【第11話】 終の条
夜。
街が燃えていた。
ニュースのテロップが、まるで戦況報告のように流れ続けている。
《暴徒拡大 主要都市で死者多数》
《正義派と改変派の衝突 警察機能麻痺》
窓の外、夜なのに空が赤い。
誰もが「正しいこと」を叫びながら、誰かを殴っていた。
正義の形は、もう輪郭を失っている。
薫はテレビを消した。
指先に汗が滲む。
——改変できなくなって、もう何度目だろう。
「……頼む、動けよ……」
白い紙を広げ、震える指で文字をなぞる。
しかし、何も浮かび上がらない。
いつもの赤も、いつもの脈動も、なかった。
(なぜだ……?)
息が荒くなる。
いつものあの音もない。
ただ、世界が焼けている音だけが響く。
頭が熱い。視界が歪む。
「……これが、限界か……」
記憶がぼやける。
妻の笑顔、子の声、そして名前。
どれも手を伸ばすたび、霧のように崩れていく。
掴もうとする意思すら、溶けていった。
そのとき——
外から怒号が響いた。
暴徒の投げた石が窓を割り、
破片が散り、
小さな影がその光の中で短く跳ねた。
「こ……ッ!!」
声が喉で途切れる。
名前が出てこない。
ずっと隣にいてくれた存在の名が、
脳のどこにも浮かばなかった。
薫は駆け寄り、その体を抱き上げた。
毛の隙間に、細かなガラス片が絡みついている。
温もりは確かにそこにあった。
(……大事なお前まで、分からなくなるところだったよ。)
腕の中の温もりが、失った家族の記憶を僅かに思い出させる。
あの日の笑い声、
小さな手の感触——
胸の奥で、何かがゆっくりとほどけていく。
「もう、終わりにしよう。
これが……最後だ。」
薫は小鉄の頭を撫でながら、静かに呟いた。
「この世を壊してでも、醜き欲を裁く。
それが……俺の最後の法だ。」
そして、少しだけ微笑んだ。
「小鉄、お前は……欲がなさすぎるぞ。
ごはんは、たくさん用意してあ——」
言葉の途中で、小鉄が静かに伸びをした。
その頬に、今しがた飛び散った破片でできた細い傷。
それでも痛みを見せずに膝の上へ飛び乗り、
小鉄は、こちらを見上げ、一度だけ、穏やかに瞬いた。
「……小鉄。」
薫の声が震える。
「ごめんな。
……ありがとう。」
——カンッ。
秒針が、一拍、また一拍——そしてもう一拍。
音が重なり、時間が軋みながら前へ押し出されていく。
世界が限界まで引き延ばされ、光が爆ぜた。
鋭い光の釘が、胸の奥を貫いた。
痛みは一瞬。
その光は形を変え、穏やかな温もりとなって薫の全身を包んでいった。
滲む光の中で、小鉄はいつものように目を細めて見つめていた。
耳がわずかに動き、尻尾が静かに床を撫でた。
声は出さず、ただその喉の奥で、微かな音が鳴る。
それは、鼓動のようにも、祈りのようにも聞こえた。
その身もまた、静かな光に包まれ、
ゆっくりと溶けていく──。
赤と白が混ざり合う。
それは“破壊と再生の光”。
第十三条 無垢なる者に、未来を託すものとする。
附則:罪深き者は──
世界は、一度“汚れた土台”を壊し、
そして静かに——最初の呼吸を始めた。




