【第11話】 ──二人の祈りが交わるとき──
ユラは瓦礫の上で膝をついた。
腕の中には、ラルの落としていったノート。
砂埃で汚れ、端が千切れ、
それでも──温かさの記憶が残っている。
震える指でページを開き、
ユラは無我夢中でペンを走らせた。
「お願い……ラルを助けて……
返して……ラルを返して……!」
書いても書いても反応のない紙。
紫の光はどこにも宿らない。
ノートはただの紙切れのように沈黙していた。
「……どうして……
どうして何も出来ないの……」
涙がぽたぽたと紙に落ちる。
字が滲んでも、ユラは止めなかった。
ふと、ページの端に
ラルの文字が目に入った。
《法は未来を生きる人のためにある♡》
ユラは息を詰めた。
「……ラル……
あなた……こんな思いで、ずっと……」
震える指先で、その言葉をそっとなぞった。
まるでラルの心に触れるように。
だが──
何も起きない。
光らない。震えない。
風も、空気も、世界も静かなまま。
ただ、それでも。
愛しい友の言葉に触れたくて
なぞっただけ。
それが限界だった。
「……ラル……
私……弱くて……ごめん……」
視界がにじむ。
胸の奥の何かがぽきりと折れた。
そして──
胸の奥の深いところで、
遠い記憶の鍵がそっと外れたとき、
喉の奥から自然に言葉が零れた。
「……パパ……
パパ……助けて……っ……!」
ユラは自分でもなぜ“パパ”と呼んだのか分からない。
ただ心が、誰かを求めるように叫んだ。
その瞬間。
ページの上。
ユラが必死で書いたその一行、
《ラルを助けて》
その文字が、不意に。
細い赤い光を帯びて浮かび上がった。
驚く暇もなく、
赤光は糸のようにページの隙間を流れる。
そして。
──カンッ。
音が響いた。
赤光が炸裂し、
散っていた紫の粒子を呼び戻すように吸い寄せる。
丘の上で、
奇跡が静かに“始まった”。
赤光の渦が収束したあと──
ユラの腕の中で、小さな体がゆっくり息をした。
「……ラル……?」
かすれた呼吸が返ってきた。
「……ユラ……なのね……?」
ラルの瞳は揺れていた。
焦点は合っていない。
影のようにぼやけ、
ほとんど“見えていない”。
ユラは息をのみ、ラルの頬に触れた。
「見える……? ラル……」
ラルはふるふると首を振る。
「……声と……匂いで……分かるの……
ユラ……なんだって……」
震える指でユラの服を掴む。
「……わたし……消えたはずじゃ……」
ラルがユラの腕の中へ崩れ落ちた瞬間、
ユラの顔がくしゃりと歪んだ。
「……ラル……っ……!
ほんとに……ほんとに帰ってきてくれた……!」
声が震えていた。
息も涙も押しとどめられない。
「生きて……
ちゃんと……ここにいる……!」
胸にしがみつくラルの温度を確かめるように、
ユラは何度も何度も抱きしめた。
そして──
涙まじりの声が、怒りと安堵を混ぜて溢れる。
「……バカ……!
一人で背負おうとして……
また失うところだったじゃない……!」
ユラ自身、その言葉がどこから出たのか分からない。
ただ胸が痛くて、苦しくて、
ラルを失いかけた恐怖があふれただけだった。
けれどユラは、ラルを強く抱きしめ直す。
「ラル……
あなたの祈りが……
ほんとうに……みんなを助けたのよ……」
ラルは震える声で呟いた。
「助かった……の……?」
「ええ。
街には痛みがあるけれど……
でも、生きている。
あなたが……守ったの。」
ラルの視界には何も写らない。
でも──
風に混じる人々の声。
遠くから聞こえる泣き笑いのような息。
瓦礫の上を歩く“生きた足音”。
それらが、
ラルに“世界が続いている”ことを教えてくれた。
ラルは涙をこぼしながら、
ユラの胸に顔を埋めた。
「……よかった……
ほんとうに……」
ユラはラルを抱いたまま、
震える指でそっと背を撫で続けた。
そのとき、
ユラの足元に小さな影が忍び寄った。
ふわふわの長毛の灰青色の猫。
鳴き声はなく、
ただそっと二人に寄り添う。
ユラが驚いて目を丸くする。
「……あなたも、ひとりで……?」
ラルは膝の上の毛の感触だけを頼りに、
そっと撫でた。
「こんな……地震の中を……
生き抜いたんだね……すごいよ……」
ユラもそっと触れる。
「……小さいのに……
強いわね……鉄みたい。」
ラルは小さく小首を傾げて、微笑んだ。
「鉄……?」
二人の声が、重なる。
「……小鉄、だね。」
ふっと、二人で笑った。
女の子らしい、かすかな、柔らかな笑い。
小鉄は、嬉しそうに尾を揺らした。




