異星
まだ暑さの残る昼下がりの街で、時計の針が止まったみたいに私は茫然と立ちつくしていた。
野良猫が脇を通りすぎた。
心地よいはずの潮風が、ぬるくて心地悪いように感じる。
梨鈴が口を開いて言葉を続けようとするので、それを遮りたい一心で私は意味もなく言葉を紡ごうとした。
「か……かか蟹食べに行こっか……!
り……梨鈴が蟹食べたら左手まで蟹になっちゃって蟹星人だね……!
そしたら横向きにしか歩けなくなって東急東横線になっちゃうかもね……!
そしたら副都心線に乗り入れちゃうかも!
そしたら私たちがおばあちゃんになっても渋谷駅で待ち合わせできちゃうね!」
意味が分からない。
完全に混乱してる。
「もー何言ってるの!?笑
横しかかかってないよ!
東急東横線にならなくても渋谷駅で待ち合わせすればいいじゃん。笑」
梨鈴はなんでもないみたいに笑っている。
全然上手いこと言っていないはずなのに、おばあちゃんになっても梨鈴と友達なんだって思うと涙がこみあげてきた。
そんな私を見て梨鈴が続けた。
「もー、なーにー!?
そんなにすぐ左手まで蟹になるわけないじゃん!笑」
「だって……だって……って、え!?蟹にはなるの!?」
「うん、だって蟹星人だもん。」
一瞬で現実に引き戻された。
現実から逃避して、東南アジアにでも高跳びしたかった。
私は成田空港すら出られなかったらしい。
そこから、梨鈴が自らの出自について語り始めた。
私はただ聞いていることしかできなかった。
蟹星人──
地球から300光年離れた蟹座β星を恒星とするタルフ系銀河の第5惑星が蟹星人の故郷である。
蟹星人たちはその星を"地球"と呼ぶ(ここでは仮称として蟹地球、人間の住むこの星を人地球と呼ぶこととする)。
蟹地球は全球が水で覆われた水の惑星であり、蟹星人がその星の支配者である。
蟹星人は地球人以上の高度な文明社会を形成しており、人地球まで僅か45日という超光速の惑星間航行も可能である。
この度は、蟹地球シオマネキ帝国の植民地拡大政策の一環で先遣隊として私が地球に派遣された。
私が人地球に到着して既に15日が経過した30日後には本隊が合流し、本格的な作戦行動に移行するのだ──
梨鈴の話が終わった。
わからない部分も多いけど、人間の右手が蟹になっている。
この現実だけで、頭がおかしくなったわけではないことはわかる。
1つ気にかかるのは、私が梨鈴と出会ったのは15日よりもっと前だということだ。
ただ、普段とは違う友達の語り口に対する動揺が大きくて、その小さな違和感を払拭しようとするところまで頭が働かなかった。
動揺している私を余所に、梨鈴はいつも通りニコニコしている。
疲れているのかもしれない。
これは夢か、幻覚か。
きっと明日になれば、悪い夢なら覚めるはず。
あまりの状況に思考が追いつかず、逃げ出そうとした矢先……
私は見た。
梨鈴の白いワンピースのお腹の辺りがゴツゴツと盛り上がっているのを。
きっとあれは、蟹の脚だ




