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LAW ORIGIN —— 見えざる法のはじまり ——  作者: おまる
第2章:ラル編 ─ LAW MAKER ─
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【第9話】 ― 開かれた丘で ―

朝の冷たさがまだ残る廊下で、

ラルは胸の前でノートを抱きしめていた。


黒板の光が揺れ、文字がかすかに滲む。

昨日より、輪郭がぼんやりしていた。


ユラはその変化に、すぐ気づいた。

けれどラルは視線をそらし、悟られないように目を伏せる。


ラルが伏せるたび、

ユラの胸には静かな痛みが広がっていった。


(……ラルが倒れたあの日。

私はノートを見てしまった。

光も……文字も……

あれは確かに“起きていた”。)


問いは胸に刺さったまま。

でも、無理に聞けばラルを追いつめる。

ユラには、それが分かっていた。


授業は静かに進んでいく。

ラルはその間ずっと、苦しそうな目をしていた。


夕日が教室を染めたころ。


ユラはラルの前にそっと立った。


「……ラル。少し、歩かない?」


ラルは驚いたように瞬きし、

それでもゆっくり頷いた。


「うん……いいよ。」


学校の門を出ると、

ユラは迷わず細い坂道を選んだ。


「こっちよ。

ラルと……行きたい場所があるの。」


「……どこだろう。」


不思議そうにしながらも、

ラルは静かに隣を歩いた。


坂を上ると、

ふいに視界が開ける。


緩やかな丘の斜面。

風が光を抱えて駆けていく。


──あの丘だった。

二人が出会った、始まりの場所。


ラルは息をのんだ。


「……ここの丘、なんか……懐かしいね。」


ユラは微笑み、髪を耳にかけた。


「そうね……

私たちの“最初”の場所だもの。」


草の匂い。

風の温度。

遠くの鳥の声。


どれもラルの胸をそっと温めていく。


しばらくの沈黙ののち、

ユラがゆっくり口を開いた。


「ラル……

本当のことを、聞かせてほしいの。」


ラルの肩が小さく震えた。


「……本当のこと?」


「ええ。

あなたが倒れたあの日——

抱き起こしたとき、ノートを少しだけ見たの。


光が……零れていた。

文字が……揺れていた。

普通じゃないって、すぐに分かった。」


ラルはノートを胸に抱きしめ、

顔を伏せた。


「……ユラには、知られたくなかった。

だって……私がやってることは……」


「危ないこと、なの?」


ラルは震える声で続けた。


「私……いつの間にか、描けるようになっちゃって……

“法”みたいなものを。

願いじゃなくて……世界そのものを動かす言葉を……。」


ユラの瞳が揺れた。


「ラル……」


「最初は……

小さな花が咲いただけだった。


でも、だんだん……

もっと大きいことができるようになって……


でも同時に……

目が……」


ぎゅっと、手が震えた。


「見えなくなってきてるの……

光るたびに……

ちょっとずつ……」


胸の奥がかき乱されるように震えながら、

ラルは必死に言葉を吐き出した。


「……ユラ……

わたし……私のせいで……

“誰かの存在”が、この世界から消えちゃったの……


守りたかっただけなのに……」


胸が痛み、呼吸が詰まった。


「間違えて……

本当に……消しちゃったの……!」


声は震え、

涙はこらえて震えていた。


(……泣いたら、ユラに全部ばれちゃう……)


ユラは黙ってラルを見つめた。

責めもしない。急いで慰めもしない。


ただ静かにラルの肩に腕を回し——


ぎゅ、と抱きしめた。


その瞬間だった。

張りつめていた糸が、ふっと切れた。


ラルは、ユラに抱きしめられた瞬間——

今まで張りつめていた感情がほどけて、


「……っ、ぁ……っ……

ユラぁ……っ……!」


堰を切ったように涙があふれた。


肩が震え、声がひっくり返り、

言葉にならない嗚咽が漏れ続ける。


胸の奥から、押し出されるように本音がこぼれた。


「こわいの……っ……

光るたびに……世界が滲んで……

だんだん……見えなくなってる……!


何も……わかんなくなるのが……

本当に……こわい……っ……!」


涙がぽたぽたとユラの肩に落ちた。


「世界を……助けたいのに……

自分の世界が消えてくみたいで……

どうしたら……いいのか……

わかんなくて……!」


ユラは抱きしめて受け止める。

言葉で塞がない。


ラルの震えも涙も、そのまま預かるように。


やがて、抱きしめる力を少しだけ強め、

ユラは静かに囁いた。


「……だったら、ラル。


これからは私が……

あなたの“目”になるわ。」


ラルは涙の中で息を飲んだ。


「見えないなら……私が見てあげる。

危ない道なら……私が止める。

光が怖いなら、手を握ればいい。


ラルが前を向けるように……

私が全部、支える。」


ラルの胸の奥で、

大きな何かがほどけていった。


その瞬間——

ユラの“心の声”が聞こえた。


(……ラルを守りたい。

この子をひとりにしない。

たとえ世界が揺らいでも、

この子の手だけは離さない……)


ラルの瞳が大きく揺れ、

涙がまた溢れた。


「……ユラ……

どうして……

どうしてそこまで……

私を支えてくれるの……?」


ユラはラルを抱き直し、

頬に触れながら答えた。


「……大切な友達だからよ、ラル。」


その言葉はまっすぐで、

嘘のない温度だった。


だがユラは続けた。


夕空を見上げ、

胸の奥の“なにか”を探すように言った。


「それに……

ここに立つとね……


胸の奥で小さく……

“ラルを助けてあげて”って……

誰かに言われてる気がするの。」


ラルの心が震えた。


(……誰……?

さっきから胸の奥に響く、この声……?)


姿も名前もわからない。

けれど——

確かに“優しさ”だけが伝わってくる。


(……この感じ……

前に丘で触れた、あの優しい風……?)


その気配は、とても温かかった。


——そして再び。

ユラの“心の声”が響く。


(……ラルを守りたい。

二度と一人にしない。

これからもずっと傍に……)


ラルはユラの服を握りしめ、

涙があふれた。


「……ユラ……

どうして……そんなふうに思えるの……?」


ユラは静かに微笑んだ。


「理由なんて、うまく説明できないけれど……

“助けたい”って気持ちは、

たぶんずっと前から私の中にあったの。」


ユラの声は祈りのように優しかった。


「だから……ラル。


あなたが前を見失っても……

世界が霞んでも……


私がちゃんと隣で見る。


二人で歩きましょう。

これから先もずっと。」


ラルは涙の中で、確かに頷いた。


視界はぼやけているのに、

ユラだけがはっきり見えた。


風が丘をなでる。


少し離れた場所で、猫が静かに見守っていた。

青灰色の毛並みは夕日に溶け、

いつものように鳴かず、ただそこにいる。


──そのとき。


ラルの視界の奥が、ふるりと揺れた。


音はない。

光でもない。


世界の向こう側だけが、水面のように歪む。


(……いまの……何……?)


瞬きしても揺れは消えない。

むしろ輪郭だけが妙にくっきり浮かぶ。


猫が草を踏んだ。

ラルと同じ方向を見つめている。


耳がわずかに伏せられ、

尾先が震えていた。


「……猫も、見えてるの……?」


ユラは驚いたように二人を見比べる。


「ラル……何か見えるの?」


「……空が……揺れてる……。

景色の奥が……歪んでるの。


ユラには……見えない……?」


ユラは目を細めたが、

夕空に異変はない。


「見えないわ……」


その声には心配の震えが混じっていた。


また揺れが走る。

今度はさっきより長い。


猫は一歩前へ。

毛が、風とは違う方向へ逆立つ。


ラルは胸を押さえた。


(……これ……よくない……

何かの“始まり”みたい……)


風が冷たく流れた。

草が逆方向へ揺れる。


猫は丘の影へ駆け出し、

振り返らずに消えていった。


ラルは震える声で言った。


「ユラ……何か……嫌な予感がする。」


ユラはラルの手を包み込み、

胸に抱くように寄り添った。


「大丈夫よ、ラル。


見えなくても、揺れても……

あなたの隣には、私がいるから。」


──空の奥で揺れる“なにか”は、

まだ形も音もなく、


けれど確かに“目覚め”の気配だけを残していた。


名も、影も、輪郭すらない。

それでも——確かに動き始めていた。

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