瓦礫
朝、登校すると、校舎のあった場所は更地になっていた──
粉々になった大小のコンクリートや鉄屑にガラス片が積み重なり、粉塵は未だそこらに漂っていた。
歩いている最中からサイレンの音が低く小さく、そして学校に近づくにつれてピッチと音量を挙げながら聞こえていたので次第に察しはついていたが、実際に視界にとらえると不思議な感覚になる。
外国の紛争地帯の報道写真や映画でしか見たことの無い光景に対する驚きや非日常に巻き込まれたことに対する好奇心にも似た感情が頭を駆け巡り、鼓動を速くする。
BPMは220……というのは言い過ぎだけれど、まさにこの状況にはハードコアがふさわしい。
ダブルタイムのドラムに轟音を響かせるギター、ボーカルが汚い言葉をがなり散らかす。
その音は風呂場で録音されたような、よく言えばダーティ、悪く言えばチープで素人臭い、伝説にも有象無象の不燃ごみにもなりうる音だ。
少なくとも、あまりの突飛な状況に、恐怖という感情は追いついてきていなかった。
私の教室があったはずの場所も、梨鈴と話した渡り廊下も、昼休みに行った購買も、全てが石と砂になっている。
図書室があったと思われる座標では未だ火の粉と共に粉塵とは別種の煙が立ち上っているが、延焼の危険性は限りなく低いとの判断なのか、対処にあたっている消防隊員は全体の一部となっており、他の隊員は何か別の作業を行っている。
それが、救助活動なのか現場検証なのか、それとも警察への引継ぎや事後の井戸端会議の類なのかは私にはわからない。
私を含めて何も知らずに登校してきた生徒が100前後、まだそこらをウロウロしており、学校関係者以外の野次馬が朝から4,50人は集まっていた。
教職員もちらほら見える。
怖いもの知らずが警察の貼ったトラテープの内側に入ろうとするのを警察官が怒鳴り声をあげながら制止している。
周りの騒がしい音を聞いているうちに、心になっていたハードコアは鳴りやんで、アコースティックギターで奏でられるバラードになっていた。
がなり声の時は気づかなかったが、このボーカルは歌がうまいらしい。
要所に5度#の音を使うメロディーに徐々に胸がしめられていくようだった。
何が言いたいかというと、梨鈴だけじゃない、皆と過ごした場所が一夜にしてなくなってしまった、もうあの日常は戻ってこないのかもしれないという喪失感や、この状況を前にしてもただ見ていることしかできない無力感が一気に襲い掛かってきた。
梨鈴は来ているんだろうか。
もし、半人半蟹の姿なら目立つだろうしすぐに見つかるはずだと思ったが、人ごみの中に梨鈴の姿を捉えることはできない。
梨鈴がここに来ていたとしたら、大騒ぎになってどこかに連れていかれたのかもしれない。
いや、案外異形の者がいたとして、目の前に広がる瓦礫の山のインパクトに圧されてスルーされていることも考えられる。
周りの話し声に耳を傾ける。
何か話していないだろうか。
少しずつ場所を移動しながら誰かが梨鈴のことを話していないか探ってみる。
人を全部合わせても200人にも満たないが、校舎の周りの決して広くない道に車も自転車も一緒に集結しているので歩くだけでも大変だ。
一生懸命校舎を1周してみたけれど、「テロじゃないか」「爆弾魔じゃないか」「薬品の不始末やガス管の老朽化による事故じゃないか」といった憶測を各々繰り広げているばかりで、誰も半人半蟹の蟹星人の話はしていなかった。
その中で何人か知り合いにも会ったが、彼彼女らも梨鈴のことは話していなかった。
今日はまだ来てなかったのかな……!?
あの身体になって、普通に学校に来るとも考えづらい。
どこにいるかはわからないけれど、梨鈴は少なくとも学校には来ていないのだろう。
私はそう考えることにした。
一度家に帰るか、それとも先生を探して話を聞こうかと考えながら、ふと瓦礫の山に目を向けた時、立ち上がる粉塵の中に人影を見た。
消防隊員か警察官だろうと思って、一度は視線が素通りしたが、シルエットに見覚えがあるような気がして慌てて見返した。
瓦礫と粉塵に紛れていて、周りの人達は気づいていないみたいだけど、私は気づいてしまった。
右手が蟹の鋏になっている、私と同じ制服を着ている女の子がそこに立っていた。
「……梨鈴!?!?」




