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LAW ORIGIN —— 見えざる法のはじまり ——  作者: おまる
第1章:薫編 ─ LAW BREAKER ─
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【第10話】 崩れゆく輪郭

朝。

フェニックス事件のあとも、俺は改変を続けていた。


救うつもりで書いた法は、いつの間にか別の誰かの正義にすり替わっていく。

裁けば称賛され、救えば利用された。

「法」が「遊び道具」に変わるまで、時間なんてかからなかった。



夕方。

窓の外で、遠くのサイレンが重なり合う。


ニュースは同じ言葉を繰り返した。


《“正義”を掲げた過激派、各地で同時蜂起》

《通報アプリ連動の私設警備隊、衝突拡大》

《無関係の通行人も巻き込まれる被害続出》


(……もう誰も止まらない。)


画面の隅で炎が跳ねるたび、心臓の拍が一つ抜け落ちる。



机の上。

開きっぱなしの法学書。白い余白がこちらを見返す。


(鎮める。いったん、全部を鎮める法だ。)


指を伸ばす。

赤がじわりと滲む——が、輪郭を結ばない。

線になる前に、温度だけを残して消える。


もう一度。

今度は強く、紙に指を押し当てる。


赤は揺れ、集合しかけて、空気にほどけた。


「……動けよ。」


紙面に爪が食い込む。

赤い粒が散り、意味は立ち上がらない。


ニュースは続く。


《逃げ遅れた高齢女性、搬送間に合わず》

《橋上での小競り合い、子どもが転落》

《“悪を許すな”デモ、制御不能》


喉が焼ける。

声が勝手に出た。


「動けって言ってんだろッ!!」


紙が裂ける音。

破片が、ゆっくりと床に降りる。


「なんでなんだぁぁッ——なぜだ、なぜッ!

 俺が、守るって決めたんだろうが……ッ!」


拳が机を叩く。

震えたページの赤は、終わりかけの炭みたいに黒へと冷めていく。


呼吸が荒くなる。

視界がぼやけ、意識が滑る。


(……あれ? 俺は……誰のために、これを——)


言葉が途中で途切れた。

頭の奥が、空白になっていく。


いつもの、あの音は鳴らない。

世界は、沈黙のまま。



窓の外で、怒号。

画面のテロップが、被害の数字を更新するたび、秒針が狂い前へ走る。


一拍、そしてもう一拍——時間が追い越していく。


さっきの怒鳴り声にびくりと身を縮めていた小鉄が、駆け寄りじっと俺を見上げる。


視界が滲む。

握った手の熱が、骨にまで沁みる。


「……こんなはずじゃ、なかったんだ……」

「ごめんな、小鉄……」


手に小さな頭が触れる。

喉の奥で、低い音が震えた。


その謝罪は、世界にではなく、ただ一匹に向けられた。

唯一、まだ失っていないものに。



もう一度、余白に指を置く。

意思だけを、なぞる。


赤は息を吸い、吐くみたいに膨らんで——形にならないまま、消えた。


(止めたい。……でも、どうすれば……)


画面の中で、夜が早すぎる速度で降りてくる。

秒針は、なおも前へ。


白い余白だけが残ったページを、そっと閉じた。

紙の軋みが、胸の奥でやけに大きく響いた。

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