界がまた壊れそうになったら……
そのたびに描き直せばいいんだよね。」
ユラが肩に手を置く。
「ええ。ラルの言葉は、誰かの命を守るためのものだもの。」
ラルはうなずき、最後のページへ文字を記す。
《附則》
**一人で抱え込まず、仲間と──家族と──ともに相談すること。
相談しても解決できない日もある。
それでも心の重さは分け合えるし、前へ進む一歩になる──勇気ある行動とする。
もし、そばに相談できる人がいないなら……
“悩む人を見かけたあなたが、そっと手を差し伸べる存在” になっていい。
支え合いは、誰かが始めてくれるのを待つものではなく、
あなたから始めてもいいものとする。**
文字は光らなかった。
けれど、確かに息づいていた。
「……未来につながるように。
忘れないための言葉だよ。」
ユラは微笑んだ。
「ラル。
二人で歩いていけば大丈夫よ。
見えなくても……感じられるでしょう?」
ラルは小さく笑い、
そばにいた小鉄をそっと抱き寄せた。
「……うん。
ユラも、小鉄もね。
私……もうひとりじゃないから。」
◇
街の復興が進んだ頃、
ふたりはかつて あの丘 へ向かった。
丘の端にあった、あの崩れかけたお墓のような石──
かつてユラが花を撫でていた場所の横にあったそれは、
すでに形を失い、ほとんど崩れ落ちていた。
風が吹くたび、
砂のようにさらりと崩れていく。
ラルは手を伸ばし、
その“崩れた石”の残った輪郭をそっと確かめた。
「……これ……崩れちゃって……る……?」
ユラは目を伏せ、
その小さくなった石をしばらく見つめていた。
風が、そっと二人の間を抜ける。
そして──
そのすぐ隣には、新しい慰霊碑が建っていた。
崩れた墓石の破片、焼けた木材、
街を守って散った“無名の想い”を集めて積み上げた碑だ。
刻まれた文字。
『忘れられた命は 誰ひとりいない』
かつて対立していた老人と若者が、
いまは肩を並べて石を積んだという。
ラルは碑に触れ、目を閉じる。
「……もう、誰も忘れられない世界に……なるといいな。」
ユラは風に髪を揺らしながら言った。
「人は、一人で抱えれば迷うけれど……
誰かと繋がれば、前に進めるものなのよ。」
小鉄は碑の前で尾を揺らした。
まるで、この場所を知っているように。
◇
街は整備され、新しい人々が移り住んだ。
法学校は拡張され、
ラルとユラが歩いた小道は公園の散歩路になった。
ラルが遺した言葉は、
磨かれ、引き継がれ、
やがて国の法体系の“根”となった。
さらに──時代は進む。
◇
──どれほど時が流れても、
未来はいつも誰かの手で描かれていく。
ニュース番組のアナウンサーが語る。
「本日、性犯罪に関する厳罰化および
被害者保護を強化する法改正が正式に可決されました。」
条文の片隅に刻まれた理念。
『誰かの痛みを、誰も見落とさないために』
キャスターが資料を見て首をかしげる。
「えー……次に提出された法案ですが、正式名称は──」
画面に映る文字。
《 説明責任強化法 》
附則:“誠意をもって、ちゃんと説明すること♡”
スタジオがざわつく。
「…………♡……?」
「これ、公式文書ですよね?」
「最後のハートはどういう……」
SNSは秒で祭り。
「なんで♡ついてんだww」
「国会でハートは草」
「内容はちゃんとしてるのに最後だけ自由すぎる」
そのとき、公園を抜ける風がそっと流れ──
「……ラル、また♡つけてる……」
「へへ……だって、かわいいし……ね?♡」
二人の女性の笑い声が、一瞬だけ重なった。
気配だけを残し、風は消える。
夕空に沈む陽の向こうへ、
紫の粒子が静かに舞い上がる。
まるで誰かが
そっとページをめくったように。
そして、その風の奥で
優しい声が響いた。
「……完璧な法なんてない。
でも、私は描き続ける。
未来を生きる……人の為に。」
風が遠ざかり、光が揺れた。
──ラルが遺した“光”は、
今日もどこかで、誰かを照らしている。
【第2章 LAW MAKER(ラル編)】
END
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
ラルの物語は、ここで一区切りです。
この世界の物語は、まだ続いています。
また別の章で、お会いできたら幸いです。




